第12話 二日目は慎重に

 千夏の護衛官就任から二日目。


 けさは馬乗りモーニングコールはなかった。というのも、俺が先に起きたからだ。


「朝だぞ~」


 逆に、俺の方が起こす側だった。


 パッとカーテンを開ける。


「まだ、まだ寝るの……」

「そーくんを養います、っていってたのは誰だったんだろうな」

「私は護衛官。自分の睡眠時間も死守する……そーくんを養うのとは別問題」

「時間を守ることと両立してもらわなくちゃ困るぜ」


 数分間、千夏はベッドの魔力に囚われていた。以降はぱっちりと目を覚ましていた。


「やっちゃった……きょうも私が朝食を作るはずだったのにぃ」

「今回は俺が作ったから大丈夫だ」

「ほんと!?」


 千夏に頼ってばかりじゃいられない。この家の実質的な主は俺だ。できることなら、朝食の準備くらいはしないとな。


「たいしたもんじゃないが、いいかな」

「謙遜しないでよ。そーくんが作るものなら、どれも国宝級なんだから」

「持ち上げるにしても、国宝級は大袈裟すぎるだろう」

「やっぱり神話級とかのほうがよかったかな」

「逆に大袈裟度が上がってるんだが?」


 くだらぬやりとりをしてしまったが、決して時間に余裕があるわけではない。


「ともかく食べて、いこう」

「うんっ! 早急に、だね」


 野菜炒めに目玉焼きトーストという簡単なメニューだったが、千夏にとっては感動ものだったらしい。


 いわく「あのそーくんに料理を作ってもらう日が来るなんて……」とのことだ。


 味について「味覚がある理由って、ここにあったんだね」と悟りを開いたかのような口ぶりだった。


 いちいちオーバーな反応。付き合ってはいられなかった。時間に追われながらも、どうにか車へと乗り込んだ。


「車だったから、そこまで急がなくてもよかったか」

「よくないよ~。もうすこし遅かったら、化粧もここまでは仕上がらなかったし」

「きょう、だいぶいい感じだね」

「私としても、ビジュ決まったわ~って思ってたんだ。成功しててよかった~」


 タクシー内での会話は、やはり運転手には聞こえない。そういうこともあり、素の態度で話しているように見えた。


「きょうはあいつ、来るかな……」

「誰のこと?」

「宇佐見だ」


 宇佐見はクラスメイトのひとりで、数すくない男子のひとりだ。小柄で中性的な見た目をしている。


 ここ最近、体調不良なのか欠席していた。さすがに数日休みが続くと気になるものだ。


「潤くんね。大丈夫かなぁ」

「千夏の欠席は……別か」

「そーくんの護衛官になるために、いろいろ便宜をはからないといけなかったからね。護衛官休暇ってやつで、評定の上では欠席扱いにならないの」

「はぇ~。やっぱりすごいな、護衛官」


 護衛官といったら、と千夏は続ける。


「宇佐見くんの護衛官、知ってる?」

「どんな子だったっけ」

「西園寺まもりちゃん。別のクラスにいるでしょう? 物静かな忍者みたいな子」

「あぁ、いたな」


 まもりが護衛官、か。


 名は体を表す、とはよくいうが、まさにその通りだ。


「しばらく宇佐見が学校に来てなかったからいいけど、まもりちゃんには気をつけないとね」

「なにかあるのか?」

「ルールは絶対、みたいなタイプなの。私の違反を突き止めたら、確実に密告される」

「かなりまずいな」

「ここまで、そーくんの護衛官だと疑われる真似はしていない。平気だと思うけどさ、いちおう確認。きのうっておかしなことってなかった?」

「あんまりかな」


 朝に千夏に馬乗りされた。


 昼は一緒に飯を食った。屋上から室内に戻る際、転びかけていた千夏の姿が目に浮かぶ。


 夕方は継実とも一緒にドリンクを飲んだ。その際に、周りから変に注目されたくらいか。


「だよね、よかった。今後も警戒心は高めていかないとね。念には念を入れておかないと」

「慎重なのはいいことだよ」

「だからきょうは、そーくんの膝をさすりません!」

「堂々ということかよ」

「もっと他のところに触れたいと思うんだ~」

「セクハラ発言も、堂々といえば許されるってもんじゃないぜ」

「違うの?」

「そりゃ違うよ」


 じゃ、やめとこうかな、と千夏は意外にも退いた。


 というのも「そーくんを嫌がらせるのは、護衛官の信条に反する」というところだった。変なところでちゃんとしている。


 タクシーが高校まで到着すると、今回は千夏が先に出た。


「いつもそーくんが出る。で、次に私が出るって順番だと、怪しまれる原因になるから」とのことだった。


 俺たちに目をつけている人間などいないはず。


 ……というのが俺の読みだった。


 まさか身近な幼馴染が護衛官とは疑われまい。先入観の問題で大丈夫。千夏の偽装工作の精度にもよるが。


 親しげにしていることについても、長らく付き合いのある幼馴染だから、でおおかた済むと思う。要するに、いまのところは安心ってことだ。


 千夏が出てから数分後。ちょっと周りを気にしつつ、俺はタクシーから出た。


 大通りに合流すると、クラスメイトもちらほら見かけるようになった。


「重森くん?」


 ひとり歩いていると、後ろから声をかけられた。


 綺麗だが細い、透明な声。


 これは。


「潤か」

「久しぶりだね」


 噂をすれば影、という言葉は、あながち嘘ではないらしい。

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