第17話 欲望の解放
屋上の階段での一件があってから、千夏の距離感が一気に近くなった気がしてならない。
俺が、千夏と共犯者になるといい切ったのが大きな転換点となったのはいうまでもない。
なのだけれど、もはや周りの目もさして気にしてないんじゃないかって振る舞いには目が余るというもの。
「そーくん、お姫様抱っこして家まで運んでよぉ」
「正気かよ……」
例のタクシーに乗ってきょうも帰っているのだけれど。
千夏が完全にだらんとしている。
「そーくんにさ、お姫様抱っこでフルマラソンをしてもらいたい。それって幸せなことだと思わない?」
「千夏、お前いま
「未成年飲酒は違法。遵法意識の高い私が、まさかそんな蛮行を……」
「はてさて、遵法意識高いのはいったい誰のことなんだ」
「いずれにしても、私はお酒なんて飲んでないからね!」
「酒を飲んでないのはわかったさ。問題は遵法意識だよ」
「遵法意識、高いでしょう?」
実に説得力に欠けた言葉だ、と思わずにはいられない。
「腑に落ちないって顔ね」
「あぁ。脱法護衛官、そして見て見ぬフリを決め込む連中に、遵法意識など語る資格はないんだぜ」
「そーくんにも共犯者意識が芽生えてるんだ」
「契約ってのは、軽々しく結ぶものじゃないのさ」
俺は千夏と契約を交わした。
千夏が俺の護衛官を務める、という違法行為を黙認すること。
そして、判明した後も、ともに責任を取ること。
千夏が遵法意識を語るのが失笑ものであるように、俺にだって遵法意識なんぞ語る資格はない。
「そうだよね。腹を決めてるわけだし」
「共犯を決め込む以上、疑われることは避けたいものだな」
「今後はお互いに気をつけなくっちゃね。どこに火種があるかなんて、わかりっこないもの」
有能護衛官、西園寺まもりが真実にたどりつくかわからない。
他の人物だって外せない。最近だと継実もそうだ。千夏と親しいゆえに、予期せぬところで地雷を踏み、危機に瀕してもおかしくない。
「俺にとっての火種ってなんだろうな」
「剣聖くんとか?」
「あいつか……抜け目ないもんな、剣聖」
男女ともに人気がある剣聖。周りを注意深く観察しているようだし、まるで油断ならない。
他の男子はどうか。
潤も、西園寺を護衛官としている以上は警戒が必要だろう。男子はみんな警戒対象ってわけだ。
「ほんと、ひとたび気にすると滅入っちまう」
「周りは意外と気にしてないのにね」
「そのとおりだ。千夏が俺の護衛官だって疑う奴など、そう多くはないのにな」
ある程度は意識しなくちゃならないが、かといって気にしすぎると自意識過剰。匙加減が難しい。
「ふだんは気にしなきゃいけないぶん、こういう安全圏は活用する。そうは思わない?」
「千夏、息が荒いぞ」
「身体の反応は、そうたやすく抑えられないんだから、許して?」
獣の目つきをしている。要は、千夏も貞操逆転世界の女子、そのひとりってわけだ。
幼馴染だから安全圏とはいえないのである。
「おいおい、気が早くないか?」
「いや、遅いくらいだよ。学校とか外では抑えに抑えてるんだし、緊張が解けたらこんなものだよ」
足下からゆっくり指を這わせてくる。過剰なボディタッチもいいところだ。
「ねぇ、別にいいでしょう? 嫌なら断ればいい。私にだって、話を聞き入れるだけの理性は、まだ残ってるんだから」
「いずれ消えるって口ぶりだな」
「私は自分自身を信用していないの」
「自信満々にいえたことか?」
千夏の要望に耳を貸す義務はない。俺には選択の自由がある。
欲望を適度に解放させた方がいい、と捉えるのか。
それとも、一度応えたら欲望が次第にエスカレートしていく、と捉えるべきなのか。
継実と距離が近かったときには、一緒に片付けをすることでいちおう解決できた。
そのときのモヤモヤ込みで、いまの行動に出ている、と考えると、どうだろうか。
……前者の仮説でよい、としておこうか。
「…そういうことなら、ちょっとだけ許すよ」
「いいの? 本当にいいの!?」
「めちゃくちゃがっつくじゃん」
「断られるかもって正直不安だったからさ、望外の喜びというか、神に感謝っていうか」
「すげえ饒舌になるじゃん」
「だって本当にうれしいからさ」
千夏の繊細な指遣いはここで止まった。
代わりに、頭を倒してくる。
「やっぱり膝枕なのか」
「私の趣味、みたいなものだと思う」
膝の間に、千夏の頭が収まる。彼女の透き通った髪が、太ももに擦れる。
「頭、こすりつけてないか?」
「気のせいだよ」
口では否定しているものの、頭が動くスピードは増す一方だ。こそばゆい感覚。擦れるごとに上がってくる髪の匂い。俺の理性も危うい。
「言動の不一致にもほどがあるな」
「バレてた?」
「押し通せるわけないだろうが」
「もしかして見過ごしてくれるかな、って」
そんなわけないだろうが、と返す。
「千夏って、もしかして痴女?」
「この世界の女子なんて、男子を前にすればそんなものだよ?」
「おっそろし」
「だから、耐えきれなくなった男性は特区に引き籠もるんだよ」
「特区に住む男の気持ちもわかってしまいそうだぜ」
そういうと、千夏の動きも止まった。
「抑制したのか」
「いや、もうそろそろついちゃうから。この辺でやめないと、ね? かろうじて残った理性が告げているから」
タクシーも減速を始めている。
太ももに頭を挟んでいたときの千夏は、明らかにいつもと違う笑みを浮かべていた。いっときの快楽に身を任せている類いのものだ。
この改変された世界では、女子に対する幻想をぶっ壊さなくちゃいけないらしい。
頭を太ももに擦りつけて歓喜するような幼馴染を受け入れてこそ、共犯関係。
おかしな常識を受け入れてこそ男。あぁ、きっとそうだろう?
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