第4話 イーリスと闇の召還魔法

 魔道具士という魔法使いたちがいる。

 魔法使いは魔術師、魔装師、召喚士、魔道具士に分けられるが、最も魔力が低く最も数の少ないのが魔道具士だ。

 彼らは魔道具と呼ばれるアーティファクトを作り出すことができ、またそれを操作することができる。

 王都や各所にあるような浄水の魔道具などはその最も有名な例で、数は少ないが少なすぎるという事もない。

 10人の魔法使いがいれば、4人が魔術師、3人が魔装師、2人が召喚士、1人が魔道具士、くらいの割合だ。

 アーティファクトを作り出すためには魔力親和性の高い物質が必要で、多くの時間を魔道具士たちは研究に費やしている。

 ただ、生来の魔力の低さから新しい研究を行って新たに作りだすというより、既存の設計図の改修やそれに沿ってインフラ関係の魔道具の量産を行うものが多い。


 イーリス・カプリコーンは魔道具士だ。部屋には何に使うのかよくわからない魔道具が備え付けられているし、研究室にあるような実験道具がいくつもある。

 リーン・パイシースは当然、一般的に魔道具士は召喚獣の使役に必要な、何か起こった時の戦力として数えるべきではないということもよく知っている。

 しかしリーンはイーリスをよく知る一人で、イーリスを頼ってしまうことが多いという自覚もある。

 そしてイーリスが頼りにならなかったことなんて、今まで一度もないことを知っている。


「いまは授業中のところが多いみたいで、静かだね。」


 感情を感じづらい平坦な声で、イーリスがこぼす。

 貴族校舎から離れた林とも呼べない木々が少しだけある広場。

 リーンとイーリス、アイシャは午前のまだすこしだけ静かな場所に来ていた。

 話は早いほうがいい、というイーリスに告げられ、では行こうか。行こう。そういうことになった。


「どうしましょう、ちょっとだけ緊張する……。」


 すこし青白くなった手をこすり、自分の召還紋をリーンは見つめた。

 今朝起きたときに感じた違和感。

 リーンは今までの意思のない小妖精との契約を、なにかが上書きしてしまったことを感じていた。

 そしてその正体が、得体のしれない何かであるという予感もある。

 どきどきと早打つ胸を押さえ、イーリスに目配せをする。

 イーリスは相変わらず感情の感じづらい平坦な表情で、傍に仕えるアイシャも似たような表情を浮かべている。

 部屋を出るときにイーリスは蝋で封した試験管を2本持ち、腰につけられた革のベルトに取り付けた。あとはどこから取り出したのかイーリスよりやや大きい、アイシャと同じくらいの長さの杖を手に持っていた。

 あれは随分、邪魔ではないだろうか。なにかの備えとして持っているものだとしても、魔術師でも持たないような大きな杖だ。


「そう緊張しなくても大丈夫だよ。なにか起きた時の備えはしているし、幻獣が出てきても逃げることができる。」


 一切の自然体で、なんでもないことのようにイーリスは声をかける。

 リーンでなければわからないような、うっすらと笑みを浮かべてこちらを気遣っている様子だ。

 いつも頼りにしているその姿を見て、よしっ!と気合を入れて右手を何もない広場の中央に向けた。


「なにが出るかわからないけど、どうにかしてね!」


「任せて。」


 そしてリーンは召還紋に魔力を流し、異界の扉を開いた。


 ――召喚。


 リーンが魔力を流すと、ざわりと髪の毛が逆立つような感覚を覚える。

 通常の召還と変わらない感覚、ただ召喚士であるリーンが感じたのは明らかな違和感だった。

 召還紋が一瞬黒い光を放ち、周囲の木から鳥たちが飛び立った。

 はたして異界の扉は開かれた。

 空間を裂くように亀裂が入り、黒い光が雷のように周囲に放たれる。


 これはなんだ。

 今まで経験したことのないような、魔力の虚脱を感じる。

 なにかが呼び出されようとしている。

 リーンのやや後方で様子を見ていたイーリスが傍に寄ってくる気配を感じた。

 瞬きを1つしたときに、亀裂から黒い塊がずるりと地面に落ちた。

 どさっと音を立てて地面に落ちたそれを確認したのと、いつの間にかイーリスがそれとリーンの間に割って入っていることに気が付いたのは同時だった。


「リーン……、これは……。」


 イーリスが珍しく、驚いたように声を上げている。

 リーン自身もそれを見て声をなくした。

 それは見覚えのよくあるもので、そして今まで、どんな文献でも見たことがないような召喚だった。


 「ひ…………ヒューマン?」


 亀裂から零れ落ちてきたのは、黒髪に見慣れない黒い装束を纏った人間のように見えた。

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