第4話 悪魔と記憶喪失の孤児

自分の親は知らない。名前もない。

気づいたらここにいた。


ここは悪の巣窟。

あの人はいつも誰かに狙われていて、

襲われて、返り討ちにして、悪名を上げている。


でも自分には優しい。

何でもさせてくれる。

何をしても見守ってくれる。


ご飯を食べさせてくれる。

出かけたら時々お土産をくれる。

夜一緒の布団に潜り込んでも何も言わない。


強そうな奴に襲われたとき助けてくれる。

逃げ方は教えてくれたけど戦い方は教えてくれない。

あの人が返り討ちにした奴ら、ほしいと言えばくれる。

傷薬の練習台にして治ったら人の街に捨ててきても怒らない。


可愛がられているのを自覚している。

親子よりもペットの方が近いかも。

だから安心して甘え放題甘えていられる。


最近の趣味は、あの人が倒した奴らの持ち物を、人の街に置いてくること。

どれだけ来たって無理だよ。戻るのは私が気まぐれに拾ったこれだけ。

勝てっこないのにどうしてやめないの?


そんな日々に、ついに終わりがやってきた。


あの人が熱を出した。

ありえない。

どんな毒だって効かないのに!

いやだ。死なないで!


大勢の足音が遠くに聞こえる。

どうしてこのタイミングでここが分かったのか。

いや逆か、ここに来るこのタイミングを謀られたか。

そんなこと考えている場合じゃない、逃さないと!隠さないと!


あの人の体が持ち上がらない。

こんなことならもっと体を鍛えておけば良かった。

熱が熱い。冷まさないと。

どうしてこんなことに。


足音の一群がすぐそこまで来ている。

ああ、扉が蹴破られたか。


「ようやく追い詰めたぞ!姫を返せ!」


ああ、ダメ。この人に刃を向けないで!

お願い殺さないで何でもします!熱があるの!許して!


両手を目一杯広げて、少しでも遮るように。

少しでも時間を稼がないと。


「あなたを助けに来たのです、そこを避けて下さい」


言っていることがわからない。避けたらこの人を殺してしまうのでしょう。

いやだ、殺さないで、お願い、具合が悪いの、苦しそうなの!


「あなたを傷つけたくはないのです、どうか聞き分けて下さい」

「友の遺品を届けて下さってありがとうございます。遺志を継ぎここにおります」

「皆あなたのお帰りを待っております。そいつさえ倒せば悪夢は終わります。」


ああ後続が来てしまった。このままじゃ助けられない!どうしたら


「そこを避けてやれ」


「無理なさらないで下さい!喋るとお体に障ります!」


「もう終わりだ。残念だな。」


「そのようなことは!何とかしますから!」


「あるべき場所に帰れ。幸せに生きろ。」


「いやです!せめてお側に置いて下さい!」


「…ふぅ。仕方ないな。随分甘やかしてしまったな」


ああ、良かった。あなたのお側にいられる。


悪魔の爪が伸びて、孤児の胸を貫いた。

姫だったらしい孤児は、すごく安心した幸せそうな顔をして、目を閉じた。


「!!」

一瞬で世界が殺気立つ。


悪魔は反対の指を立ててシーっとしながら口パクした。

「このまま持って行け。目が覚めれば忘れている」


「ああ楽しかった。愛している。」

愛しい人の睦言を聞きながら、愛しい人が殺されるのを聞きながら、

胸の致命傷をお守りのように抱きながら、意識が飛んだ。


目が覚めた時、

「ここは…。何だか悲しい夢を見ていたような気がするのだけど」

「怖い夢を見たのですね、温かいお茶を差し上げましょう」


勇者がついに姫を救ったと国は沸き、

姫はしばらく休養して公務に復帰し、悪い夢は歴史の闇に放り込まれて封印された。


…一目惚れした姫が自分に疑いなく愛情を向けてくれるのはとても心地がよくて、余韻を味わいながら、もうしばらくは闇の中で眠れそうだ。

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