第5話 山本新とコンビニ強盗

 茹だるような夏の暑さに辟易しながら、長い坂を上って下校中コンビニに入る。

 朝のニュースで今日は今年の最高気温で、熱中症に注意しましょうって言ってたっけ。

 なにもしていないのにだらだらと汗が湧き出てくるし、無限に喉が渇いていく。

 コンビニ店員もいつも以上にやる気がないのか、いらっしゃいませの声すら聞こえない。

 なんでもいいから適当に冷たいものを求め、外より幾分マシだが節電対策されたコンビニの中に入った。

 ああ、もう夏なんて早く終わっちまえ。

 高校二年の夏。

 青春を浪費しながら、俺は頭の中でひとり愚痴をこぼした。


「てめえ! なに入ってきてんだコラぁ!」


 怒声。

 それに反応して顔を上げると、コンビニ店員に包丁を突きつけた男の姿が目に入った。

 顔を赤らめた中年の男だ。酔っているのか薬なのか、目の焦点が定まっていない。

 もし数舜でも時間を巻き戻せるのなら店に入らないのに、と後悔してももう遅い。

 俺は、包丁を突き付けられておびえたように顔をゆがませている店員と目を合わせながら、同じように両手を上げてへにゃりと笑った。


 ――――


 昨年まで続けていた陸上を、怪我を理由に引退した俺はだらだらと友人たちと一緒に放課後の教室で過ごしていた。

 サラリーマンの父と専業主婦の母、2歳下で今年受験生の妹がいる我が家には受験勉強応援ムードがあるので、放課後すぐには帰りづらい。それに昨年まで所属していた陸上部の部員と顔を合わせるのも気まずいので、 普段は夕方まで誰かの家でゲームをしていることが多いのだ。ただ今日に限っては夏の暑さが俺たちの足を鈍らせて、クーラーの効いた教室から出ることを躊躇させていた。


「しんちゃん、この前の配信みた?」

「見たーっ! すげーウケたわ、今度俺らもあのゲーム買って一緒にやろうぜ!」


 500円だったら買いだべ! なんてスマホを出しながら大声で、誰もいなくなった教室で騒いでいる。

 俺の名前は山本 新(やまもと しん)。

 高校生にもなってちゃん付けで呼んでくるのは、幼馴染の夏目 雄太(なつめ ゆうた)。

 にやにやしながら俺たちの話を聞いているのは新垣 始(あらがき はじめ)。


「今日まいちんとカナカナがコラボでそのゲームするらしいんだよね、絶対見てくれ!」

「うおー、まじか! え、何時から?」


 残念ながら、俺たちの灰色の青春に女の影なんてない。

 推しのインターネット配信者やVtuberの話をしながら3人でげらげらと笑っていると、下校時間を告げるチャイムが鳴った。


 学校のエアコンは下校時間までしかついていないので、チャイム以降はどんどんと気温が上がって居づらくなる。

 耳に残るチャイムの音を背に、そろそろ帰るかと誰ともなしに鞄を持って、教室を後にする。


「ゆうたの家行く?」

「あ、ごめん。今日うちに婆ちゃん泊まり来てるからうるさくできないんだよね。」

「マジ? じゃあはじめん家は?」

「うちも姉貴が夏休みで帰ってきてるから、無理かなぁ。」

「まじかー、うちも妹が受験生だからなー。」


 金のない学生である俺たちにはファミレスにいく選択もなく、そのまま解散してまた夜にゲームしようかー、なんて話しながら帰路につく。

 最初に学校の前のバス停で雄太が別れ、今日の夜にまたゲームのVCで話をするので、また夜になー! なんて声を掛けながらはじめと二人で歩く。

 はじめは自転車を手で押しながら、俺が熱く推し配信者の話をしているのを隣でフンフンと聞いていた。途中で俺の家の方面と始の家の方面で分かれる分岐点で別れた。雄太とおなじように夜にまたな! と声をかけ、そうして俺は気温がまだ高い中で家に向かって、げんなりとしながら坂道を登り始める。

 そうして、話は冒頭に戻るのだ。


 ――――


 男は強盗だ。間違いなくそうだ。


「お、落ち着きましょうよ。なにもしてないじゃないですか。」


 肩にかけていた鞄を落として、すこーし気持ち後ろに足を戻しながら声をかける。

 みっともなく声は震えていたし、ゲームやアニメでしか見ないような状況に足は震えていた。

 こ、こえー!! 冗談じゃないぞ、現実かこれ!


