第16話 重い契約

「危ないところだった……」


 正直、フラグ回収が早すぎる。


 誰かに千夏との関係性がバレたらどうしよう。


 そんな話をしてすぐに、西園寺からの追及があったのだから。


「甘く見てた。護衛官として身につけた解錠テクニックを、後先考えず使っちゃったし……」

「さらっとすごいことしてたよな」

「護衛官にはいろいろな技術が叩き込まれるからね。護衛対象がどんな危機に瀕しても、ちゃんと救えるようにって」


 はえぇー、と感嘆の息が自然と漏れる。


「ちなみに、他にはどんな技術が?」

「ちょっとだけ教えてあげる。全部となると、守秘義務の問題があるからね」


 護身術からネット上の書き込みから個人を特定する技術まで、さまざまな技術を身につけているとのこと。


「護衛官ってもしかしてすごい?」

「めちゃすごなんだからね。ここに至るまで本当に長かったんだから」

「参りました」

「わかればいいんです」


 俺の味方である分には、千夏はとっても頼れる味方である。裏を返せば、逆上されたら終わり、ということ。


 千夏はさまざまな能力に秀でている。逆上されたときに、果たして俺の力だけで抑えつけることができるだろうか?


 恐ろしい未来予想図は頭の片隅に追いやっとく。深く考えたくない。


「とりあえず、戻ろっか。昼休みも終わるしね」

「だな。教室でいろいろ追及されそうな気がするが」

「大丈夫。潤くんのことと絡ませて話をでっちあげればね」

「そのくらいの嘘なら通すしかないか」

「必要な嘘だからね」

「嘘ですべてを押し通した千夏のありがたいお言葉だ」

「すごーく意地悪ないい方するじゃーん」

「それは冗談だとしても、いまのポジションは真っ当に過ごしていたらゲットでき……?」

「ゲットできるはずもない。そこんところ承知の上なんだよ。他人事ひとごとみたいな態度だけど、そーくんも共犯者なんだからさ」


 共犯者、か。


 千夏を護衛官として側に置くと決めた。それすなわち、千夏の嘘とともに生きていくこと。そこのところ忘れちゃいけない。


「今後とも、許される限りはよろしく」

「限定的だなぁ」

「バレたら犯罪じゃないか」

「そうだよ? でも、身柄を取り押さえられるまでは大丈夫じゃない? 昔でいうところの駆け落ちをすれば、私たちの勝利。無人島とか廃村とかに身を潜めてさ」

「重いよ!? 駆け落ちまでいくと、ねぇ?」


 護衛官という監視の目を掻い潜り、ふたりで密かに暮らそうというのだ。


 これを重いといわずになんといおうか。


「そうかな? じゃあさ、そーくんは私たちの関係が表沙汰になったら、すすんで逮捕されるっていうの? 俺は違反した護衛官を受け入れたんです、ぜひ捕まえてください、って」

「それは……」

「嫌だよね。前科がつくんだもの。すると、残された道は必然的にひとつになるの」

「千夏との逃避行生活、か」

「イエス、イエス」


 消去法的な選択だが、たしかにそうなる。


 関係が判明するまでは、護衛官として千夏が側にいる。


 表沙汰となれば、確実に俺たちは引き離されてしまう。一生会えない恐れだってついてまわる。


 ただ、仮にバレてしまっても、逃避行を続ければ関係は変わらない。


 むしろ、ふたりを取り巻く他者はすくなくなるといっていい。監視の目を含まなければ。


「そーくんは軽い気持ちで、私を護衛官と認めたのかもしれない。けどね、私みたいな有罪護衛官を迎え入れるっていうのは、そういうことなんだよ?」

「有罪護衛官を受け入れる、か……」


 この貞操逆転世界の常識を自分のものにしきれなかったといえばそれまでだ。


 一度決めた選択であれば、ちょっと病んでそうな幼馴染であっても、受け入れるというのが男というものではないか。


「そーくん、これが最後のチャンス」


 いって、千夏は右手を差し出した。


「私と一緒にいるっていうのは、西園寺まもりのような監視の目に怯えながら生きること。そんな業を背負って、そーくんは歩いていけるかな?」


 心のなかに、まだすこしの悩みが胸を渦巻いていた。


 いまはいい。


 なにかのきっかけで関係が表に出てしまったとき、法や社会の規範を破ってまで、生きていけるか、という話。


 ここは、かつていた現実世界とは、常識がまるで違う。いってしまえば、異世界だ。


 ある日を境に、新たな人生が始まったといってもいい。


 たったひとりの幼馴染のために、法に従わない、という生き方も存在して、選ぶことができるのだ。


「俺は……」


 千夏を選ばなかったとしても、女性は星の数ほど存在する。男女比を考えれば、恋愛という至上は男子にとっての買い手市場にほかならない。


 じゃあ、俺は果たして千夏以外を選ぶのだろうか。いままで長らく意識してきた相手。よく見知っている。


 おそらく俺の中で引っかかっていることはひとつ。


 千夏が病んでいるように見えること。貞操逆転世界ブーストのためか、たぎる欲求を隠しきれていないように見える。


 そんなところまで、深く包み込めるだろうか。


「……決めた」


 俺はそっと手を差し出した。


 千夏は手を近づけて、指を絡ませてくる。


「決まり、ね。契約は結ばれました! そういうわけで、これからもいままで同様よろしくね」

「思ったより軽かったな」

「考えるときは深刻でもいいけどさ、決断しきったらもう、明るくしてもいいってもんじゃないかな?」

「だな」


 かくして、俺は改めて、千夏を護衛官としてそばにおくことの意味を噛み締めた。


 千夏と結んだ「契約」は、これからの千夏の振る舞いに大きな影響を及ぼすだろう。俺が千夏の病みを受け入れるのかは、いまの自分には想像しかねていた。

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