第15話 勘のいい西園寺は

 西園寺には注意しないといけない。


 危機感を抱いたのはいいことだが、すこし遅かったらしい。


「重森さん、ちょっと来ていただけますか?」

「えっ、俺?」


 昼休み。


 午前中なにごともなく過ごしていた。ゆえに、教室に西園寺が来たときには正直驚いた。


 早々に千夏との関係がバレてしまったのだろうか?


 いや、まだ確率はニブイチってところだ。西園寺に呼ばれたからといって、千夏の護衛官バレが確定演出とは限らない。そういう話だ。


「はい。ちょっとお話がしたいのです」


 ざわつく教室。千夏はわずかながら表情を歪ませていた。


 いったいなんの用事で、男子の俺に来るよう命じたのか、教室は一気にその話題一色に染め上げられた。


 西園寺の護衛対象、潤の表情をうかがう。完全に予想外、といった顔だ。


 おそらく、ではあるが。


 これは西園寺の独断による行動なのだろう。そうなるとより厄介な予感がする。嫌な方の信頼度が上がってしまった。


「さ、時間も限られてます。いきましょう、重森さん」

「あぁ、わかったさ」


 内心ドキドキを隠しながら、俺は西園寺についていった。


 西園寺に着いていった先は、なぜか屋上につながる階段のあたり。前に、千夏と一緒に昼食を食べにいったときに通った。


「どうしてここに?」

「人目を避けるためです。我が校の女子は、異性との話題となるとハイエナのように群がりますから」

「そういう割には、随分と目立つ呼び出し方法だったね」

「必要があったからです。それ以上もそれ以下もありません」


 いささか引っかかるところだったが、俺は追及しなかった。


「で、さっそくだが本題といこうじゃないか」

「わかりました」


 西園寺は数段上がった。


「重森さん、隠し事してますね」


 俺を見下すようにして、西園寺は淡々と告げた。


「隠し事? そりゃ、人間ひとつやふたつあるだろうよ」

「抽象的すぎました。では、より具体的にいいましょう」

「なんだというんだ」

「……芦川さんと屋上に来て、いったいなにをしていたんですか?」


 冷や汗が出る。心臓の鼓動が一気に早くなる。


 なぜだ?


 どうしてピンポイントで、嫌なところを突いてくる。


「どうして屋上? あそこはいつも閉まってるだろう? そもそも俺に開けられる代物じゃないぜ」

「いつも閉まってる、と。詳しいですね。ここは基本的に立ち入り禁止。常に扉がしまっているかどうかなど、断言できないのでは?」

「閉まってると思うぜ、のいい間違いさ。西園寺さん、細かいぜ?」

「いくらでもいってください。私はそういう人間ですから」


 反論することもなく、受け入れるというのは西園寺らしい。


「扉の施錠の有無はかまいません。私はまだ、切り札を切っていない」

「切り札?」

「私は、この屋上の扉に仕掛けを施しました。それが作動したのを、しっかりと確認してあります」


 仕掛け?


 いや、千夏と一緒に食事をしたとき、そんなものの存在は感じられなかったが……。


「扉の下部に、ピンと糸を張り巡らしていたのです。誰かが通れば、切れる程度の耐久性のものを」


 糸?


 記憶を辿っていく。


 千夏が戻ろうとしたとき、なにもないところでつまずいていた。


 もし、千夏がこの糸に引っかかって転んでいたとしたら……。


「目は口ほどにものをいうようですね。なにか、心当たりでも?」

「そ、それは……」

「いいたくないなら構いませんよ。私は潤様がお休みのときにも、他の護衛官と協力し、誰か屋上に向かうものはいないか見張らせていました。そして、糸が切れているかのチェックも定期的にさせた。その結果、重森さんと芦川さんが該当者として浮かび上がったのです」


 とうとうと語る姿は、敏腕探偵の推理シーンを彷彿とさせた。そのシチュエーションだと、俺は犯人側ってことになる。


「教えてください。あなたと芦川さん、屋上でいったいなにをしたいたのですか?」


 やばい、という感情で頭の中が支配される。


 とはいっても、まだ千夏が護衛官であるとバレたわけではない。本来侵入が禁止されている屋上に、幼馴染ふたりが入り込んだ。


 そんな風紀を乱しかねない行動を、西園寺が気にしてしまったってだけのこと。


 まだ巻き返しのチャンスはある。


「話は聞かせてもらったわ」

「えっ、芦川さん?」


 俺が頭の中を真っ白にしている間に、千夏はここまで来ていたらしい。


「護衛官とは立派なものね。小細工まで弄するなんてね」

「そうですかね、芦川さん。我が校の風紀は守らなければなりません。あなたも護衛官ならわかるでしょう」

「風紀は大事。それはそう。でも、私は颯汰くんとの時間も大事なの」

「な、なんたるダブルスタンダード……! 護衛官ともあろう人が!」


 ふたりはまるで方向性が違う。そこが絡みあえば、必然的に化学反応が起きるわけで。


「はっきりいうわ。私は大事な幼馴染のそーくんと、仲睦まじく昼食を食べて、雑談をしていただけ」

「他に護衛対象がいながら、そのような真似を!?」

「私は職務をしっかりまっとうしている。護衛記録はもれなく提出しているし、対象にトラブルは起きていない。そのうえで幼馴染と楽しい時間を過ごすことが問題と?」


 千夏め、完全に用意していたような反論だ。すらすらと嘘が口をついているあたり、だいぶ考えていたんだろう。


「それをいわれれば仕方ありません。しかし、幼馴染だからといって、異性と親しげにしているのはダメです。どう考えてもいやらしいです」

「そこまでいうかな」

「重森さんは無知で迂闊です。女性は獣なんですよ? 間違いがあってからでは遅すぎます」

「お堅いこったね」

「あなたがたがゆるゆるなだけです。以後、気をつけてください。特に芦川さん。鍵の解錠などという、護衛官特有の技術を悪用するなどもってのほかです」

「ご、ごめんなさい……」


 はぁ、と西園寺は大きくため息をついて。


「今回は特別に見逃す。しかし、今度目につくような行為があれば、私は容赦をしません。いいですね?」

「もちのろんです!」

「なんだか軽いなぁ……」


 では今回の話は以上です、といって西園寺は去っていった。


「実に背筋が凍ったものだよ」

「あーほんと、ルールに縛られて楽しいのかな? 私みたいに羽目外さないと」

「千夏は外しすぎなんだよ」

「そうともいうかも?」


 ふふふ、と千夏は緩んだ顔で笑っていた。


 今回はギリセーフだった。


 ただ、最後の砦を破られたら終わりだ。千夏が護衛対象を詐称していることがバレないことを祈るばかりである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る