「うるせぇガキが! てめぇも俺の事、馬鹿にしてんのか! あぁ!?」


 目の前の中年男性が何を言っているのかわからないが、ぜったい冷静じゃない。

 中年の男がコンビニ店員から、俺に包丁を向ける。

 それを見るや否やコンビニ店員はレジの奥、バックヤードのほうに駆け込みその扉を閉めた。

 な、逃げたー!!


「あ、てめぇコルァ!!」


 怒声を上げながら中年の男はレジの中に飛び込んでいく。

 レジの周辺の商品がドサドサと落とされていくなか、俺もとっさに逃げようとした。

 しかし力を入れた足に、ずきりと痛みが走る。状況から走ろうとしてしまったが、今の俺は走ることができないと思い返す。怪我の影響で膝が壊れている俺は、普段の徒歩くらいなら問題ないが、走ることができない。きっと逃げている最中にこの中年男性に追いつかれ、後ろから包丁を突き立てられてしまうだろう。

 ぞっとしない未来を想像し、何とか店員のように身を隠そうと咄嗟にコンビニ内のトイレへ向かった。

 トイレは鍵が付いているし、きっと逃げた店員さんが警察を呼ぶはずだから、その間だけでも身を隠せれば良い!


 まだレジ向こうに飛び込んでいった中年男が立ち上がる前に、急いでトイレに入る。

 後ろからはなんでかわからないが、中年男は俺にターゲットを絞ったようで怒声と近づいてくる音がする。

 飛び込むようにトイレに入り、内側から鍵をかける。次いでトイレの扉を無理やり開けようとしているのか、ガツンと重たいものが扉にぶつかる音を聞いた。

 扉の向こうではあの中年男の怒声が、すでに何を言っているのか聞き取れない絶叫のようになっていた。


 俺は震える手足を総動員して、ドンドンと音を立てるトイレの扉を内側から支えた。

 17年とまだ短い俺の人生の中で、最大の恐怖だ。

 命に迫るような恐怖を感じながら、命を預けるにはこの扉があまりに薄く、心細く感じていた。このままじゃ、この薄い扉が壊されてあの男が中に入ってきてしまうのではないかと感じている。

 じっとりと汗が滲み、目に汗の粒が入る。扉に寄り掛かりながら拭うと、個室の上にある換気用の窓が目に入った。


 人一人は通り抜けられそうな大きさの、普通の窓だ。

 構造的には入口からは見えづらい場所に出ているんだろうそこは、日が差し込んでおらず外は暗い。

 このままでは扉が破られてしまう。なら逃げ出すしかない!

 追い詰められた思考で、それだけ考えると窓のカギを開けて外を見る。

 外はやはりマンションの陰になっている場所だったのか、やけに暗いが外に通じているようだ。

 後ろで扉をガツンガツンと叩く音が大きく、また中年男の怒声が先ほどよりも興奮している。

 このままではまずい、恐怖に竦んだ心でなんとか窓から身を乗り出し、怪我をしてしまうことも厭わずに慌てて頭から外に抜け出した。


 そこは本当に暗い場所だったが、外に出ることは問題なさそうな広さを感じた。1階の高さだから問題ないだろうと、頭から窓の外に飛び降りる。

 恐怖に汗が滲む中、ぎゅっと目を瞑ってなんとか外に飛び出すと、一瞬の浮遊感ののちに芝生なのか、草の感触を覚えながらごろりと転がる。

 そんなに広い空間だとは想定していなかったが、受け身をとることに成功したので痛みはない。

 恐る恐る目を開けた先には、どういう事なのか、コンビニの外壁ではなかった。

 まずは先ほどまで見ていた先と全く違って、明るい太陽の下だった。

 すこし広めの草原の広場と、驚いたようにこちらを見つめる少年少女と目が合った。


「あ、あれ……?」


 おそるおそる、両手や体中を見下ろす。

 もしかして夢でも見ているのか……?

 ありえない場面転換、外国人だろう金髪の美少女。眼鏡をかけた青髪の美少年。傍に仕えるメイド服の美人。

 見覚えのない場所。

 金髪の少女のほうが、青髪眼鏡の少年の後ろに隠れながらこちらをうかがっている。

 なにかこちらを見ながら言っているが、何か言っているがさっぱり聞き取れない。

 感じる温度も、茹だるような湿気と熱気を感じず爽やかだ。

 相変わらず混乱する脳内で俺が考えていたことは一つ。


 ――トイレの窓から、外国にテレポートしたぁ⁉

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