第13話 毒使いは報酬を受け取る
メイドに屋敷の広間へ案内してもらうと、そこには上機嫌な依頼主の姿があった。
「いやぁ、まさか一晩でやってのけるとはね。期待以上の働きだよ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
俺が一人で石像を壊したということにして、シャルには屋敷の外で待ってもらっている。嘘を吐くときに2人で食い違いが起きないようにするためだ。
「一体どうやってあの石像を壊したのか、ぜひ聞かせてくれないか?」
来た。
「俺の能力を使いました。身体強化系でして、お借りしたハンマーでそれはもう全力で叩きました。力を込めすぎて、肝心のフェンリル像はどこかへ飛んで行ってしまったのですが」
「いや、構わんよ。石像の状態は問わないと始めに説明したからな」
そう言うと、依頼主はパンと手を叩いた。すると奥の扉から使用人が大きな袋を持って入ってくる。
「これは今回の報酬だ。遠慮なく受け取りたまえ」
使用人が目の前のテーブルに大きく膨らんだ袋を置く。その袋の口が少し開き、中には金貨が入っているのが見えた。これだけあれば当分お金に困ることはない。
「ありがたく頂戴いたします」
よし、これで任務達成。何となく嫌な感じがする依頼主の元からさっさと退散しよう。俺は報酬の入った袋を担ぎ、出口へ向かう。
「君の能力はとても強力で役に立ちそうだ。どうだね、うちで働かないか」
仕方なく足を止め、笑顔を張り付けて振り向く。
「もったいないくらいのお言葉ですが、ご遠慮させていただきます」
「そうか、それは残念だな。それならせめて、君の能力をもう少し詳しく教えてくれないか。君のような能力を持つ者をぜひ雇いたい」
依頼は終わったのに、妙に食い下がってくるな。
「あいにくですが、能力の詳細を誰かに話すことは致しかねます。能力を明かすことは自分の手の内を明かすこと。何かと物騒な世の中ですから」
「ああ、そうかい。……余談だけれども、私の能力は『屋敷内にいる人間の位置を把握できる』と言ったが、正確には『ある範囲内にいる人間が持つ能力の強さが色で見える』というものなんだ。この能力で、現役時代は社会に紛れ込んだFランクの賞金首を何人も捕まえたものさ。おかげで英雄まであと一歩というところだったよ。ところで君」
俺を見て、ニヤリと笑う。
「本当にただの身体強化系能力なのかな?」
ごくり、と生唾を飲み込む。
「なぁに、ただの興味本位さ。Fランク能力者が進んで依頼なんか受けるはずない。能力を口外しないと誓うから、ランクカードを見せてくれないかい? なんなら報酬を上乗せしてもいい」
依頼主はぐっと顔を寄せた。
「それとも、ランクカードを見せられない理由でもあるのかな?」
ほとんど黒だと思われている。これを断ったら能力を確認するために強硬手段を取られるかもしれないし、かといって見せればFランクであることがバレてしまう。ランクカードをしまっている懐に手を伸ばすと、ドクドクと心臓が早鐘をうっているのが分かる。
どうする? 考えろ考えろ。焦れば焦るほど頭が真っ白になっていく。
「きゃあっ!?」
そんな声が聞こえて、思わず声の方を振り向く。扉の空いたところから、メイドの足をすり抜けて真っ白い毛玉が飛び込んできた。
「すいません旦那様! 屋敷の中に入り込んでしまったみたいで……」
よく見ると、三角のピンと立った耳と目つきの悪い瞳がある。どうやら生き物のようだ。
短い足でこちらへ走ってくると、俺の足元で止まった。
「ぐるるるるぅぅ……!」
そして依頼主の方へ唸り声をあげる。
「な、なんだこいつは! さっさとつまみ出せ!」
これはチャンスだ。この騒動に乗じて逃げ切れるかもしれない。
俺はしゃがんで、そいつを抱き上げた。
「まあ、そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。こいつは俺が外へ出しますから」
