第8話 ギャルと幼馴染はカフェに行きたい
昼休みも午後の授業も、あっという間に終わった。
つまり、いまは放課後。
クラスメイトたちはそれぞれ思い思いに動いている。教室は騒がしい。
帰宅部だし、人の波に紛れ、そそくさ家路につこうと考えていたのだが。
「ちなっちゃん、放課後遊びにいかない?」
「きょう?」
千夏が継実に引き留められている。無視するわけにもいかず、立ち止まって聞き耳を立てる。
「もちろんだよ~! ね、新作のフレーバー、私と飲もうよぉ」
「月替わりのフルーツ、捨てがたい……でも」
行くか考えあぐねている千夏は、あきらかに俺に視線を向けた。
「行くとしたら、私と継実のふたりだよね」
「うん。そうだけど?」
「もうひとり、連れてってもいいかな」
「誰を誘うの?
「違う違う」
「もったいぶらないでよぉ」
継実と同意見である。はたから勝手に聞いている身分であるけども。
千夏は、継実に耳打ちした。
その間、千夏は俺の方をちらちらとうかがっていた。継実に話した内容は、聞かずともおおかたわかる。
うんうん、と継実はうなずき、企みの笑みを浮かべていた。
「え? いいの?」
「あとは本人が嫌がらなきゃだけど」
俺に直接誘いの言葉がかけられる、ということはなかった。
『人気のカフェの近くに集合。あまり目立たないように』
とだけメッセージが入っていた。
教室で堂々と俺を誘えば、いろいろ面倒なことがつきまとう。回りくどいやり方だが、貞操逆転世界である以上、必要なステップだろう。
千夏のメッセージに従うように、ひとりで目的のカフェの近くまで来た。
カフェのあたりにはほぼ女性しかいない。世界の男女比を考えれば当たり前だが、いささか緊張する。紅一点とはこんな気持ちなんだろう。
俺がベンチに座って待っていると、誰かが肩に手を置いてきた。
「やっほー」
「千夏か」
継実と一緒に来ていた。
「ほんとにきたんだね、しげっち」
「しげっち……あぁ、そうだな」
慣れない呼び名にすこし反応が遅れてしまった。
「まさか、クラスメイトの男の子と出かける日が来るなんてねー」
継実は俺のことを興味津々というふうにじろじろ見てきた。
「ね、継実。視線やりすぎだよ?」
「えー。千夏さ、拝めるうちに拝まなきゃ」
「そーく……颯汰くんは信仰対象じゃないんだからっ」
「数すくない男子は神様なんだよぉ、私の中では!」
冗談だとしても、俺は崇められるようなタマではないぜ。
「興奮冷めやらぬ状態の継実を連れてって、大丈夫なのか」
「はえっ!? 私を警戒してるの?」
「いや、そういうわけではないんだが」
「まーね、私も立派な大人の女性なんだから、安心して?」
「あぁ」
「男子と会うと見境なく食らいついちゃうのは、大人の女性として仕方ないよねー」
「ますます不安になることをいうなって」
継実はいたずらっぽい表情を浮かべていた。
ここは貞操逆転世界。継実の発言も洒落にならない。
「ふたりとも、早く新作のジュース買おう? 楽しそうにおしゃべりするのもいいんだけどさ」
俺と継実のやりとりをバッサリ切るように、千夏はいい放った。
「早く並ばないと、行列で大変なんだから。ね、颯汰くーん?」
「あぁ、そうだよな。行こう行こう」
ちょっと継実と軽口を叩いていただけなんだが、千夏としてはいささか気分がよくなかったようである。
この世界の千夏は、底が見えないところがある。変に反感を買えば、後で大きな跳ね返りがあるかもしれない。あくまで友好的に接しよう。
「颯汰くんを呼んだはいいけどさ、あの列の中に堂々と入るって感じ?」
「そうだよ? じゃなきゃ、せっかく一緒に来た意味も薄れるよね」
「で、颯汰くんは千夏と同意見ってわけかな」
「並ぼうかな。ひとりならまだしも、ここには頼れる知り合いがいるから」
さりげなく口にした言葉に、千夏も継実もびくっと反応した。
「「て、照れるなぁ……」」
まったくといっていいほど同じセリフだった。
「うーん! やっぱり颯汰くんは颯汰くん? って。クラスメイトの私を頼りにしてくれるなんて……マジそそる系男子だよね〜。うんうん」
「いや、いまのはきっと私にいったんだよ。幼馴染として長い付き合いがあって、信頼感がある。頼り甲斐しかないよね。だよ、ね?」
継実はにこやかな笑みを崩さない。
千夏は高速ウインクで圧をかけてくる。
「いや、いまのは両方に向けてであって……」
「でも、一番に思い浮かべたのはあたしじゃないかな?」
「唯一の対象となれば、私の圧勝な気がするけどなぁ」
「千夏、自信満々っぽいね」
お互いになるたけ冷静さを装ってはいる。
それでも、両者の間に激しい火花が散っている。
しばしの沈黙があって、睨み合いは終わった。
「ま、ともかくあたしらが守るから。颯汰くんは安心して並んでね」
「めっちゃ助かるよ」
新作のドリンクを求め、俺たちは
行列の長さは、元の世界の倍以上だろう。貞操逆転世界の男女比では、こういうドリンクを求める女子が、純粋に数十倍となる。当然といえば当然だが、異様な光景だった。
女子ばかりの列に入るのは、やはり疎外感がある。
そして、周りから感じる、ギラついた目線。
珍しい男子に対する好奇心。それだけでなく、別の意味合いのこもった視線すら感じる。単なる思い込みでは処理できない。
「うるさいね、視線」
千夏はつぶやいた。
「直接的な行動がなくても、結構こたえるもんだな」
「目障りな視線も、虫みたいに抹殺できればいいのにね……」
千夏の闇が露呈したような、重い言葉だった。
「ぶ、物騒だな」
「あっ! 違う違う、これは比喩だよ? 余計な女子には退散願いたいなんて、正真正銘、まったく思ってないしね! 私は平和主義者だからっ」
千夏は、少々動揺しながらもまくしたてた。残念ながら、フォローになっていなかった。
「ひぇ〜。ブラック千夏怖すぎなんですけど!? やっぱり異性の幼馴染って拗れちゃう説立証でよさげ?」
「よーくーなーいです! 継実、いまのは忘れる。いいよね?」
「しゃーないかな。忘れるよう頑張ってみる」
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