第2話 ふたりきりの朝食
千夏が用意してくれた朝食を一緒にいただく。
スタンダードな洋風のメニューだった。卵・サラダ・ウインナー・トーストといったところ。
俺の家にはないはずのコーヒーまで淹れてあった。
「食材、全部持ってきてくれたのか」
「うん! なにせ護衛官ですからっ!」
「マジで助かるし、うれしいよ。ふだんは粗食だもんなぁ」
いま、我が家に両親はいない。父は単身赴任、母は早朝から働きに出ている。
朝食は個々人で用意しなければならない。料理を好まない俺は、ふだん惣菜パンで朝食を済ませている。
事情はどうであれ、千夏に朝食を作ってもらえるのはありがたい。
「安心して。これからは毎日作るから」
「毎日は悪いよ」
「大丈夫。護衛官の任務上、基本的にはそーくんにつかず離れずだもん。負担じゃないよ」「そういうことなら、期待しておくね」
「はーい」
護衛官の任務は、対象の男性を見守り、危機の発生を防ぐことにある。
自分のプライベートな時間まで注ぎ込まねばならないから、決して楽な仕事ではない。
男性の近くに合法的にいられるから、といった浮かれた理由では続かない。魔が差せば、容赦ない処分が下されるという。
要するに、生半可な気持ちでは、護衛官など無理というわけだ。
「ほんとすごいな、千夏って」
護衛官を選んだ千夏のすごさに想いを馳せて、俺は感嘆した。
「めちゃくちゃ褒めるんだ」
「俺の純粋な気持ちだ。むろん、首をかしげたくなるような行動は目に付くけどね。予告なし侵入、朝一に馬乗りモーニングコール」
「颯汰、そこは言及しない方向で」
「いずれ教えてくれよ」
「うん。その日が来たら、全部吐くからっ」
明るくにこやかな千夏。その影の部分は見せてもらえないらしい。
「それよりもさ、そーくん。自宅でふたり、食卓を囲むなんてさ、小学生ぶりじゃないかな?」
「お泊まり会以来か」
重森家と芦川家は、家族ぐるみでの交流があった。小さい頃は、両家族が一緒になって出かけることもすくなくなかった。
時にはお泊まり会を実施することがあった。客人用の敷き布団で寝かせてもらった記憶がある。
さすがに高学年にもなると、多感な時期ということもあって、家族総出で外出、というのはなくなった。
「そーくんのお嫁さん気分になって、ちょっと張り切り過ぎちゃったなぁ」
「お嫁さんって」
「新妻の方がしっくりくるかな?」
「冗談だとしても、結婚なんて気が早い話じゃないか」
「早くないよ? 来年で成人だし、意外と身近な話なんだよねぇ……って、妄想膨らませすぎた。あくまで仮定の話だから、気にしないでね!」
相づちを打つと、千夏は話を紛らわせるかのようにテレビを点けた。
どの番組でも、男性の姿は希少だった。その代わり、凜々しさのある女性がもてはやされているのが目立った。
この世界だと、やはり男は異端らしい。
朝のバラエティは、いったん中断が入った。ニュースの時間だ。
『次のニュースです。昨日未明、男性特区に侵入しようとした疑いで、二十代の女が逮捕されました』
パンを食べる手が止まり、ニュースに意識が持っていかれる。
話によると、女は男性のふりをして特区に忍び込もうとしたところを、護衛官に発見され、取り押さえられたらしい。
ちなみに特区というのは、男性だけが住まう地域のこと。ぎらついた異性の態度にうんざりした草食系が身を潜めている。
『女は取り調べに対し、「私は自身の欲求に沿って動いただけ。なんら反論の余地はない」と容疑を認めています』
ニュースを見て、女性の暴走という現実を、身をもって受け入れられた。けさの千夏の様子もおおいに関係しているんだろうけど。
「物騒ね。だけど、これが日常だからね」
「護衛官に発見されたって話だが、千夏も危険な事態に対応したことはあるのか?」
「あまりないかな。怪しそうな人に視線を送ると、踏みとどまってくれるし」
「さぞすごい視線なんだな……」
「そうみたい。あまり面倒ごとには絡まれたくないし、未然に防ぐのが一番」
ニュースで報じられた女は、前々から侵入策を練っていたようで、手を組んでいた人物が他にもいたとか。
リスクを承知の上でも、男性に近づきたいというものらしい。すごい世界だ、本当に。
その後のニュースは、近くでおこなわれるイベントのような些細な内容だった。
「もうニュースも終わったし、急がなきゃね」「いけね、学校だもんな」
優雅な朝食の時間に浸っていたために、余裕をかましてしまった。そのため、少々巻きで支度をしないといけなかった。
ようやく出られる体勢が整った。
というところで。
「いこっか」
「あぁ」
「一緒に登校っていうのも、班登校以来になるのかな。あの頃はまだ緩い時代だったなぁ。いまや男子との登校なんて、夢のまた夢だもん」
話を聞く限りだと、一緒に登校とはいかないんじゃないかな?
そんな心配はすぐに取っ払われた。
「でも、私の護衛官特権を使えば、移動用の車を手配できるってわけなんだよね~」
「なるほど、そうきたか」
護衛官がつくと、対象者の身の安全という名目で、いろいろなサービスが使えるのだった。
「もうそろそろ車が着くからね」
「わかった」
「私が護衛官にならなかったら、こうして一緒に出かけるなんて気が引けることだった。本当、巡り合わせに感謝しなきゃ」
朗らかに告げる千夏に見つめられ、俺は不覚にも鼓動が早まってしまった。
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