第3話 幼馴染は触りたい
家を出ると、送迎用の車が目に付いた。
乗り込むと、千夏は女性運転手に行き先を伝えた。
そして、左の窓付近にあるボタンを押した。
一列目と二列目の間に、薄い幕のようなものが降りる。
幕越しには、運転手の姿は見えない。
「これは?」
左を向いて、千夏に尋ねる。
「私たちの声と姿だけを遮断する、特殊な幕だよ」
「トンデモ技術だな……」
俺たちから運転手が見えないように、運転手からも俺たちの姿は見えない。
千夏によると、運転手が悪い気を起こさないように、という目的らしい。あまりにも女性に信頼を置いていなさすぎる。
ちなみに、横の窓にも特殊な加工が施されていて、外からは中の様子が見えない。マジックミラーのようなものだ。
「護衛対象は、護衛官によってしっかり守られなきゃいけないから。最新技術もふんだんに使うわけ」
「感嘆しかないよ」
千夏は俺をチラリと見て、距離を詰めてきた。
「近くないか」
「どんな危険があるかわからないんだよ? できるだけ側にいなきゃ」
「そ、そうなのか……?」
「うん! だってこれは、護衛官の義務なんだから!」
幕も下りてるし、ここは安全だと思うんだけどな。
「義務は遂行されなきゃいけない。だよね?」
「それが本当に義務だったらな」
「話が通じて助かる! さすがそーくんだね」
いうと、膝元にゆっくりと手を置いてきた。軽くさするように動いている。
「ひゃっ」
「どうしたの? 変な声を出しちゃってさ」
「おかしいだろ。いきなり触られちゃセクハラもいいところだろう!」
「違うよぉ、そーくん」
「どこがだよ」
つい言葉が荒くなる。
だって、理解不能じゃないか。
護衛官は軽率な行動を取ったらたやすく首が飛ぶ。幼馴染とはいえ、軽いボディタッチでも危うい。
「いやいや、思い出してよそーくん。ここは擬似的な密室なんだよ?」
「外からは見られず、中の運転手は、特殊な幕により、俺たちを感知できない……だから密室に近いと」
ふふふ、と千夏は不敵に微笑んだ。
「誰にも知られなければ、馬乗りもスキンシップも罰されないんだよ?」
「判明しなければ無罪だってか」
「そうそう。規則には『護衛対象とは友好的な関係を築かねばならない』ってある。私の行動はこれに則ってるともいえるから、そもそも悪くないって解釈もできる」
なんたる詭弁だ。
護衛対象への軽率な行為が判明した場合は罪に問われる。しかし、判明しなければ問題ない。
千夏は、理想の護衛官とはかけ離れているらしい。
「だから、膝くらい許してほしいな」
「それで千夏は満足するのか」
「もちろん! そーくんの温かみを感じられればいいの。それも、スリルのあるなかで」
「そういうことなら、わかった」
刺激は続く。むずかゆい感覚に支配される。
俺の身体は固まりつつあった。緊張している。触られるたびに、鼓動が早まる。
千夏のことを意識しているからだ。
世界が変わる前も、千夏とは同じクラスだった。
千夏のことは、最近、異性として気になっていた。交流の機会はたびたびあったが、絶妙な距離感だった。
それとなく千夏も近づこうというそぶりはあったが、幼馴染から恋人に踏み出す勇気も覚悟もなかった。
こうして積極的な千夏を見ると、不思議な気持ちになる。
うれしさと気恥ずかしさがこみ上げる一方、心の片隅で、どす黒いものを感じずにはいられない。
「あったかいね。男の人の身体って感じ。うーん、懐かしいなぁ♡」
千夏が貞操逆転世界とはいっても、こういった「女性」としての側面を前面に押し出した姿には、まだ慣れない。どこか引っかかりがある。
朝からこの調子だし、護衛官としても胡散臭いものがある。
この世界の常識によって改変された千夏は、底が見えない。いささかとはいえ、警戒心を抱かざるをえない。
「ね、そーくんも私の膝撫でて? なんだか痛い気がするの」
「痛い気がするって……」
「いいからさ、ね? 私も撫でてるんだし」
すこし抵抗感があったけれども、いまの千夏に対し、ノーといえる俺ではなかった。見え見えの嘘を受け入れるほかない。
抵抗感を無理くり押し破り、千夏の膝を軽くさする。
「こ、これでいいのか」
「あぁ、そうそう。もっとさすって?」
求められるままに応じる。
俺たちの行為は、誰にも見られていない。そう思うと、やはり変な方に思考をもっていかれそうになる。
「恥ずかしがらないで。だって、小さい頃は痛いの痛いの飛んでけ-、ってお互いにやったもんね。同じだよ。昔できて、いまできないってことはないよね?」
「あ、あぁ」
いまは余計な感情がついてまわって、昔と同じようにするのは難しいけども。
シュールだが背徳感のある行為のせいで、俺の心はかき乱されていった。呼吸が荒くなる千夏を意識の外に追いやることはできなかった。
結局、中断を挟みつつも、到着するまで膝撫では続いた。
学校に関する些細な話題を振られたが、あまり頭に入ってこなかった。
シートベルトを外し、元の体勢に戻ったところで、幕が上がった。運転手にむろん動揺の表情はなかった。
扉が開く。降りたのは、通学路の裏道だった。
「いこっか?」
透き通る声で、千夏は促した。さっきのことなど気にも留めないようだった。
「一緒に行くと問題だから、ちょっと時間差点けて、ね? そーくんが先に頼むね」
「オーケーだ」
呆然とした状態で、俺は教室へと向かう。
貞操逆転世界の幼馴染は、なかなかヤバいと確信せざるをえなかった。
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