第6話 ふたりきりの屋上でお弁当

「なにを企んでいるんだ、千夏。立ち入り禁止の屋上に呼び寄せるなんてさ」

「決まってるじゃない。ふたりきりの場が欲しかったからよ」


 おおかた予想通りの答えだった。


「他人の目を盗み、鍵穴を針金でこじ開けてまですることなのか」

「当然よ。ここ以外だと、誰かしらの目線を気にしなきゃいけないでしょ? いやよ。学校には、私以外の護衛官もいるんだもの」


 俺に千夏がついているように、他の男子にも大抵護衛官がついている。


 彼女たちは互いに睨みをきかせており、不正があれば密告されてしまう。


「書類上、私は別の男子の護衛官。そーくんと一緒にいてもいいけど、下手に動けば話は別」

「なるほどな。千夏も考えてるんだ」

「当たり前よ。法を犯している以上、ばれないように立ち回らないと終わりでしょう?」


 千夏は、目的のためなら頭がよく回る。そんなことを思い出した。


「小難しい話はおしまい! 早くお昼にしよ?」

「昼っていっても、持ち合わせはないんだが」


 学食で済ませる予定だったので、弁当もなければ購買のパンもない。


「きょうのご飯に関しては、問題ないよ?」


 千夏は、横に置いてあった手提げを取った。


「この中に、ふたりぶんのお弁当が入ってるから」

「いつの間に用意してたのか?」

「そーくんが起きる前に詰めて、カバンの中にしまってたからね~」

「通りで知らないわけか。いったいどんなのを作ったんだ?」

「気が早いなぁ。中は屋上に入ってからのお楽しみだから、ね?」


 扉が開かれる。


 差し込む日光は眩しい。風が吹き付けるのを感じる。


「これが、屋上」

「好環境とはいえないかもだけど、一度は屋上に行きたかったの。ようやく叶った」

「校則違反だがな」

「うん。私たち、共犯者だね」

「そうか、共犯者か」


 ルールという網を掻い潜り、不正に俺の護衛を担当している千夏。彼女を護衛官と認めている時点で、俺も同罪だ。


 もはや、純粋無垢な幼馴染同士ではいられない。事実が判明すれば即アウト。そんな背徳行為に俺たちは手を染めているのだ。


「俺たちは一蓮托生ってわけだな」

「そーくんからその言葉を聞けるとはね」

「きっかけを作ったのは千夏で、俺は巻き込まれたんだけどなぁ」


 俺はおどけていってみせた。


 しかし、千夏に笑う様子はない。むしろ、真剣な眼差しで俺を見据えている。


「私が護衛官になって、そーくんは嫌だったかな?」

「そんなことはない。親しくて頼れる人が、俺の安全を保障してくれるんだ。嫌なんて、口が裂けてもいえるもんか」

「だよね。うん、だよね。やっぱりそーくんはいってくれると思ってた」


 千夏は早口になりながら、過剰に相づちを打っていた。


「そんなそーくんには、私の特製弁当を食べてもらわないとね?」


 ようやく、弁当箱が開かれる。


「和食?」

「そうそう。今回は、護衛初日を祝して奮発しちゃった。お店のものが半分くらいで、手作り感は薄くなっちゃったけど」


 高級感のある和食弁当だ。容器からして黒と金を基調としている。俺には身分不相応とも思えるメニューだ。


「詰め直したってことかな」

「そう。和風に合いそうな容器に入れてみたんだ。さ、食べてみて?」


 促されるままに、おかずを口にした。


 溶けるような甘み、絶妙な塩加減が身体に染み渡る。


「うまいなぁ」

「ほんと?」

「一品級だよ」


 いうと、千夏は子犬のように喜んでいた。


「いまそーくんが食べたのは、私が手作りした方でーす!」

「マジ?」

「前日に、私の家でね」

「これが千夏の手作りとは、ちょいと想定外だったな。店を出せるレベルだったから」

「やめてよ、褒めてもなにも出ないんだから」


 そういいつつも、千夏は鼻歌を歌っていた。上機嫌であることに変わりはない。


「そーくんの好みの味付けになってたかな」

「うん。かなり近い」

「今回の料理は大成功みたい~! よかったよかったぁ」


 以前、千夏と一緒にご飯を食べる機会が何度かあった。そのなかで、俺の好みの味を探り当てたのだろうか。


 千夏の舌が肥えていて、俺にとってもおいしい味だった可能性はある。


 だとしても、好みの味のど真ん中を突かれたものだから、いささか驚いた。


「じゃ、私もいただくねっ」


 小さくいただきます、と千夏が手を合わせる。ひと口、ふた口と食べるごとに、顔がとろけていくのがわかった。


「う~ん! やっぱり自分で作った料理も格別~! 買った惣菜もおいしい!」


 純粋に食事を楽しんでいる姿は、見ていて和むものだ。


 護衛官として、いろいろ策を巡らせているとは思えない愛らしさがある。


「ほら、そーくんも食べて? 時間なくなっちゃうよ?」

「あぁ、手が止まってたな。食べる食べる」


 お世辞抜きでうまかったから、あっという間に食べきってしまった。高校生の胃袋を舐めてはいけない。


「うん! これでミッション達成って気分だなぁ」

「屋上での食事って、開放感もあっていいものだな。公園でハイキングをしたときに似た高揚感がある」

「きっと、ふたりきりってのもいいスパイス担ったんじゃないかな?」


 首をかしげて問いかける千夏。彼女の発言により、ここもまた「密室状態」であると再認識した。


 盲点をついた場所、それゆえに侵入者は考えにくい――。


「千夏、なにか企んでないよな」

「企む? いやいや、私は常に真っ向勝負なんっだけどなぁ」

「不正して俺の護衛官になった人間のセリフかよ」

「てへっ?」

「舌出して笑っても誤魔化せないぞ」

「もー、そーくんの意地悪」

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