第4話 クラスメイトは勘がいい

 教室に入る。


 世界が変わってからも、何度か学校には来ていたので、勝手はわかっている。ちなみに千夏は、きょうまで欠席だった。


 クラスについて振り返ろう。


 男子が三人、女子が三十七人。男女比がおおよそ一対十。凄まじい数値だ。


「おはよう、重森くん」

「お、剣聖か」


 爽やかな挨拶で出迎えたのは、桐島きりしま剣聖けんせいである。


 長身のイケメンだ。常に穏やかな表情を崩さない。改変前の世界でも、男女問わず人気の高い奴だった。


 この世界ではどうなのか。彼は超優秀な護衛官をつけているようで、すこしでも近づこうとした女子は、痛い目に遭っている。


「どうしたのかな、物珍しげに教室を見て。気になるところでもあった?」

「あ、いや、誰が来てるか気になっただけだ」

「それならいいんだけどね」


 おかしな様子を見せるのは控えないとな。剣生の洞察力は一品級だ。俺が「世界に馴染めていない異端児」と察されると困る。


「重森くん、きょうは調子よさげらしい」

「そうか?」

「顔色がふだんよりいいからね。元気なのはいいことだよ」


 些細な健康の変化まで見られているのには、驚愕を越えて恐怖すらある。


 桐島剣聖は、この世界でも洞察力高い系のイケメンらしい。


 クラスの男子は、俺と剣生でふたりになる。


 残りのひとりは誰かというと……。


「きょうも潤は欠席だろうか」

「そうみたいだよ。僕のところにメッセージが来ていたからね」


 宇佐美うさみじゅんが三人目の男子だ。


 小柄な体型で、体調を崩しがちである。白い肌と中性的な見た目が特徴だ。うさみん、なんて愛らしいあだ名で呼ばれているくらいだ。


 なお、他の男子はすべて消失している。クラスメイトの記憶からは存在が抹消され、代わりに人数分別の女子が補充されている。


 消えてしまった彼らとの記憶は、差し替えられた女子との記憶にすり替えられている。


「クラスで欠席も多いことだから、重森くんが元気なだけで安心、というわけだよ」

「そういう剣聖は大丈夫なのか」

「絶好調さ」

「心配なさそうだ」


 いって、剣聖は席に戻っていた。なんとも中身のない会話だった。それでも、剣聖のかっきょさゆえ、印象は悪くない。


 というわけで。


 俺こと重森颯汰、完璧イケメンの剣聖、そして小柄なうさみんこと潤。


 この三人で、クラスの男子である。


 数日過ごしたところ、男子との絡みがどうしても多くなっていた。


 女子も話したい気持ちは山々だろうが、ひとりが動けば他が不平等であるし、イケメンの剣聖は護衛官つきだから厳しい。


 睨みあいの状態が続いている、というわけだ。


 荷物を整理していると、時間差でようやく千夏が到着した。


 入るやいなや、俺にさりげなくウインクをしてきた。楽しげに見えるけど、こちらとしてはちょっとヒヤッとする。


 車内での千夏の様子が思い出され、俺の貞操が危ういと本能が伝えてきたんだろう。


 千夏は直接俺に話しかけてくる――なんて目立つ真似はしなかった。


「おっはー、ちなっちゃんっ!」

「あぁ、継実~」


 千夏を嬉々としたテンションで出迎えたのは、保瀬ほせ継実つぐみだ。


 ひとことで形容するなら、金髪ギャル。派手な化粧と装飾品が目立ちまくっている。制服を楽に着ていて、露出が目立つ。


「ねぇ、聞いてよ? うちさ、また男子に逃げられちゃってさぁ……」


 継実は欲求に忠実である。元の世界でも、多くの男子とさまざまな交流を持っていた。


 男子が女子の四十分の一しかいなかろうが、継実には関係ない。アタックするのだ。


「それは大変だったね」

「ほんっと! マジさ、男子も女子と同じくらいいれば、万事解決なのになぁ……」


 俺の知る世界はそうだったんだけどね……。いったい、なにが原因でこうなってしまったのやら。


「ねね、最近千夏休んでたけどさ、男でも引っかけてたん?」

「違うよ、節操ないことはしない主義だし」

「そうはいうけどさ、千夏だって女の子。異性関係、あるんじゃないの?」

「めっちゃ詰めてくる~」

「だって気になるんだも~ん」


 千夏と継実の話を盗み聞きするかたちにはなってしまっている。


 そうなんだけれど、なかなか興味深い話ではある。


 男女比の捻れた貞操逆転世界でもなお、男性を求めようとする勇気。気になるところだ。


「明らかにニヤニヤが止まらないって感じだよ? それに、すんすん……」


 継実は、躊躇なく千夏の匂いを嗅ぎ始めた。


「きゃっ」

「かわいい声、出さないでよ。私と千夏の仲なんだし、匂い嗅ぐくらいふつうでしょ?」

「そうかもしれないけど……」


 継実はくまなく嗅いでいくと、ある時点で表情をガラリと変えた。


「なんだか、下半身から男の匂いするんだけどさ、これってそういうこと?」

「え、気のせいじゃ」

「あたしが男子と女子の匂いの区別もつかないなんてこと、ありえないじゃん? 白状しなって、ちなっちゃん?」


 おそらく継実、はじめからここを追及するつもりでいたんだろう。で、わざとらしく匂いを嗅いでみせた。


 千夏、どう答える?


「そうね……幼馴染の颯汰くんと一緒にいただけだよ? 別にやらしいことなんてかけらもないけど」


 大嘘つきである。馬乗りと膝擦りのコンボを決めておいて、白々しく答えるつもりなのか。


「それって実際どうなん? 重森颯汰っち?」


 継実の視線は、俺をがっちりとらえていた。


「俺?」

「うん、もちろんっしょ? へへっ」

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