第18話 王子様系女子の命令

 タクシーに降車してから、千夏が俺になにかを要求する、ということはなかった。


 あの悶々とした感じからだと、タクシーに降りたあとに続きを求められるかと思ったんだが。


 家に着いてからは人が変わったようになにもなく、むしろ俺は不安になった。


 メリハリがしっかりしているんだろうか、なんて考えたりする。だとしても切り替えが早すぎでは、という疑念は残った。



 翌日。


 寝不足気味を訴える千夏だったが、しっかり早起きして朝食をこしらえてくれた。本当に感謝である。


 護衛官としての職務だから、とはいうが、千夏も立派な学生のひとり。自分のやるべきこともあるのだろうに、俺の面倒まで見てくれて、なんだか立場がない。


「たまに、私のわがままに付き合ってくれるだけで事足りているから」


 というのが千夏の意見だった。千夏自身が現状に納得している以上、俺が負い目を感じることはない、と断言していた。



 きょうこそは無事で帰りたい。平穏無事であればいい。そう願うばかりだ。


 今回は千夏が先に出て、俺が後から向かう、というかたちを取るつもりだったんだが……。


「やぁ、重森くん」


 そろりそろりと教室を向かう俺を、誰かが呼び止めた。


 ささやきかけるような低音が、俺の耳を通った。

さかきか」

「あぁそうさ。ご機嫌いかがかな」


 低音ボイスの彼女は、さかきなぎさ。クラスメイトのひとりである。


 いうならば王子様系。かっこいい美しさってのを持ち合わせているために、クラスでは凄まじい人気を誇っている。


 女子に比重が傾いたこの世界、かっこよさを持った女子ってのはおおいに人気を博す。


 彼女に護衛官はついていない。ただ、ファンクラブ的なものが存在しているようで、そのなかの有志が騎士団を自称しているとの噂である。


「あぁ。いつも通りって感じだよ」

「それはなにより、というものだ。そうは思わないかな、芦川くん?」

「あははっ……」


 返答に困っていた人物は、千夏であった。


 小さな榊に意識を取られ、千夏にまで気が回っていなかった。


「君たちは別々の登校なのかい?」

「なぜそう思ったのかな」


 千夏の様子を見るに、なにかを勘ぐられたと見てよかろう。


 答え方によっては、いろいろ厄介なことにもなりかねない。


「噂にはかねがね聞いているけども、君たちは幼馴染同士というじゃないか」

「そうだね」

「ただでさえ男子がすくないというのに、幼馴染属性まで兼ね備えている人物。まさに希少種、絶滅危惧種なのだよ!?」


 この流れはどこかで……。


 濁す必要もない、継実とのやりとりだ。


 いわれみればその通り。男女比が偏りすぎたこの世界、異性の幼馴染と同じ高校に通うなんていうのは、フィクションのなかでしかお目にかかれまい。


「私は断言する。思春期の面倒な考えが君を邪魔しているというなら、いますぐ考えを改めるべきだよ。君は、芦川君を大事にしなければならないっ!」

「さ、榊さん?」


 心の声を大胆に告白しているようであった。クールを売りにしている榊のイメージとは、まるで反するものだった。


「失敬、取り乱してしまったようだ。私としては、君たちが幼馴染同士でありながら、なんら行動を起こしていないように見えたのが悶々としてならなかったのだよ」

「本人の前でいうことなのか……」

「この数年間、君たちの様子を気にしてはいたのだが……あまりの発展の死なさに、私もついに限界が来たということなのだよ」

「へ、へぇ……」


 千夏の顔をチラリと見る。やはり、困っているらしい。


 イメージがこうも一瞬で崩れるものなのか、という一例を見てしまった。


「重森くん、ひとつ頼みを聞いてほしい」

「頼みか」

「私を、試しに彼女としてみないか」

「え、正気?」


 近くにいる千夏も、開いた口が塞がらないといった様子。


 なにか口に出したくてたまらないといった具合だが、ボロを出したくないという一心なのか、口をパクパクと動かすだけだ。


「私は常に正気さ。重森君が芦川さんと発展していないようなら、私が仮の彼女になったって、なんら問題はないんじゃないかな」

「そりゃ、榊のなかの理屈では話が通ってるんだろうが……突然切り出されて、はいそうですかともいかない」

「なにかネックになっているのかな?」


 ネックもなにも、俺には千夏がいる。


 千夏は護衛官。ともに共犯関係を結んだ仲である。


 他の女子と付き合うなんて、仮の提案だとしても言語道断だろう。千夏が許すはずもない。


 それ、たとえクラスの王子様たる榊の頼みだとしても、だ。


「芦川くん、君にとって重森君とはどんな存在なのかな」

「そーくんは、私の……」


 護衛官、なんてことは口が裂けてもいえないだろう。


 そうなると。


「……大事な、幼馴染」

「恋人という座は、一時的にお借りするよ」

「……そういうことなら、条件をのむ」

「話が早くて助かるよ」


 千夏、いったいなにを考えている?


 絶対に許すはずのない条件をのんだのだ。


 なにか裏があるとみていい。千夏に目を向けても、なんら反応はない。ただ押し黙っているだけである。


「じゃ、しばらくの間頼むよ、重森君?」


 榊の意図が読めない行動。


 それは、俺の頭をクエスチョンマークでいっぱいにするには十分な威力を持っていた。

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