第14話 毒使いは理由を知る

 その腹に響く声に昨夜の戦闘を思い出して、背筋が凍る。

 フェンリルの四つ足で体を挟まれ、身動きも取れない。鋭い眼光が間近で俺を捕える。首をかみ砕かれて、しぬ――


「昨日はすまなかった」

「え……」

「つい試すようなことをしてしまった。そのお詫びと言ってはなんだが、我の能力で傷ついた体を元通りに治した」


 そう言われると、不思議に思っていた点にも一応納得がいく。だけど一番重要なところをまだ聞いていない。


「目的は?」

「空島に用がある。我も同行させてはくれないか」


 思ってもいなかった要望に面食らってしまった。


「えっと、ちょっと待って。ひとまず敵意はないってことでいいのか?」

「もちろんだ」

「それならまず、この捕食者と被捕食者の構図をどうにかしてくれないか?」

 今にもトドメを刺されそうな状態ではさすがに話が入ってこない。

「ああ、すまない」

 そう言って、フェンリルは床へ降りた。俺も起き上がって、ベッドに腰掛ける。


「それで、空島に用事っていうのは?」

「我を空島から追放し、石像に封印した男を探している」

 その言葉が信じられなかった。このとんでもなく強いフェンリルをが封印していた、なんて。


「我は長い間、空島の最奥部にある沼地で静かに暮らしていた。そして十数年ほど前、ある子供がやってきた」


*******


 その子どもに話を聞くと、口うるさい親から逃げているうちにここへ迷い込んだらしい。静かなこの場所が気に入ったのか、それから子供はたびたびやってくるようになった。


 何百年もの間、人気のないこの場所での静かな暮らしに心は満たされていた。その平穏を揺るがす小さな侵略者。それなのに、驚くほど居心地はよかった。子どもはとても賢く、変に気を遣わずに対等な関係でいられたことがよかったのだろう。


「いつか、一緒にこの世界を変えよう!」

 子どもはよくそう言って、理想の未来を語った。

「俺達なら絶対できるって! 約束!」

 小指を突き出し、無邪気に笑う。年相応の夢見がちな言葉だと思いながらも、理想を形にしていくさまを側で見ているのも悪くはないなんて思い始めていた。


 秘密の交流は2、3年ほど続き、それから段々と疎遠になっていった。


 そして久しぶりに彼が沼地へやってきた時、もう子供と呼べる姿ではなかった。

 襟付きの服を身にまとい、コツコツと革靴の音を響かせる。


「久しぶりだね。また会えて嬉しいよ」


 旧友との再会を喜ぶ言葉とは裏腹に、彼の眼は少しも笑っていなかった。

 

*******


「そして男は我を空島から追放し、さらには我が戻ってこられないように石像に封印した。空島から出れば、我の能力は弱化する。男に対抗できるだけの力はもう残っていなかった。追放した理由も概ね予想がつく」


 このフェンリルの人間に対する敵意がやっと理解できた。信じた人間に裏切られて、負の感情を持たずにはいられなかったんだろう。


「もう二度と人間と関わり、心を開くことはしないと誓った。石像に触れる者には我の幻影を見せて近寄らせないようにした。我の前から逃げ出さなかったのはお前たちが初めてだったよ」

 そう言って、思い出したようにほんの少し笑った。


「お前たちが空島を目指していると知って、何年かぶりに人間に興味を持った。だけど、表向きには善良な人間だっていざとなれば平気で友を裏切る。だからわざと煽って試すような真似をした。改めて謝罪する」

「いや、もういいよ。本当に死ぬかと思ったし二度とごめんだけど、ちゃんと治してくれたおかげで体はピンピンしてるし、なんなら肩こりとかも良くなってるし」


 あんなにズタボロになったのに、目が覚めたら元より元気になっているなんて変な話だ。

 フェンリルは俺の目を真っ直ぐに捉えた。


「お前は仲間を売らなかった。その覚悟や勇敢さは感服に値する。改めて聞く。我をお前たちの旅に同行させてはもらえないだろうか」


 話を聞いていく中で、返事はすでに決まっていた。


「俺は反対しないよ。明日、仲間に紹介させてくれ」

「ああ……恩に着る」

 このフェンリルの話を聞いたら、きっとシャルは受け入れるだろう。その様子が容易に想像できる。


「お前の仲間がドレインヒール持ちで助かったよ。我の能力でヒールを一時的にコピーして、石像周りの忌々しい雑草と引き換えにお前を治療することができた」

「ん?」

「それに、お前があのいけ好かない男にランクカードを見せろと迫られていたときも、お前の能力を希釈してランクが書き替わるようにしておいた。いい頃合いだっただろう」


 いや……待って、他者の持つ能力のコピー? それに能力の希釈? 


「他者の能力に干渉できる能力なんて聞いたことがない……」

「それはそうだ。なにせ我は神獣だからな。我の持つ能力の存在が知れたら、人間社会にとっては能力主義の均衡が崩れる脅威になるだろう。唯一、我の能力を知っていた男はそのことを恐れて空島から追放した」


 いや、いやいやいやいや!? 待って!?


「まあ、何はともあれ、これからよろしく頼む」


 バレたらヤバい能力持ちがまた1人(一匹?)仲間になった。

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