第8話 山本新と異世界の言語

 どうも外国じゃないみたいだ。

 俺がそう感じたのは、2人に連れられて石造りの大きな建物に向かう最中、当然のように空を飛ぶ人たちを見たからだった。しかも、翼が生えているように見える。

 なるほど、異世界か。それか一般人が知らない魔法の世界ってことだなぁ。

 変に冷静な心の内ではそんな声を出していたが、いよいよ家に帰れないのではないかという不安から俺はみっともなく狼狽えた。


 狼狽えて思わずした行動というのが、その場で呆然と立ちすくむことだった。

 そんな俺をみて、先を歩いていた二人は立ち止まってこちらを振り返っている。金髪の少女は訝し気だったし、青髪の眼鏡の少年はあまり表情の変わらない顔でじっとこちらを観察している様子だった。

 ちなみにメイド服の女性は、先ほど一礼してからそそくさと建物に向かっていた。


「人が……飛んでる。」


 衝撃が大きいと、思ったより冷静になれるみたいだ。

 コンビニのトイレの窓が、まさか異世界に繋がっているなんて思わなかったし。


『大丈夫?』


 脳内に気遣わし気なイメージが浮かぶ。

 金髪の少女が入れ墨に手をやりながら、おろおろとこちらを見ている。


「ああ、うん。もしここが地球だとしたら、一般人が知らないような世界に来てしまったってこともよーくわかった。」


 目の前にいる二人は、少なくとも俺に敵対的ではない。それはよくわかる。

 ただ、もしかして俺がここにいるのって、こいつらのせいなんじゃないだろうか。


 力なく笑みを返して、また歩き出す。

 様子を伺っていた金髪少女は、安心したように青髪少年の隣に戻ると、また石造りの建物に向かっていった。


 建物の前に着くと、少年と少女はなにやら数回言葉を交わした。

 少女のほうは表情が分かりやすいのだが、少年はあまり表情が変わらないのでなにを話しているのか分かりづらい。少女が申し訳なさそうな顔をしているので、なにかお願い事をしているのだろうか。

 ぼーっと見ていると、また意味の分からない言葉を掛けられて二人は先に進んでいく。

 そんな二人の跡をどんどん追いかけていると、木製の扉の前に止まる。

 中から先ほどのメイドさんが出てくると、俺たちを中に迎え入れてくれた。


 部屋は俺の感覚では少しだけ広い、ソファーが2つと、ローテーブル以外は何もないように見える。

 テーブルにはシンプルな白地のティーポットとカップが置いてあり、なるほどこのメイドの人はこれの準備をしたんだと考えが至る。


 ついさっき別れたばっかりなのに、この短い間でそんな準備をできるのか、最初から準備してたのか。


 招かれるままに座ってみると、対面に青髪の少年、その隣に金髪の少女が座る。

 どうも、向かい合いながら改めて話の場になったことを感じ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 メイドの女性が紅茶を淹れてくれるのを眺めて、テーブルを挟んで向こうでなにやら二人が言葉を交わしている。


 終止穏やかな2人だったから、それが俺を害する意識のあるものだとは思わない。俺も早めにこの状況を何とか把握したいので、まずは向こうの話が終わるのを待つことにする。

 淹れてもらった紅茶を手にしてみる。

 良いとか悪いとか、全然わからないが、めちゃくちゃいい匂いだったし、普通に口をつけている二人を確認して俺も口に入れてみた。


 緊張の連続だっただめか、自分でも驚くほど喉が渇いていたみたいで、あっという間に飲み干してしまった。カラのカップをソーサーに戻すと、何も言わずにメイドの女性が紅茶を継ぎ足してくれる。

 メイドの女性にぺこりとお辞儀だけするが、向こうは特になんの反応も返してくれない。

 さみしく思って行き先を所在なくぼーっとしていると、金髪の少女がこちらを見ていることに気が付く。


 カップを置いて、見つめ返すと、少女がまた右手の入れ墨に左手を添える。

 すると目の前で、黒い光がその入れ墨の周囲にぼうっと灯るのを見た。


 驚いていると、それが少女の体中から発せられているものだと気が付く。

 うっすらとした光はやがて入れ墨の周囲に集まり、同時に俺の右腕に熱が宿る。

 慌てて学ランの袖を捲ると、いつの間にか俺の右腕にも少女のものと同じような黒い痣のような入れ墨が浮かんでいることにそこで気が付いた。


 いつの間に、入れ墨⁉ 温泉入れなくなっちゃう、親父にぶっ飛ばされる!


 そんな考えが浮かぶ中、軽くパニックになっているとやがて熱は引いていった。

 まじまじと自分の腕を見る。

 入れ墨は、熱を持っていた時に比べると薄っすらとしたもので、鉛筆で描いたような薄さだ。それは見比べていないので詳細がわからないが、金髪少女のものと同じように見えた。


「リーン・パイシースよ。言葉は……わかるようになった、よね?」


 呆然と自分の腕を見つめている俺に、そんな声が届いた。

 一瞬意味が分からなかったが、それはさっきまでいた金髪少女のほうから発せられているように思えた。

 顔を上げると、金髪少女が困惑しているように、気遣わし気にこちらを見ていて、青髪眼鏡は相変わらず表情の変化なくこちらを観察している。


「あ、ああ……。えっと、……。」


 俺を置いて事態がどんどん進んでいっている状況に困惑しながら、俺はゴクリとつばを飲み込んで引きつる喉としびれた脳でそれにこたえた。


山本 新やまもと しんです……、どうも。」


 どうにも格好がつかないが、こうして俺は異世界の言葉を取得したのだった。

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