第21話 純愛過激派カプ厨

「芦川くん、そんな驚くことかな?」


 千夏が「あっ?」といういかつい声を出したことに、渚は突っ込んでいた。


「失敬。まさかあなたが重森くんと一緒にいるとは思わなかっただけ。驚愕したってやつよ」

「王子様ってのは、男子と一緒にいちゃダメなのかな?」

「ダメとはいってない。ちょっと気になっただけだから」


 口では冷静を装っているつもりらしいが、まるで嫉妬だとか恨みだとかを隠しきれていない。


 千夏の様子を見るに、渚にだけはかろうじて温厚な態度を保っている。ただ、俺と視線が合うと、鬼でも殺すんじゃないかって目で睨みつけてくる。


 当然だろう。


 法を侵してまで護衛官になった、千夏の熱意。


 だというのに、俺が他のクラスメイトと仮カップルになっている現実を眼前に突きつけられている。はいそうですか、と水に流せるはずもない。


 俺の理想としては、千夏にバレることなく、一週間程度で後腐れなく自然消滅するつもりだった。


 たった一日で関係を把握されてしまった。早すぎる。想定外もいいところだ。


「なぁ、重森くん。君と千夏くんが幼馴染っていうのは本当かな」

「あぁ、昔からの仲だ」


 ふぅーん、と渚はわざとらしく反応した。


 千夏との付き合いはそれなりにある。いまさら聞き直すような話でもないはずだ。


 明らかに別の意図があってのことだ。


「異性の幼馴染なんて、絶滅危惧種もいいところだ。燃えるね」

「なにがいいたい?」

「ふたりは幼馴染以上かどうか、聞きたくてね」


 千夏は露骨に表情を歪ませた。その様子を見て、渚は嬉しさをのぞかせているようだった。


「どうなのかな、重森くん?」

「俺と、千夏は……」


 返答に詰まってしまう。はい、と答えても、いいや、と答えても最適解ではないように思うのだ。


「ふだんの様子を見るに、とりわけ深い絡みも見られない。異性同士の幼馴染への幻想は、やはり幻想なのかな? どうだろう、千夏くん」

「わ、私はっ……」


 あぁそうだ。


 渚は全部わかってやっていたのだ。


 王子様系女子という肩書きの裏に隠れていたのは、ずる賢さという一面だ。


 仮とはいえ、付き合いを持とうとした時点で負けだった。そういった事実がひとつあれば、渚にとっては充分だったのだろう。


 私は先手をとった。さぁ、千夏たちはどう出る?


 そう試しているようだ。


「千夏は、大事な幼馴染だ。渚と仮の関係を築こうと築きまいと、ブレないところだ」

「そーくん……」


 千夏は表情をゆるませ、俺の愛称を口にした。


「なるほど。重森くんの答えはわかった。じゃあ、千夏くんの答えは?」

「答えるまでもないわ」

「どういうことかな?」


 ばっさりといってのけた。千夏が真剣な眼差しになったのを、俺は見逃さなかった。


「重森くん……いや、そーくんは私にとって幼馴染という枠を超えた存在よ」

「うぇっ!?」


 他の人物には、俺たちの関係を悟らせないこと。


 それが護衛官の規則破りを悟らせないための術だと知っているはずなのに。


 俺も、千夏も。


 堂々と破った。


「いいね。いい返事だ」

「私の答えはこの通り。それはそれとして、こちらからも確かめたいことがあるわ」

「なんだろう?」


 千夏はひと呼吸置いて、続けた。


「渚って、男女の相思相愛を強く愛しているんじゃない?」

「詳しいね」

「これまでの付き合いからだいたい察しはつくから」

「やっぱ千夏くんは鋭いよ」

「ただ、自分は創作世界の理想とかけ離れた現実に直面している。王子様系女子と、同性に崇められている」

「なんでもお見通しって感じ。相変わらずだね」


 渚のため息には、千夏の推察能力への恐れと敬意が込められていた。

「私のそーくんにちょっかいかけたの、これって、本意ではないでしょう?」

「なにっ?」


 俺はつい口走った。


 正直、渚のアプローチは唐突で、根っからの本心とはいささか思えない代物だったが。


 千夏にストレートにいわれると、正直驚かずにはいられなかった。


「そーくん。渚はね、私たちの本気度を測っていたんだわ」

「どうしてそう思うのかな」

「相思相愛ものをこよなく愛している渚が、私とそーくんの間にある、幼馴染という絆を見過ごすはずがない。仲を切り裂く蛮行に及ぶとは、到底考えられないの」


 千夏の意見はもっともだった。自分の好み、信条に反する行動は、なかなか取りにくいだろう。


「でも、ボクは実際、重森くんに付き合うよう告白したよ?」

「直接的な行動に出れば、いずれ渚とそーくんの関係は噂になる。必ず、私からアクションがあると想定しているはず」

「リアクションを期待していたと?」

「そうよ。つまり、渚は幼馴染の間を切り裂く汚れ役に徹することで、私たちの仲を確かめようとひと芝居うった、ということよ」


 渚はうつむくと、くすくすと笑っていた。


 いまのところ、千夏の推理には半信半疑だ。


 いくら幼馴染という関係が好きだからといって、わざわざ友人との関係を揺るがしかねない行動なんて取るだろうか?


 あまり得策とは思えない。


 人の仲をあえて掻き乱し、仲を確かめさせたいなんて感情。


 フィクションの二次創作のなかで消化でもしておくのが吉と思える。


「いやぁ、千夏くんには勝てないよ」


 え? と俺は声を上げずにはいられなかった。


「大正解だ! 人の関係は、試練があってこそ輝きを増し、より純度の高いものへと転じる。頂きの景色、至高の幼馴染はそこにあるのだよ!」

「正気なのか、あんたは……」


 口汚くとも、はっきり確かめておきたいところだった。


「あぁ、そうとも。周りがどう私を評価しているかはわからないが、中身はれっきとした厄介カプ厨、そのものなのさ」


 なるほど。


 見た目に騙されていた。


 千夏は、自身の望みをかなえるためには、グレーなこともしてのける護衛官。いってみればいい意味でやべーやつだ。


 類は友を呼ぶ、という。


 渚がやべーやつだとしても、なんらおかしいことはなかったじゃないか……。

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