今、この場の意識はこの毛玉に向かっている。このまま広間さえ出られれば勝ちだ。
そいつは俺の懐へ顔を埋めてきた。
「おい、ちょっと、くすぐったいって」
落っことしそうになりながらもなんとか抱きかかえていると、やっとそいつは懐から顔を出した。
「じゃあ、俺はこの辺で……」
「あ……」
そう言って、依頼主は毛玉を指さす。俺は視線を下げた。
「え……あ!」
そいつは俺のランクカードを咥えていた。
俺が触るより先に、依頼主がカードを抜き取る。
「あの、ちょっと!」
「一体どんな能力なのかねぇ……ん? Cランク?」
「え?」
慌てて、依頼主の手元を覗き込む。そこには、『リップ・ライラック 能力:雨水を飲むと身体能力が少し上昇する Cランク』と書かれていた。
「雨水まで飲んだのに、身体能力が少し上がるだけって……Fランクだなんて疑って悪かったよ。頑張って依頼をこなしてくれたんだねぇ。うんうん」
さっきまでとは打って変わって、依頼主は優しく俺の肩を叩いた。助かったけど、なんか勝手に哀れまれてる……
「私の能力が少し鈍っていたみたいだ。ランクカードを見せてくれたから、さっき言った通り報酬は上乗せしよう。可哀想に……」
それにしても、数日の間にランクがコロコロと変化するなんて聞いたことがない。
釈然としないが、上乗せ分の報酬も貰ってやっとその場を解放された。
「はぁ……」
屋敷を出ると深いため息が出た。なんだかドッと疲れた。
「お疲れ様ですリップ君! あれ、その可愛い子はなんですか?」
シャルにそう言われて手元を見ると、さっきの生き物を抱えたままだったことに気づいた。
「屋敷の中に迷い込んだみたいなんだ。ほら、もう中には入るなよ」
そう言って地面にそっと下ろすが、なぜか俺の足元を離れない。
「ふふっ、リップ君のこと気に入ったみたいですね」
「まあ、特に害もなさそうだし放っておけばいいよ。俺は一刻も早くこの敷地から離れたい」
色々と奇跡的なことはあったが、大変な目に遭ってきたことは確かだ。
「じゃあ、次の場所へ向けて出発しましょー!」
「とりあえず、街に戻って宿を探すか。報酬も手に入ったし、奮発していい宿を取ろうぜ」
「いいですね!」
そう言うと、シャルは後ろを振り向く。
「それにしてもこの子、ずっと後ろをついてきますね」
白くて小さい生き物は屋敷を離れても俺達の後をついてくる。思えば、この生き物が広間にやってきて騒ぎになった時、なぜか俺のランクカードがCになっていた。気になって、懐に入れたランクカードを取り出してみる。
『リップ・ライラック 能力:毒沼 Fランク』
「戻ってる……」
一体どういう事だ。俺達は幻覚でも見ていたのか? そうだとしても、この肩にずっしりとのし掛かる金貨袋の重さは本物だし、俺の能力がCランクだと認識してもらえたおかげでこうして自由に生きていられる。
ああ、ダメだ。考えたって何も思い浮かばない。今日はとにかく早く休もう。
夕方にはレオンバートの街に着き、宿で休むことにした。シャルと別れて、自分の部屋に入る。担いでいたカバンを床に下ろすと、中から白い毛玉が転がり出た。
「お前……いなくなったと思ったら、そんなところにいたのよ」
街に着くまでは俺達の後をついてきていた。きっと食堂で夕食を取っている隙に、床に置いたカバンに入り込んだのだろう。まあいい。
俺はベッドに倒れこんだ。
「はぁー……」
疲れすぎてもう動きたくない。そうしていたら、毛玉が俺の腹に飛び乗ってきた。
「ほんと、勝手なやつ……」
もうすぐ日没なんだろう、窓から差し込む夕焼けの赤が弱まっていく。
薄暗くなる部屋の中、俺の上に乗った小さな体はだんだんと大きくなり、やがて荒々しい毛並みをなびかせた。
覆いかぶさるように、真上から俺を見下ろす。
「我は神獣フェンリルである」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます