第19話 乙女になりたい王子様

 王子様系女子、榊渚。


 渚に「さしあたり俺の彼女になってもいい」と話を持ちかけられた。


 千夏は渚の提案を受け入れた。あまりにも意外だった。


 護衛官になった経緯を振り返れば、やすやすと俺を売り渡すとは思えなかった。現実は異なっていた。


 渚は、放課後になったら会いたいと告げた。取り巻きが目を光らせているため、校内で一緒にいるのは得策ではないらしい。


 俺は改めて、ふだんの渚の様子を見ることにした。突然、彼女になろうかと話を振るような人物の素性くらい、探っておきたいというもの。


 その人気っぷりは、嫉妬するのも馬鹿らしくなるものだ。


「榊さん、きょうもお美しいです!」「完璧なお弁当ですこと」「来週の件は……」


 多くの女子に囲まれ、質問責めだ。


「いつもありがとうね。いやいや、お弁当はいつものことだよ。例の件だけど、予定日の翌日に変更で頼むよ」


 浴びせられる質問を、聖徳太子さながら返答をこなしていた。


 いつもにこやかでありながら、凛々しさがある。人としての余裕ってのも感じる。


 王子様系女子っていわれる理由もわかる。単にビジュアルがかっこいいから、というだけではない。


 王に必要な要素を兼ね備えてこそ、真の王子様系女子なのである。


 渚は、真の王子様系女子といってよかった。



 王子様が取り巻きから解放される、放課後。


 寂れた飲食店で、俺たちは落ち合った。


「もっと洒落た店を選ぶと思ったかな?」


 出会って第一声、渚は問いかけた。


「そうだね。流行りに敏感と聞いていたからな」

「ふだんなら、人気の新作フレーバーを求めにいくんだけどね。異性に会うとなれば話は別なのさ」

「人目につくもんな」

「取り巻きが多すぎるんだよ。まったく、困りものだよ」


 個人経営の飲食店だろうか。客は常連ばかりのようで、年齢層が高め。俺たち高校生チームはいささか浮いている。


 静かにふたりで話せる場が必要であった。ゆえに、俺たちが客層にあっていない、なんてのは二の次だった。


「我らがクラスの王子様」

「どうしたかな?」

「さしあたり、俺の彼女になるって話だったかな。まるで意図が読めないんだが」


 注文を頼む前の段階で切り込む。話は早く済ませたかった。


「単刀直入とはこのことだね。理由は単純、君に惚れてしまったからさ」

「冗談よしてくれ」

「女の子の純情だ。馬鹿にしないでもらいたいな」

「渚はいままで、なんらアクションを起こしていない。俺としては、話が飛躍したように見えるんだ」


 渚の表情が変わる。軽い感じだったところに、真剣さがひとつまみ入ってきた。


「そうか、君はあくまで冷静で警戒心が強いと見える」

「俺を好んでいるから彼女を立候補したわけではなさそうだ」

「過言だよ。私は重森くんのことを、決して悪くは思っていない。かっこいいし、性格に相当な難があるわけでもないからね」


 それはあくまで、消去法で取り除かれないというだけではないか。


「いまの口ぶりじゃ、ボクが妥協をしているように見えるかも知れない。でも、決してそういうわけではないんだ」

「反論できるのか」


 わざとらしく笑みを見せる。


 答えは、すぐには出なかった。店員が注文を取りにきて、一時中断となったからだ。


 アイスコーヒーをふたつ注文し、話を再開した。


「ボクに反論はできる。君を恋人としたい理由の最たるもの。それは、君がクラスのなかで輝いていることだ」

「剣聖や潤ではなく?」

「君のことはよく見ていた。この時代であっても、護衛官をつけないという強さ。周りに囚われず、自分を貫く強さがある」

「どうも。お褒めに預かり光栄だ」


 自分を貫く強さ、か。


 貞操逆転世界において、男性が女性を恐れないというだけでも、十分な個性と呼べるのだろう。


 俺は俺のまま生きていただけであり、当たり前のことを褒められると、なんだかくすぐったい


「いまのボクは、君のようにはなれていない」

「自分を押し通す力がない、と?」

「そうさ。周りには常に取り巻きがいる。悪い気はしないがね、期待された榊渚っていう存在であろうとしてしまう。そこに、息苦しさをときおり感じはするのさ」

「期待された榊っていうのは?」

「かっこいい女性としての、私だよ」


 アイスコーヒーがきた。榊はぐいっと飲み干すと、顔を歪めた。


「ブラックは苦手なようだな」

「重森君、そんなことはない」

「嘘だ。目は口ほどにものをいうんだ」

「……そうだね。君のいう通りさ。見栄を張ってしまう。悪い癖だ」

「王子様はブラックコーヒーにむせたくないのだな」

「黙ってブラックをのむ。そして澄まし顔をするのがかっこいいと思わないかな?」


 真面目に質問してきたものだから、俺は思わず吹いてしまった。


「なにかおかしいことでもいっただろうか?」

「無自覚っていうのも罪だな」

「ボクを小馬鹿にしているのか」

「いやいや、かっこよさの基準は人それぞれと思っただけさ。うん、それだけ」

「お言葉を返すようだが、君の目は泳いでいる。人をバカにするのも大概にしてほしいものだよ」


 バカにする意図はなかったにせよ。


 渚も実はかわいらしいところがあるんだな、という発見があった。


「君がどう思おうと勝手だ。要するに私は、自分の心に従って生きたいんだ」

「なるほどね」

「だから――私だって、乙女になってもいいだろう?」

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