第12話 毒使いは強敵に抗う
大きく距離が取れたおかげで、即座に飛び掛かられることはない。相手の動きに全神経を集中させながら、次のタイミングを探る。
強い追い風が吹いた。
「はぁ……っ!」
毒の鍋を持って一気に駆け出す。この毒はドラゴンをも倒す強さだ。少しでも浴びせることが出来れば、弱体化できるかもしれない。
距離を詰めたところで、膜を張るように毒をまき散らした。
「やはり工夫がない」
フェンリルは高く飛び上がり、毒の膜を越えてきた。そのままの勢いで、俺に突っ込んでくる。
逃げることも出来ず、腹に頭突きを食らって吹っ飛ばされた。生垣に体が埋まる。
「ぐぅっ……!」
「ふむ、毒を作り出すとは中々いい能力だな。避けられてしまってはそれまでだが」
体中が痛い。生垣から抜け出そうともがく間に、ギシッギシッと砂利を踏みしめる音が近づいてくる。
「まさかこれで終わりではないだろうな?」
目の前までやってきたフェンリルは大きな口を開け、俺の首元に飛び込む――
ガチっと硬いものがぶつかる音がする。ギリギリのところでその口にハンマーの柄を噛ませることが出来た。両手で必死にハンマーを押し込む。ここで押し負けたら死ぬ……!
その時、フェンリルは柄を咥えたまま勢いよく体を捻った。全力の力を受け流されて、体が吹っ飛ぶ。
地面に体が叩きつけられて、脳が揺れる。チカチカと光る視界の中、途中で手放してしまったハンマーが宙を舞い、台座にぶつかるのが見えた。
「ゔゔ……っ!」
フェンリルが眉間に皺を寄せ、苦しそうに悶える。
もしかして、そうなのか……?
地面を掴み、ふらつきながら体を起こす。そして台座へ一直線に走りだした。
ここが勝機だ。元々は一つの石像であったのだから、台座が本体の一部であってもおかしくはない。フェンリルは台座から程遠い場所にいる。今ここで、台座を破壊する。
走った勢いのままハンマーを拾い上げ、渾身の力で振りかぶる。
「はあああああああっ!」
その時、脇腹に重い衝撃を受けた。
「ごはっ……」
気づいたらまた地面に顔を擦り付けている。見上げると、離れた場所にいたはずのフェンリルが俺の腹を踏みつけていた。
「この程度で我が倒せるとでも思ったか」
踏みつける足に力が入る。もう力が尽きたのか、抵抗することもできない。骨が軋む。痛い。苦しい。
「お前の命の灯を吹き消すことは容易い。だが、それではつまらない。だから取引をしよう」
「とり、ひき……?」
「そこの女を置いていけ。そうすればお前のことは見逃してやろう。なに、女のことは気にするな。それほど深い仲ではないのだろう?」
何を言っているんだ。シャルを置いていけば自分の命が助かる? そんなの、
「ふ、ふざけるな……!」
体中が煮えるように熱い。
「とっくに覚悟決めてるんだよ。2人で空島に行くって……!」
手足に力を込める。俺の夢と命があるのはシャルのおかげだ。迷う余地なんてない。
「あああああああ!」
踏みつけられた足を押しのける。そうしてやっとフェンリルの体の下から這い出た。立ち上がって、ハンマーを構える。
「ふん、まだ動けたとは」
浅い呼吸を繰り返しながら、敵に狙いを定めた。
「お前を倒して……っ、空島に、行くんだよ!」
「威勢は十分だな」
「はぁぁぁぁっ!」
フェンリルに向かって、大きく振りかぶる。力のままに振り下ろした軌道は容易く避けられて、体がよろける。
「そんな大振りじゃあ、子供にだって避けられるだろう」
「ああああああ!」
俺は台座に向かって、下から上へハンマーを振り切った。ガギンと鈍い音がして、大きくヒビが入る。
「ぐぁぁぁぁぁ!?」
フェンリルは苦しそうな声を上げた。
「ははっ……本命はこっちだよ……」
苦しそうに身を震わせるフェンリルと崩れる台座。ああ、もう限界だ。体が大きく揺れて、意識が途切れた。
「リップ君!」
その声にハッと目が覚めた。目の前には心配そうに俺の顔を覗き込むシャルがいた。
「もう、夜更かししたからって昼過ぎまで寝ているなんてお寝坊さんですよ」
日差しの眩しさが目に染みるが、不思議と体は痛くないし、むしろ調子がいい。前にもこんなことがあった。
「シャルがまた治してくれたのか?」
俺の言葉にシャルは首を傾げた。
「治したって何のことですか? もしかしてまだ寝ぼけてます?」
俺は夜中にフェンリルと戦って、満身創痍になっていたはずだ。もしかして、あれは夢だったのか……?
「それより見てくださいよ! フェンリルさんがいなくなったんです!」
そう言われて石像の方を見ると、半壊した台座がそこにはあった。
「朝、目が覚めたらこうなっていたんです。依頼主さんが私達の手柄だと思って報酬をくださるそうなんですけど……リップ君、何か知っていますか?」
「……いや、何だろうな」
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