第2話 都会の魔女と小さな店のシェフ

その魔女は食べ歩きが好きだった。


人のガワを被り、人の街に潜り、ふらっと店に入る。

魔力を喰む者としては人の生気こそ啜るべきかもしれないが、

それを食べてしまえば愉しみはそこまで。

人は色んなことを考えて色んなことを試みる。

今日も新しい味に出会えるのが楽しみだ。


「いらっしゃいいらっしゃい!そこの可憐なお嬢さん!今日の夕飯はうちにしないかい?とっておきのテラス席に案内するよ!」

呼び込みに足を止めると、確かにふんわり良い匂い。スパイス使いが不思議だな。

たまにはこんなのも良いかもしれない。

「ここにするわ。よろしくね?」

「おうよ、とっておきを披露するぜ!」


サラダはシャキシャキ鮮度よく。ピリッとしたアクセントが良い感じ。

前菜はプチプチした食感が面白い。一口毎に味が変わるよう。

メインのソースは絡みついてほろ苦く。うまみが引いては押し寄せる波のよう。

デザートに至るまで、とっておきの看板通り、ひと匙の妥協もなかった。


緊張に震える給仕に声をかける。

「素晴らしかったわ。シェフとお話しできるかしら。」

「はい、ただいま。」

給仕は震える手を抑えて飲み物をサーブし、退出した。

少ししてシェフが来た。


「素晴らしかったわ。味見も出来ないのによくここまで仕上げたものね。」

「先に謝っておかないと。私に毒は効かないの。食べてるんじゃなくて、味を楽しんでいるだけなの。」


「サラダの毒草。ドレッシングの方に入れて味のアクセントにする発想は見事だったわ。」

「前菜は色々な魚卵に種子にそっと混ざっていて、全然違和感なかった。」

「メインのソースもあの組み合わせってありそうでなかったから、それを膨らませるベースは必然ああなる、と思う所に隠すなんて、全てが逆転の緻密な計算の上に成り立っていて、心震えたわ。」

「デザートに使ったミルクまで抜かりない。毒草を食べて死ぬまでのわずかな間しか取れないんじゃない。」


「もう素晴らしいの一言しかないの。どれだけの執念と忍耐と研鑽でできているかって伝わってくるから、私も誠意を持って、あなたと話がしたいわ。」

「どうしてこんなに私を殺したかったの。」


「お前さんが市井に紛れてることは、お偉さん方には丸わかりなんだってよ。俺の店は好みに合うから、いつか来るだろうと。『その時に料理にこれを入れろ。これは王命だ』とさ。」

「分かりましたって答えてほっといたら、女房が死んだ。悪い水でも飲んだんだろう、運がなかったね、ってそんなわけないだろ。娘も召し上げられて帰ってこない。」

「どうしてお前ら力ある者は弱い者を巻き込むんだよ。俺らは精一杯生きてるだけなんだよ。不運な事故に巻き込まれないで、ただ平凡に日常を生きていたいだけなんだよ!」


シェフは泣きながら嗤っていた。

その怨嗟は今まで食べた中で一番美味しくて罪深い味がした。

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