第10話 毒使いは説明を求める

 メイドに案内され、俺達は屋敷内の広間で依頼主と対面していた。


「やあやあ、説明が遅くなって悪かったねぇ」


 ご立派な口髭をいじりながら、依頼主かつこの家のあるじである男は悪びれもなく言った。


「あの石像は私が森を散策している時に偶然見つけたものでね。石像を守るために森を切り拓いて屋敷を建て、私の手で今まで大切に保存してきたんだよ。もう7年ほど前になるかな」


 なるほど、あの石像は正式な手続きを経て購入したものではなく、勝手に占有しているものらしい。それなら、あれだけの高額報酬を出せるのにも関わらず、国の警備隊や勇者に直接依頼するのではなく掲示板で素人に依頼するのも頷ける。


「最近になってうちの庭師が突然辞めると言い出して、理由を問いただしたら『フェンリルに襲われる』なんて真っ青な顔で言うんだよ。その頃から屋敷で不可解なことが起きるようになったんだ」

「不可解なこと、といいますと」

「厨房の扉が破壊されて中が荒らされたり、私の部屋から物が盗まれたりね。私の能力で屋敷内にいる人間の位置を把握できるのだけど、いずれの時も人間の反応はなかった。これを『フェンリルの呪いだ』なんて騒ぎたてて使用人がやめるものだから困ってしまったよ」


 そこで依頼主はやむなく石像を撤去しようと考えたのだが、石像に触れると俺達がさっき経験したようにフェンリルの殺気にさらされることになる。屋敷の使用人ではどうにもならなかったため、掲示板に依頼を出したのだと言う。


「人を集めるために報酬を吊り上げてみたけど、誰も彼も一度石像に触れたら尻尾を巻いて逃げ出すんだ。君たちみたいに私のところまで話を聞きに来たのは初めてだよ。だから期待しているんだ」

 そう言うと、依頼主は俺の方を見てニヤリと笑った。

「特に、君にはね」

 その視線にゾクッと悪寒が走る。じっくりと獲物を品定めしているようだ。

「……ご期待に添えるよう、頑張ります」

 

 広間を出ると、深いため息が出た。依頼主は話の締めに、依頼を受けている間の衣食住は約束すると言った。それはありがたい事だけど、あの依頼主も何か裏がありそうで気を抜けない。

 



 石像の前に戻ってくると、辺りは日が落ち始めていた。

「さて、どうする?」

「フェンリルさんに私達が敵じゃないって分かってもらうことが大切だと思うんです。だから、今晩はここで野宿しましょう」

「え、野宿?」

「はい! たくさんお話しして、私達のことを知ってもらうんです。そうして私達が敵じゃないって分かってもらえたら、今度はフェンリルさんのことを教えてもらうんです」


 せっかく客人用の部屋も用意してくれると言うのに、雑草がいきいきと育つここで野宿か……まあ、今回はシャルの感覚に従った方がいいのかもしれない。




 屋敷のメイドに用意してもらったランプに火を灯し、敷物の上に腰をつく。野宿の準備をしている間に、すっかり日は落ちてしまった。手元の淡い光だけが照らす中で、フェンリルは闇に息を潜めているみたいだ。


「準備出来ましたね。何から話しましょうか?」

「そうだな……」

 その時、ふっと思い浮かんだ。

「空島へ行きたい理由、聞いてもいいか? 俺は小さい頃にお世話になった人と再会するために空島を目指しているんだけどさ」

 シャルは出会った時からずっと空島へ強いこだわりがあった。その理由を今まで聞きそびれていた。

「そうだったんですね! それはとても素敵だと思います。……そうですね。私の理由、まだお話ししてなかったですね」

 そう言ってシャルは俺の方を向く。その寂しそうに微笑む表情にドキッとさせられた。


「私、記憶喪失なんです」



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