第22話 嫉妬からのイチャイチャでご満悦

 自身の趣味噌好を堂々と口走った渚は、満足したのだろうか、きょうはお開きにしようと提言してきた。 


 尖った思想を披歴されては、我々も引いてしまって当然というもの。俺たちは首肯した。


 この空気感の中に千夏と渚を放っておけば、危険な化学反応が進んでしまう。即解散は正しい決断といえよう。


 渚とは帰り道が別方面だったので、なんとか気まずい雰囲気は回避できた。


 ただ、それはあくまで最悪を回避したというだけのこと。時間を空けてから千夏と合流。これまでと同様、特殊なタクシーに乗り込んだ。


「男子ってのはいい身分なのね。私という護衛官を側に置きながら、涼しい顔してかりそめの恋人をつくるなんて」

「申し訳ないとは思っている」

「煮え切らない答えね」


 渚を探ろうとして、危険な橋を渡った。そもそも最悪の選択。


 が、やるのであればバレないよう誠心誠意努めるべきだった。それが最低限というものだ。


「もう謝罪はいらないわ。汚点同然ともいえる事実でも、過去は変えられないもの」


 俺の選択は、千夏を裏切りであり、歪められない過去でもある。


「黙らないでよ」

「いま、これからなにを口にしても、千夏には刺さらないだろう」

「最初から決めつけないで」

「長年の経験則だ」

「……わかっているようで、なにもわかってないんだから」


 これがベターと踏んでいた。すくなくともきょうの間、千夏はこの件を引っ張る。どう振舞っても、俺が生んでしまった疑心が、千夏のなかに居座る。


 であれば、沈黙はひとつの答え。そう考えていた。


「俺、間違っていたのかな」

「ほんとにズレズレ。大不正解」 

「最悪じゃない」

「沈黙すること自体は、選択肢のひとつしてありかもしれない。でもそれだけじゃ、決定的に違うの」


 いって、千夏は俺をじっと見つめた。


「きょうは、いつも以上に好きにさせて」


 ぎゅっと抱き着かれた。いつもより力強くて、距離が近い。きっと、千夏の爪先は白くなっている。


「驚いた?」

「そりゃ。唐突だ」

「欲望には忠実なだけ。唐突じゃない。そーくんからこないから、私もう限界だったの」


 欲しいのは言葉ではなかった。態度で示してほしい、というのが、千夏の望みだったのだ。千夏の性格をちょっと考えれば、わかることだった。


「しばらくこのままにさせて」

「車のドアが開くまで、な」

「やだ。ドアが開いても無視する」

「無茶いうな」

「無茶をいわせるのは、そーくんの理解のない行動にあると忘れないでよ?」

「……肝に銘じます」

「うむ、よろしい」


 それから、千夏はお仕置きと称して俺を離さなかった。


 そればかりか、身体中をくすぐってくるだとか、耳元に息を吹きかけるだとか、そういった行動に出ていた。


 俺が嫌な顔をするたびに、千夏の嗜虐心がくすぐられるように見えた。


「いきますかっ」

「……はい」


 舞い上がっている千夏と、げっそりとした俺。これではまるで、淫魔にいろいろ搾り取られたようだな、と変な考えがよぎった。



 家に着いてからも、今まで以上に距離感の近さを感じた。


「距離感近くない、と。きっとそーくんは、そう経易してるんじゃないかな」


 そこまではないが、と否定する余地もなく、千夏は続けた。


「これは護衛官の任務の一環であって、別に私の下心の表れではないんだよ? 合法的なスキンシップだとか、この状況をおいしいとか、そんな不真面目な考えには至っていないから!」「信頼度が一桁バーセントくらいに聞こえるんだが?」

「残念だ、私の信頼も地に堕ちたか」

「千夏は良くも悪くも信頼してる。それゆえの判断だ」


 ここまで保険をかけてつらつらというとなれば、答えはいうまでもないってわけだ。


 さっきの発言、ツンデレをとらえるほかなかろう。


「はあ……私は悲しいよ。勝手に渚と話を進めて、怒り心頭!って思ってたのに、こうしてそーくんとイチャイt……ではく交流を深めただけで、チャラにしてしまいそうな自分がいることが」

「ずっと引っ張って、モヤモやするよりかは百倍良いと思うよ。俺がいうべき言葉ではないだろうけど」

「正論は正論というもの。こうしていられるんだし、無問題モーマンタイでいっか!」


 そうかもな、と俺は心のなかで頷いた。



 この浮かれ調子と、帰ってきた時間帯もあって、本日の夕飯は奮発して出前とした。

「臨時の食費というていなら、全額補助が出るからね。領収書さえあれば、実質タダ飯にありつけるってわけね。これ大事。きょうは極上のお寿司かな?」

「職権濫用もいいところじゃないか」

「そーくんの護術をしている時点でレッドカードの一発退場なんだよ? 罪の上乗せしても、いまさら変わらないよ。こっちに関しては、ルールの中でやってるんだし、咎められることはないんだから」

「そうだな。タダ飯を食らえるなら食らっておくか」

「こういうのが一番おいしいって明白なんだよね。背徳感のスバイスがいい仕事をするんだから」


 正直申し訳なさを感じながらも、チェーン店の中でもグレードの高い寿司セットを頼んだ。


 味の方は申し分ない。寿司は日本の心なんだな。


 おいしいものを食べ、気分よくしている千夏の姿を見て、俺は気持ちが高まっていると自覚した。

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