第2話 イーリスとブランズ

 魔法学校では貴族寮と一般寮が分けられており、校舎も別になっている。

 そもそもの生活時間が若干違うというのもあるが、食事にもマナーがあり生活のすべてが厳しくある貴族側と、貴族のマナーを気にする必要がない一般学生で、同一にする必要がないためだ。

 貴族生徒は少し遅めの時間から授業が始まる。貴族は入学前から教養を身に着けている者がほとんどなので、授業は魔法教育に向けられるものが多い。


 各講師の開くセミナーに参加し、期末の共通テストと各専門のテストを受けることが義務付けられているが、それ以外は生徒の自主性が重んじられている。

 一方、一般生徒は教養と魔法の基礎から授業が始まるので、貴族と学ぶ機会は多くない。年に数度ある共通テストや学校行事など、もしくは同じセミナーやゼミに所属していないと顔を合わせることも稀だろう。


 また夕方には一般生徒の授業は終了するが、貴族生は稀に夕方や夜にも授業がある。

 生活の違いや履修項目の違いから、同じ敷地にありながらそうして貴族と一般の平民は分けられていた。

 そうした中での貴族寮の食堂は、午前中は普段あまり人がいない。単純に朝食の時間が合わないという事もあるだろうが、多くは食堂ではなく自室で食事を摂っている。

 それなので、イーリスは悠々と広いテーブルに一人で座り、アイシャに準備されるがままに食事していた。


「カプリコーンじゃないか。」


 イーリスとアイシャ、厨房のスタッフしかいない食堂の扉を開けて、イーリスに声をかけてきたのは黒髪の男子生徒だった。

 この国では若干珍しい、黒髪に鳶色の瞳の男子生徒は、にっこりと人好きのする笑みを浮かべながらイーリスの傍にいるアイシャにも気さくに手を上げ、挨拶をしてくる。


「ごきげんよう。まだ朝早いのに、見かけるのは珍しいね。」


「……どうも。」


 数度咀嚼し、飲み込んだ後で相変わらず感情の読み取れない平坦な声でイーリスは答えた。


「食事中に失礼。コーヴァス家のブランズだ。何度か挨拶も交わしたが、覚えてるかな。」


「ああ、コーヴァス様。はい、まあ。ごきげんよう。」


 あいかわらず表情の読み辛い様子の主従にブランズは苦笑し、こちら座っても?とイーリスに確認してから隣に腰を落ち着ける。


「ブランズで構わないよ、家格も君のほうが上だろう。」


 イーリスは手短に答え、アイシャから水を受け取り飲み干す。そのあとに運ばれてきたフルーツをアイシャが小さく切り分けているのを見ながら、興味なさそうにイーリスは答えた。


「魔法学校では貴族階級は関係ありませんから。」


「じゃあ余計にブランズで構わないよ。もしくはブランズ先輩、かな?」


「ブランズ先輩。」


「うん、そうだね。」


 若干面倒そうにしているイーリスだが、ブランズは意にも返さずそのまま雑談を続ける。

 厨房のスタッフがブランズに食事の用意を行い、食事をしながら雑談は続いた。

 昨今の授業はどうだとか、国内で発見された新規のダンジョンについてだとか。

 多くはイーリスがすでに知っている内容だったが、黙って耳を傾けて時折返答し、穏やかに時間が流れていく。


「カプリコーン。君に聞きたいことがある。」


 しばらく雑談を重ね、イーリスの前の皿からフルーツが消えたころにブランズは切り出した。


「君、失伝魔法についての研究をしているんだよね。」


 その言葉に、初めてイーリスはブランズのほうを見た。

 口元をナプキンで拭い、グラスを片手にブランズもイーリスを見つめ返す。


「失伝魔法についてですか。」


「正確には、失伝した2系統について。」


 失伝魔法。

 世界には魔法が大まかに4種類存在する。

 5属性の魔術、魔装、召喚・使役、魔道具操作。

 空間から現象を発生させる魔術師。

 空間から武具を取り出し扱う魔装師。

 異世界の生物を呼び出し使役する召喚士。

 アーティファクトを作り出し、操作する魔道具士。

 そういった世界にある魔法のなかで、いつしか消えてなくなってしまったもの。

 魔術の5属性の外側、光と闇の属性魔法。


「……僕の研究内容です。光と闇の魔法について。」


「そう、失伝した光と闇について、だね。」


 イーリスは目の前のブランズ・コーヴァスについて思案する。

 自身の知識にあるこの男は、コーヴァス家次子の土・火・水の3属性魔術師。

 騎士の家系であるコーヴァス家ではブランズ以外の男子は全員魔装師で、ブランズも魔術師でありながら高いレベルの剣術と土・火の魔術で兄達と同様に将来の軍属を待望されている。

 つまりは、失伝魔法に興味を抱くような、研究気質ではないように思えるのだ。


「ブランズ先輩が失伝魔法に興味があるとは思っていませんでした。」


「……うん。実はあんまり興味はなかったんだけど。」


 素直に言われたことに対し、ブランズは頬を掻いて困った顔をしながら続ける。


「これは相談でもあるんだけど、詳しい人に聞きたいことがあってね。カプリコーンに会えて丁度良かった。」


 ひとつ呼吸を置いてから話し出そうとしたところで、食堂の外から複数人の話し声と足音を聞いてブランズは言葉を止めた。


「あんまり人の多いところで話をしたくないから、今日の授業が終わってから少し時間もらえないかな。」


 イーリスはそれに黙って頷くと、時間と場所を約束しその場での話は終わった。

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