森の魔女と甘い淡い夢の恋

白火取

第1話 森の魔女は騎士に恋をした

深い深い森の中に、魔女が住んでいた。

魔女はとても強い力を持つ、森の支配者だった。

やがて人の国が興り、広がり、森に牙を剥いても、森はびくともしなかった。

人は森を恐れた。幾度も森に挑んでは散り、挑んでは散っていった。


何代目かの人の王はとてもとても臆病だった。

森が怖くて怖くて眠れないある夜、とうとう王は

魔女の首を取るまで帰ってくるなと騎士団に命令を出した。


騎士団の団長は悲しんだ。

自分達は守りたいものがあったから騎士をしているのだ。

犬死にするために騎士になったのではない。


それでも王命に逆らう不名誉は守りたい者を傷つける。

物言えぬ騎士達は森に挑み、物言わぬ体だけが帰ってきた。

いや体だけでも帰って来れた一握りは運の良い方だ。

敗軍の汚名を被ってまで連れ帰ってくれる人がいたのだから。


誰の目にも分かっていた負け戦の責任を取るために帰ってきた人がいた。

無能と罵られ、お前のせいで死んだと罵られ、全ての罪を被せられたその人は、

それでも守りたい者のために全てを受け入れようとしていた。


森の魔女は、そんな純愛が好きだった。


「やあ」


城に突然魔女が現れた。

帰って来れなかったはずの幾人かの騎士を供にして。

反射的に魔女に斬りかかった所を、供の騎士が止める。

確かに死んだはずの騎士は、焦点の合わない目で、生前と同じ護衛の腕を奮った。


「目を覚ませ!」何とか状況を打開しようと声を出す。

「……」

「目は決して覚めぬ。知っているはずだ」魔女の非常な声が告げる。


「あいつらの体を解放しろ!」

「もとよりそのつもりだ」

「どういう意味だ!」

「ただの手土産さ。自分で歩かせた方が運ぶより楽だからな。お主の顔を見たくて持ってきた。」

「こちらはお前の首以外に用はない!」

「取引の提案だ。お主の心を捧げてくれれば、お主の守りたい者を守ってやろう」

「敵と取引するような軟弱者に見えるかね!」


手を休めずに時間稼ぎをしていたはずだった。

高貴な方々は避難できただろうか。そう思ったのがフラグだったのか、

「団長!」

一番聞こえてほしくない声が聞こえた。


「姫様、何故こちらへ。お逃げ下さい!」

「父上の命です。身を賭して時間を稼げと。魔女よ、私の首で民を見逃してもらえぬか。」

「そんな甘い話が通るとでも?」

「姫様!」

彼女の目には、いつかこういう日が来ると思っていたのにどうにもできなかった悔しさと、何としても民草だけは守りたいという意志が宿っていた。


詰んだ。

彼は軽いため息をつき、

「魔女よ。この身も心もあなたに捧げる。どうか守ってくれ。姫を。王から。」

堕ちた。


しばらくして、人の国は代替わりしたらしかった。

新しい王を寿ぐ祝いの席に、魔女は騎士を名代として遣わした。

騎士は年を取っておらず、仕える者が変わったのが誰の目にも明らかだった。

魔女の代わりに祝いの言葉を述べ、街の復興を眺め、帰っていった。


さらにずっとしばらくして、人の国はまた代替わりしたらしかった。

もう魔女は来なかった。

その代わり、魔女の館を訪れる者があった。


「爺様を返せ!」訪れた若者は開口一番叫んだ。

「魔女様、お陰様で国はすっかり落ち着きました。私もようやく楽隠居です。その方を返しては頂けませんでしょうか。私に出来ることなら何でも致します。」

無礼な従者の口を塞ぎながら、老婦人は悲しげに微笑んだ。


騎士は魔女の後ろに控えていたが、後ろから魔女を抱きしめて口付けた。

「私は身も心もこの方のものだ。この方のいる場所が私の場所だ。去るがいい。」


訪問者達が帰った後、魔女は元気が無かった。

「どうしたのですか?愛しい人」

魔女の目から涙が溢れた。

「そこまでして守りたいのか!私に身も心も全部くれるって言ったじゃないか、嘘つき!騎士は嘘なんかついちゃいけないんだ!お前なんか願い下げだ!ばーか!」

ポロポロと涙はとめどなく流れ、胸を叩く手から力が抜け、そのままへたり込んで泣きじゃくった。いつもの高慢な姿はもうどこにも無かった。


魔女は、初恋と失恋を知った。


それからしばらくして、観光客の老人と孫が国の教会を訪れた。

祈りを捧げている最中に、老人が倒れた。老衰だった。

気がつくと孫はどこにもいなくなっていた。




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