第7話 幼馴染の膝枕
屋上での食事が終わった。
備え付けのベンチに座って歓談していたのだけれど、食後数分して異変が生じた。
「……んむむ」
「千夏?」
「やばい、ちょっと眠いかも」
昼食後は基本的に頭がぼうっとする。そのうえ日の光に直接当てられて、外の空気を吸った。
睡魔に襲われる条件は揃っていた。
首から上、頭だけが波のように揺れている。気を抜けば、千夏は眠りの園へ誘われるだろう。
「休むか」
「やばい、ちょっと限界かも」
かろうじて残った体力を振り絞り、千夏は荷物をまとめた。荷物は、ベンチの下のスペースに置かれた。
「移動するか」
「無理。鍵穴を閉める集中力、ない」
鍵をこじあけて侵入した以上、ふたたび施錠せねばならない。
「ベンチの上で寝るか」
「ん、たぶん木が痛すぎてたいして休めない」
「難しいな」
眠いと感じたときに寝れれば一番。しかし状況が許してくれないなんてのは多々あるもので。
「ある程度柔らかいところに身体を置けて、かつ他人の侵入を気にせずにいられる方法、か」
「あ、もうまずいかも。そーくん、早く膝貸して?」
「そういうことか……!」
膝枕である。
これなら、頭だけでも快適になるだろう。寝具の用意がなく、屋上で寝るとなれば、俺を使うほかない。
「してくれないの?」
「嫌じゃないのか、俺で」
「他に誰に任せるの? 女の子に頼むのは恥ずかしいし、クラスの別の男子には頼めっこないし」
「そういうことなら、ちょっとだけな」
「ちょっとだけ、ね」
俺はベンチの右端に寄った。
「いいぞ」
千夏はゆっくりと身体を寝かせ、倒れ込む。頭が膝の間に挟み込まれる。
膝の間に、だらりと髪が垂れる。千夏が身じろぎをするたび、髪が擦れてこそばゆい。
「そーくんの膝、あったかいね」
密着している分、血の巡りや息づかいまで強く感じる。
千夏の、目を閉じて横になっている姿を見下ろす。見ていると、自然と幼い頃の姿がオーバーラップしてきた。
「この
「気恥ずかしい?」
「年頃の男子が、なにも感じずに膝を貸せるかって話だ」
「もー、素直じゃないんだから」
笑っているときの息づかいが直接伝わるのにはドキッとした。
「昔は、私が膝を貸す側だったんだけどなぁ」
「いつの話だっけな」
「小学生のとき? あれは、六月くらいだった。公園で長い間遊んだ日の、夕方かな。大きな木の下で、くたくたになったそーくんを寝かせてあげたじゃん」
あぁ。
俺の中でオーバーラップした、幼少期の千夏像は、まさしくそこと一致するのか。
「膝枕する? っていったら、すーぐ安心するように眠っちゃってさ。あぁ、私が守らないとなって思ったんだ」
「母性の塊じゃん」
「護衛官をやりたいって願いは、あの日の延長線にあるのかもね。私には、わからないけれど」
昔の記憶を、どこまで共有できているかはわからない。ここにいる千夏は、貞操逆転・男女比逆転という要素により改変された世界の住人なのだから。
それでも、千夏の話に感じるものはある。
「守りたいって誓ったあの日とは違う。きょうは、逆に私が膝枕されちゃってる」
「千夏が望むからね」
「護衛対象に守られるってのも、悪くない気分かも」
「そのうち俺の方が護衛官っぽくなるかもな」
「うん、大丈夫。それはないし、させない」
「めっちゃバッサリ切られたんだが!?」
はしごを外した張本人は、ケタケタと嬉しそうにしていた。
「あぁ、なんだか笑い続けて疲れちゃった。今度こそ、本当におやすみかも」
「授業前には起こした方がいいか」
「ん、だいたい十五分くらいでおねが……」
頼みは途中で打ち切られた。以降、千夏は黙っていた。数分もすると、か細い寝息が聞こえてきた。
体重をしっかり預けられた以上、いまさら動けない。すやすやと眠る千夏を見守るほかなかった。
深い呼吸と浅い呼吸の緩急がくすぐったい。むずがゆさはやはり、消えなかった。
視界に入る寝顔が心をかき乱す。無防備で、幼い頃に戻ったような表情だ。見てはいけないものを見ているような気分だ。
昔、千夏が膝枕をしたときも、似たようにいろいろ考えていたのかな……なんて、余計な思考に至っている自分がいた。
最初は長かった時間も、千夏に意識を囚われてからはあっという間で、約束の十五分を迎えた。
「時間だ」
「ん……もっと」
「起きなきゃ揃って遅刻確定、明らかに怪しまれる」
「それはだめ!」
警戒心を煽る言葉をかけたら一発だった。
「目がぱっちり開いてるな」
「遅刻とか、目立つ行動はダメだもん。危機感を抱いて当然ってわけ。おわかり?」
結構真剣なトーンだったので、少々押し切られそうになった。
「私が寝てる間、誰も入ってきてないし、目撃もされていないよね
「俺の見たところでは、な」
あくまでざっくり見ていただけだ。絶対に、とは断言できないが。
「よかったぁ。私、鍵を閉め忘れたから」
「珍しく不用心な」
「そうそう! だから、万が一なにかあったらどうしよう、ってね。なにもないなら安心だね!」
こうして、千夏の起床をもってして、俺たちは屋上を後にした。
最後、扉から出るとき。
「おっと」
千夏が一瞬こけそうになったのが危なかった。
「大丈夫か」
「うん。おっかしいな、まだ寝ぼけてるのかな。なにもないところで転ぶなんて、私らしくないというか……」
階段から落ちでもしたら困るので、途中まで付き添って歩くのだった。
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