第9話 カフェは甘々になりがち
「うーん! それにしても長蛇の列!」
女子ふたりの睨み合い、千夏のブラック発言からしばらく経つ。並んでも並んでも、行列が解消される様子はなかった。
「新作のフレーバーってここまで人気なんだな」
「甘くて美味しい流行りのものっていわれたらさ、すぐ飛びつきたくなっちゃうものなの」
「うんうん。あたしも甘いの大好きだし、みんな食べてて評判いいし。女子は情報戦ってわけ」
「俺が女子だったら、ついていくのも大変そうだ」
「きっとさ、男女とか関係なくて、颯汰が流行に乗りたがらないだけじゃない?」
「バレてたか」
リアルタイムで滅茶苦茶ブームが来てる、といわれても、すぐにそのコンテンツには飛びつかない。いずれ、ちょっと落ち着いてから……なんて悠長なことをいって、流行が終わっていたなんてことも多々。
完全に熱が冷めてから該当のコンテンツに触れ「やっぱり波が来ているときがベストだったな……」と後悔を繰り返す。悲しき人生かな。
「そーいうことだからさ。今回颯汰には、ちゃんと流行の波に乗ってもらうからね」
「流行りに乗る良さを知ろう、ってか」
「イエス!」
俺たちのやりとりを横目で見ていた継実は、訳ありげな様子で感心の意を示していた。
「悔しいけど、やっぱり息ぴったりじゃん」
「長年の蓄積がものをいうってところかな」
「そう! 時間! これだけは絶対にあたしが勝てない。であれば、私に残された手ってなんだと思う?」
「なんだっていわれても」
「じゃあ、教えたげる」
継実はそっと肩を寄せ、腕を絡ませてきた。右腕の自由がきかない。
「これは、どういう」
「距離感バグらせる、ってことです」
あっという間に距離を詰められていた。継実にはなんのためらいも見られなかった。
「継実? どういう真似?」
「別に千夏から大事な幼馴染を奪おうってわけじゃないよ? ただ、クラスメイトと親交を深める身体表現? 的な?」
まったく、継実も恐ろしいやつだ。
元の世界にいたとき以上に、継実に小悪魔系としての才覚が現れている。
「どう? ドキドキする?」
腕を組んで離さない継実は、甘い声で問いかけてくる。
ここでイエス、と答えたらどうなるか。
隣にいる千夏を見れば答えはすぐに出てくるだろう。必死に口角を上げようと努力しているが、プルプルと頬が震えているのが見て取れる。
堪忍袋の容量ギリギリって状態。俺の発言によっては、堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題。
「さて、どうだか」
「えー、つれないんですけど〜。じゃ、身体に確かめなくっちゃね」
継実の手が、俺の心臓のあたりに伸びる。服と素肌が密着する。
絡めた腕はより強く引き締まり、継実の胸の存在感が強調されるかたちとなった。
「え? なにしてるの?」
「颯汰くんを試してるだけだよぉ。男子って、女子耐性がない子が多いじゃん? だからあたしが耐性をつけようとしてるわけ」
「そういうことならさ、最初に理由を説明してよ〜」
意外や意外、怒りの感情が爆発するかと思いきや、逆に千夏は満足そうにしている。
「抗体を作るにはさ、刺激は多いほうがいいと思わない?」
がら空きの左腕に、千夏の腕が絡まる。
両手に花、を体現したような状態だ。
「おい、千夏まで」
「恥ずかしがらないでよ? 悪い虫が寄って来ないように、近くで守ってるだけなんだからさ?」
「だとしても……目立ちすぎやしないか?」
俺の両腕は自由を失っており、前に進むのにもちょいと苦労する。
そんな奇妙な状況に、周囲が無視を決めこむはずもなかった。
さっきより視線が増えているし、なにより鼻息を荒立てるとか、そういう方面の反応が増えてきた。
「いいね、颯汰くんが注目の的になればなるほど、あたしが側にいる喜びが高まるってやつ?」
「俺をダシに優越感に浸るって、ずいぶん酷い話だぜ?」
仮に俺が女子だったら、一種の独占状態を見せつけたくもなるんだろう。が、俺は男子である。いろんな感情を向けられる身にもなってもらいたい。
「そっか、颯汰はそう思うんだ。多少目立っても、すぐ側で守れるし、なにより周りへの牽制にもなるんだけどなぁ」
「メリットもあるんだろうが、そのだな……」
「ん?」
「そろそろ限界だから、密着から解放してくれ」
両腕に柔らかい感触を押し当てられては、理性が機能しなくなるのも時間の問題だった。
「やっぱり、颯汰はまだまだ耐性が足りてないみたい」
「ほんと、恥ずかしがらなくていいのに。せっかくあたしみたいなかわいい子を前にしてるんだよ? 理性爆発させて、情熱を燃やしちゃえばいいのにぃ」
理性を爆発させる、か。
俺のなかの獣が目覚めたとて、女子の心に棲まう猛獣に食い荒らされ、搾り取られるだけだ。
返り討ちにあうことを考えると、たとえあやまちを犯しそうになっても踏みとどまるのが得策かもしれない。
「最初はドギマギしても、きっといずれ慣れるよ? それまで待ってるからね」
「一生慣れる気がしないよ」
「大丈夫、私が慣れさせるから。ね?」
ぎゅっと圧をかけてくるのが、千夏の恐ろしいところである。
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