第13話 混乱の中で
「お店は……あそこか」
霞に伝えられたお店は、こじんまりとしたバーのようだった。あれだけの人数の打ち上げの場所としてはふさわしくない。おそらく二次会か何かなのだろう。
お店付近に車をつけ、俺は霞が出てくるのを待った。時間ももう随分遅い。くぁ、と零れる欠伸をなんとか噛み殺し、明日のスケジュールを確認しながら待つ。
そのうち、カランと音を鳴らしてお店の扉が開かれた。
撮影時の衣装から私服へと着替えた霞と――あれは、メインヒロインの女性だろう。いつかのように仲睦まじく出てくる二人に若干のモヤモヤ感が襲うが、もう嫉妬はしない。
彼が本当に愛しているのは誰なのかは、分かりきっているからだ。
二人はお店の前でしばらく言葉を交わしていた。別れを惜しむような女性からのハグ。霞は驚いた顔をしながらも頬を緩め、ぽんぽんと背中を撫でる。そうして、二人は静かに離れかけたのだが。
――どこかから、仄かな光が二人を照らした――ような気がした。
「え……!!」
俺は転がり落ちるように車を降りた。光の方向を頼りに辺りを見回せば、今まさに閉じようとしている車の窓がある。
「あの!!」
その車に駆け寄ったが、時すでに遅し。逃げるように発信した車はクラクションを鳴らされながら車線へ紛れていく。
――これは、マズイんじゃないか……?
冷や汗をだらだらと流しながら立ち尽くす俺。そこへ近づいてくる一つの足音。
「誠? どうしたの?」
「……霞……今すぐ事務所へ帰るぞ」
「え?」
状況の掴めていない彼を連れて、俺は事務所へとんぼ返りする。もちろん実への連絡も忘れない。
――最悪の事態を、想定しなければいけないだろうから。
「……あー……案の定、ですねぇ」
「ごめん……僕が油断したせいで……」
「あいっかわらず小癪な真似しやがるな、奴らは」
俺たちは思い思いの表情でYを見ていた。トレンドは関連ワードで総舐め――ポジティブな話題ならばよかったが、今回のそれは〝炎上〟と呼ばざるを得ない。女優とハグをするその姿が、熱愛報道として公開されてしまったからだ。
「距離感が近い人だなとは思っていたんだ。でも相手は女性だし、下手に拒絶することは出来なくて」
「だからって撮られてたら世話ないだろ」
「うっ……」
霞の顔色は悪い。その現場に居合わせていたにも関わらず、どうすることも出来なかった歯痒さに俺は唇を噛む。初めて目にするような神妙な顔つきの実は、端末を静かに閉じてから告げた。
「熱愛は真っ赤な誤解ですが、撮られてしまったものは事実です。対応は社長と相談します。皆さんは方針が決定するまで、ノーコメントを貫いてください」
「わ、わかった」
「霞。大丈夫か」
「……うん」
「お仕事はこれまで通り続行。ですが、取材陣からの尾行リスクが急激に高まると思います。……井上さん」
実が真っ直ぐに俺の方を見る。俺が咄嗟に姿勢を正すと、実は真剣な眼差しのまま俺に告げた。
「貴方の本業は学生。ほとぼりが冷めるまで、お仕事はお休みいただいても構いません」
「……え……」
――そんな、こと。できる訳が無い。
「待ってください!」
俺はぶんぶんと首を振り、霞の傍にしゃがみ込んだ。大丈夫、絶対に何とかなる。そう伝えるように彼の手を強く握りこんで――そうして。
「俺にだって何かできることがあるかもしれない。一緒に精一杯考えます。だから……仕事は続けさせてください!」
「……誠……」
そう、必死になって頼み込んだ。
ここで食い下がれば、俺の生活は日常へと戻ったかもしれない。炎上なんてただの他人事になって、お茶の間を賑わす様を客観的に眺めるだけになったかもしれない。
でもそれは出来なかった。
――霞のことを、愛していたから。熱愛報道なんかでは負けないくらい、霞という一人のアイドルが魅力的であることを知っているから。
彼のためにできることがあるのなら、全てを捧げたい――そう、思ったから。
「……分かりました。どうしてもというのなら、これからも仕事は続けて構いません。ただ……しばらくは、霞くんの担当は私に代わってもらいます。あなたは遥くんのお仕事に同行してあげてください」
「……分かった」
「よろしく頼むぜ、井上」
バシッと俺の背中を叩き、遥がそう言って笑う。俺はそれに頷きで返し、改めて霞を見つめた。
「霞。霞?」
「……うん」
「打開策は絶対にある。だから今はお仕事に集中するんだ。できるか?」
「うん……分かった」
思うところはたくさんあるだろうが、それでも霞はいつも通りの柔和な笑顔を取り戻し、首を縦に振る。俺はそれに微笑みを返すと、遥の傍へと移動した。
「遥、そろそろ時間だろ。行こう」
「……本当に大丈夫なんだな? マスコミに何を言われるか分からないんだぜ?」
「大丈夫。何を言われても、俺は霞の無実を知っているから」
「……誠」
――そうだ。霞は何も悪くない。だから俺たちは堂々としていればいい。全員と顔を見合わせてから、俺は遥と共に事務所を出る。
「一条遥さん! 相棒の熱愛報道についてどう思いますか!」
「遥さんにとっては裏切りにも近い行いですよね!」
「事務所関係者はこの事実を知っていたんですか!?」
案の定、マスコミに一気に囲まれる俺たち。それでも無視を貫いて社用車へと歩けば、流石の彼らも道を開いていく。
「何か一言! コメントをお願いします!」
強気に向けられたひとつのマイク。それをガシッと掴んだのは――遥だった。
「近いうちに記者会見を開く。質問には全部、そこで答えます」
マイクを突き返し、車に乗り込んでいく遥。記者を黙らせるカリスマ的な一言に圧倒されながらも、俺は慌てて運転席に乗り込んだ。
――混乱は、しばらく続きそうだ。
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