第10話 継実は千夏を追い越したい

 並んでいる間にひと悶着あったが、どうにか新作のフレーバーにありつけた。


 千夏と継実が絡みついてきたこともあって、前後にいた人にはいまだ奇異の視線を向けられてしまった。


 多くの人からいろいろな思いを向けられたように感じたのはそうだが、とりわけ妙なオーラがあった。ともかく、ここを離れようと提言した。


 とりあえずこの場から離れるため、ドリンクは持ち帰りとなった。


「スペシャルフルーツミックス、ようやくゲット〜! ほんと、長らく並んでマジよかったわ〜」


 三人のなかでもっともハイテンションだったのは、継実だった。


「やっぱりスフミだよね」

「うん、マジでそう」

「楽しみぃ〜」


 噂の人気フレーバーとあって、女子ふたりは目を輝かせていた。


 今回買ったものは、ただのミックスジュースではない。ジュースに加え、スムージーの層やクリームの層などがある。


 とにかく、甘いものをすべて入れた豪華な一品なのだ。


「どこで食べる? あたしはどこでもいいけど」

「結構ボリュームあるし、ちょっと食べて持ち帰りにしない?」


 提案したのは千夏だった。


「いいね〜! 結局最初のひと口がおいしさのピークだもんね」


 店からすこし離れたところで、行儀は悪いが立ち飲みというかたちになった。


 口にした瞬間、甘さの暴力に叩きつけられた。それがたまらない。


 想定以上の甘みは、頭の中を幸せでいっぱいにさせる。食べること自体が心地よいのだ。


「うーん、やばっ! ほんと、いろいろきまっちゃう感じ」

「そうそう。カロリー過多だとしても、この至福の時間は捨てられない」

「わかるなぁ」

「やっぱ新作のフレーバーは最高でしょう?」

「千夏の説得に応じた甲斐があったよ」


 冗談抜きでおいしかった。たとえ長蛇の列のなかで恥をかこうが、尊厳や理性を破壊されようが、その事実は変わらなかった。



 半分も飲まないうちに、きょうは解散しようという話になった。


「颯汰くんのことを知れるせっかくのチャンスだったのにな」


 と、継実はたいそう嘆いていた。


 そんな様子を気にせず、千夏は解散を宣言した。


 継実は帰り道が逆方面ということもあり、俺たちの帰り道が詮索されることはなかった。


 解散からしばらくしても、千夏は口を開かなかった。


「千夏、もしかして怒ってる?」

「いや、怒ってないよ。怒ってはいないけどさ」


 千夏は息を吸うと、捲し立てるように続けた。


「継実にいい寄られて、浮かれてたよね?」

「いや、そんなことはないはずだが……」


 千夏に詰められると、断定的な言葉を使うのが難しくなる。


「継実ちゃんはかわいくて、媚びた振る舞いも堂に入るものがあるもんね~」

「嫌みっぽくいわなくてもいいじゃないか」

「ちょっと口が悪かったかな? でも、口汚くなるくらい、私はショックだったんだよ」


 歩みを止めて、千夏は振り返る。


「そーくんはさ、私の護衛対象なんだよ? たとえ私の友達だとしても、誘惑に屈しちゃあダメでしょ? 男はね、異性の話に乗っちゃったら、身の安全は保障できないんだよ?」


 俺の瞳をじっと捉えて、千夏は諭した。


「ごめん、俺が迂闊だった。継実のは、いきなりのことで動揺しちゃったんだ」

「わかればいいの。そのぶん、覚えておいてほしい」


 ひと呼吸おいて、千夏は宣言する。


「次は、ないから。わかるよね?」


 言葉が重くのしかかる。


 千夏との約束をたがえれば、無事でいられる保障はない。嫌な確信があった。


「ああ。もちろん守る。俺と千夏の仲じゃないか」

「ありがとう。じゃ、きょうはみっちり付き合ってもらうからね」

「みっちり?」

「そうでしょう? 継実に心を奪われていたぶん、私との時間もしっかりつくらないと。護衛官としてね」

「護衛官だから、で通ることなのか……?」

「え、そーくんは不満なの?」


 自分が正しくて当然、といった態度だった。


「不満はないさ。ちょっと護衛官という名目が強力だと思ったまでで」


 すこし本音を漏らすと、千夏は俺の意見に対して長々と返した。


「そりゃそうだよ? 護衛官は選ばれし人間が務めているんだもん。今回だって、継実に心を惑わされたわけでしょう? しっかり、私で上書き保存しなきゃダメだよ」


 口の下に指をもっていき、千夏は考える素振りをみせる。


 それから、話は続いた。


「私は継実のことは大好きだけど、だからといってそーくんへの誘惑を許容しているわけじゃない。今後は誰であろうと、そーくんに近づく人間には警戒するよ? そういうこと」


 なるほど、と俺はつぶやく。えもいわれぬ恐怖心を抱きながら。


 俺が別の女性から危害を加えられぬよう、護衛官の千夏が必死に守る。理屈は通っている。


 だとしても、俺にとっていまの世界の常識は非常識なのだ。


 護衛官として、という裏付けがあろうとも、いまの千夏の発言は。


 ――俺を独占する、という宣言にほかならないではないか。


 千夏のことを、心の底から否定するつもりはなくとも、護衛官初日の朝から続く異常行動を鑑みると。


 諸手をあげて賛成する、というわけにもいかない。それが俺の現状だった。

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