第13話 潤と有能護衛官

「大丈夫だったか、潤」

「なんとかね。またか風邪をひいて熱が出ちゃったけど、寝たら治ったよ」

「そりゃよかった。ほんと、無理するなよ」

「うんっ」


 他愛もない会話だが、肩の力が抜けない状況にある。


 男子のクラスメイト、宇佐美潤には護衛官がついている。名前は西園寺まもり。千夏によれば、一品級の有能護衛官だという。


 潤の近くにいるようには見えない。が、どこに潜んでいるかわからない。警戒を怠るわけにはいかない。


「きょうはひとりで登校?」

「いやいやまさか。僕には、ここをひとりで出歩く覚悟はないよ」

「西園寺の姿は見えないが」

「いや、いるよ?」


 嘘だ。


 気配なんてどこにもいない。自分の視界に入っていないだけかもしれないが。


「おはようございます、重森さん」


 後ろから囁く声は、暗く澱んでいた。


「ウェッ!?」

「失礼しました、重森さん。潤様の護衛官、西園寺まもりです」


 すっと伸びた長身、流れるような黒い長髪。かわいい系というより、美人系だ。


 和風の髪飾りが目につく。千夏が評したように、忍者といわれても納得できる。


「ど、どうも。いつの間に俺の背後に?」

「あなたが私の名前を呼びそうになってから、すぐに接近しました」

「それまでは?」

「しっかり距離を取り、物陰に隠れていました。距離は離れていましたが、潤様になにがあってもいいよう、常に警戒体制を整えていました」

「すごいな……」


 淡々としたしゃべり口調からは、あまり感情の起伏が感じられない。


 それでも、西園寺が堅い護衛官であり、実力も兼ね備えているとわかった。


「かくいう重森さんは、護衛官をつけていないご様子ですが」

「だね。颯汰くんは特殊なんだ。別に襲われたって死にやしないって。常に他人がそばにいると面倒くさいとも」

「なるほど、稀有な人ですね」

「あぁ。俺はそういう性質たちなんだ」


 潤がうまいこと説明してくれてよかった。世界の改変により、潤の脳内にある俺についての情報は、いろいろと変わっている。


 貞操逆転世界での俺がなにを考え、発言していたかなど知りようがない。


「私は護衛官の依頼をオススメします。安全の確保から雑用まで、さまざまなサポートを手厚く受けられます。手前味噌にはなりますが」

「宣伝うまいね」

「皮肉ですか?」


 西園寺の口調は冷たい。抑揚のすくなさゆえに、きつく感じてしまう。


「いやいや、そんなことはないぜ」

「それならいいんです。続けます」


 歩きながら話が進む。いつの間にか西園寺による護衛官の宣伝タイムになっている。


「護衛官は、厳しい審査を潜り抜けた、まともな女性だけが就ける仕事です。煩悩に支配される者はいません。護衛官と護衛対象、互いに支えあうのです」


 千夏とは正反対だ。いまの千夏が護衛官をできてしまう現状には、システムに欠陥があるといわざるをえない。


「仮に護衛官を雇うにしても、破格の値段です。国から補助が出ますから。男性は生活の質が上がる。女性は多額の給与により潤う。ウィンウィンの関係です。もはや、雇わぬ理由などないのです!」


 いままでの淡々とした口調は、護衛官のアピールとなると一気に変わった。徐々に早口になった。


「まもりさん、話しすぎだよ」

「……はっ! 失礼しました! わたくし、この護衛官という職務に誇りを持っているもので。ついついアピールしたくなってしまうのです」

「まもりさんって面白いね」

「面白い……? 私はくそ真面目な女ですが?」

「そういうところも含めてっていうのかな」

「ふむ、意味不明ですね」

「バッサリ切るね」


 有能さゆえに警戒すべき対象とはいわれていたけど、話してみるとちょっと抜けてるところもある。勝手に親しみが湧いてきた。


「まもりさんは根っからの護衛官だから、結構助かってるんだ」

「助かってる、というと?」

「僕、ちょっと弱そうに見えるせいかな、よく危ない目に遭うんだ。身に危険が迫りそうになった段階で、すぐにまもりさんが助けてくれる。感謝しても仕切れないよ」

「任務ですから。当然です。潤様を守り、犯罪者は取り締まるのが義務ですから」


 西園寺はバシッというと、思い出したかのように補足を始めた。


「むろん、それだけではない」

「犯罪者以外?」

「ルール違反者もしっかり取り締まります。護衛官に風紀の乱れがあれば、容赦なく告発します。護衛官の箔を落とさないためです」


 むむむ。


 聞いていた通りの真面目人間な一面が見えてきた。


「残念ながら、幾度か告発の経験があります。これ以上、告発の経験が増えないことを祈る限りです」

「そ、そうですね……」


 まさか千夏がルール違反者などとは口が裂けてもいえまい。


「ところで最近、校内の風紀が気になっていまして」


 そういうと、またしても西園寺が俺の方にそっと寄ってきた。


「……重森さん。あなた、なにもないですよね?」


 潤には聞こえない声で、はっきりと告げた。


「まさか。なにもない。いたって平穏な学生生活を送っているさ」

「それならいいんです。護衛官は、余計な仕事がない状況こそ一番なんですから」


 まさか西園寺、俺や千夏に疑いの目線を向けているのか?


 千夏のことを後ろめたく思っているために、疑われていると解釈しただけだろうか?


 わざわざ潤に聞こえないよう話していたのが引っかかった。西園寺の行動の意図は、いったいどこにあるのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る