第11話 毒使いは仲間の秘密を知る

「え……」

 シャルが、記憶喪失……?


「ここ一年より前の記憶がないんです。私の最初の記憶は、道に倒れているところを偶然通りがかったおばあちゃんが見つけてくれた時です。優しいおばあちゃんで、本当に私はツイていました」

 そう言って、へへっと笑う。その様子に胸が締め付けられた。

「名前もどこからきたのかも覚えていなかったんですけど、首にこれをかけていたんです」


 シャルは首元からネックレスを取り出した。金色の円板に描かれている、天空都市を形どったモチーフには見覚えがあった。


「それ……空島の住民証だよな?」


 空島の住民は住民証の携帯を義務付けられている。それはネックレスであったり、バッチであったり様々だが、これを身につけていることが選ばれし人間の証明になる。


「それがあるなら空島に戻れるじゃないか」

「いいえ、これは『一時滞在』の住民証らしいんです。期限も一年前で切れてしまっています。記憶をなくして道で倒れていたのもちょうど一年くらい前。だから記憶をなくす前は空島にいたんじゃないかって思うんです」


 自身がSランク能力者で永住権を得るのではなく一時滞在となると、Sランク能力者の家族あるいは下働きだった可能性がある。


「倒れていた私を見つけてくれたおばあちゃんはとっても優しくて、お家に私を案内して『好きなだけいていいよ』って言ってくれました。お家の手伝いをしながら一緒に暮らしていて、それもすごく楽しかったんですけど、空を見上げるたびに思うんです。私はあの場所でどんなふうに生きていたんだろうって」


 そう言って、空を見上げるシャルに釣られた。煌々と照り輝く満月にかかるように、深く黒い影が浮かんでいる。


「その思いがどんどん強くなっていって、どうしたら空島に行けるのかおばあちゃんに相談しました。それで、Sランクになれたら空島に行けるから能力認定局にいくといいって教えてくれたんです。お別れは寂しかったけど、次に会う時は空島で見つけた私の昔の話をたくさん聞いてもらうんです」

「そうか……必ず空島に行こうな」

「はい!」


 それからメイドが持ってきてくれた夕食を食べながら、他愛もない話をした。夜が深まる頃には瞼が重たくなり、会話も途切れ途切れになっていた。




『おい』

 意識の遠いところで呼ばれているような気がする。きっと気のせいだ。今はどうしようもなく体が重くて起き上がれない。

「今すぐ起きろ」

 今度ははっきり聞こえた。ぞくっと悪寒が走って、目を開く――


 月明りだけが照らす夜空の下、フェンリルが俺を見下ろしていた。


 石の台座の上は空になっている。まさか、本物のフェンリルだったのか!?

 慌てて起き上がって距離を取る。シャルの方を振り向くと、この状況ですやすやと寝息を立てている。起こして全力で逃げるか……

「その女を起こしたらコロス」

 その言葉に身動きが取れなくなる。

「お前達、空島を目指しているらしいな」

 強い風が吹いて、フェンリルの毛がぶわっとなびいた。


「あの場所は選ばれた者しか立ち入ることが許されない。夢を見るのは結構だが、身の丈にあったものにした方がいい。時間の無駄だ」

 ギリっと奥歯を噛み締める。悔しいけど、ここでフェンリルに反論したらだめだ。怒らせたら、今度こそ死ぬかもしれない。じっと我慢すればいいだけだ。


「そこの女も哀れだな。空島に行けるだなんて本気で信じているんだから」

 その時、プツンと頭の中で何かが切れた。


「……いい加減にしろ」

「何だ?」

「確かに俺達が空島に行くのは無謀かもしれない。でも、シャルのことを馬鹿にするのは絶対に許さない」

 シャルの空島へかける思いも覚悟も知っている。それを「哀れ」だなんて、絶対に言わせない。

 俺の言葉に、フェンリルは口の端を吊り上げた。

「ほう、ならばお前の力を示してみよ。我は強いぞ。分かっていると思うが」

 肌で感じる殺気。明らかに格上だと分かる。でも、ここで諦める選択肢はない。

 相手は俺を下に見ている。だからその油断を利用する。


 俺は懐からナイフを取り出して構えた。そして振りかぶる。

「はぁっ……!」

 勢いよく投げ出されたナイフは、敵の目を狙って飛んでいく。フェンリルは余裕を見せるように、当たる寸前で首を横に逸らした。

「ふん、大した工夫もない」

 その瞬間、強い風が吹いた。

「ぐあっ!?」

 風に吹かれた大判の布がフェンリルの顔面に絡みつき、視界を奪う。上手くいった。


 きっとナイフを投げるくらいでは動じないと思っていた。ナイフを振りかぶって意識を向けさせている間に、足で地面に敷いた敷物をめくり上げる。そして風のタイミングを読んで敷物を飛ばした。


 敵の動きを抑えたその隙に大きく距離を取り、夕食に用意してくれた余りのスープ鍋に指先をつけて、一口含んだ。

 ドクン

「楽しくなってきたじゃないか」

 鋭い爪で敷物を引き裂いたフェンリルが言う。


 今の俺に出来るのは、毒と、毒による身体能力強化のみ。これで戦うしかない。

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