第7話 毒使いは脅迫する
「井戸に毒……? なんのことでしょうか」
「とぼけないでください。村の人に手足の痺れの症状が出るようになったのが一カ月ほど前。あなたがこの村にやってきたのも一か月前ほどだそうですね」
初めは毒の症状に苦しむ村の人のために、薬屋が常駐するようになったのかと思った。これが逆だったなら。
「初対面の俺に薬をすぐ用意できたのは、毒の症状だって知っていたから。この村の人は親切にも訪問者に水や食料を分けてあげるそうじゃないですか。今までにも、毒の水を飲んで具合が悪くなった客人を村の人がここへ連れてきたことがあったんじゃないですか?」
「そんな憶測だけで私を悪者にしようとしているんですか。ふっ、体の不調で気までおかしくなっているのでしょう」
「もちろんそれだけではないです」
俺はコップを持って見せた。
「あなたが用意したこの水には毒が入っていなかった」
村に井戸は一つだけ。つまり、自分だけ毒の入っていない水を用意していたということになる。それが出来るのは犯人だけだ。
「そんな……ロム先生! どういう事ですか!」
フレムさんが薬屋に詰め寄る。
「チッ……!」
薬屋はフレムさんを突き飛ばし、出口へ駆け出す。
捕まえようと手を伸ばしたが、あと一歩届かず空を切った。薬屋が扉を開けて、外へ飛び出す――
「させません!」
出口の近くに立っていたシャルは薬屋の腕をぐっと掴み、反対の手でフレムさんの背中に触れた。
「ヒールッ!」
「ぐっ、はぁ……っ!?」
生命力を吸われた薬屋は膝から崩れ落ちた。
「シャル! でかした!」
俺は薬屋の上に馬乗りになって押さえ込む。
「あ、あれ? なんだか体が楽になったような……」
フレムさんが不思議そうに言った。そしてシャルの方を振り向く。
「治してくださったんですね! ありがとうございます!」
「えっと、まあ、はい……あはは……」
不自然な笑いを浮かべて顔を逸らす。まさか、薬屋の生命力を吸い取って治療したなんて言えないからな。
俺は尻に敷いた薬屋へ目を向けた。
「解毒薬はどこにある」
薬屋は悪そうな笑みを見せた。
「あーあ、この村の老人達は勝手に毒水を客人に振る舞ってくれるから便利だったんだけどなぁ。外から来る客は金払いがいいし、村の奴は金はないけど俺を敬って……」
俺はその言葉を遮るように、水の入ったコップを薬屋の目の前に叩きつけた。
「そんな無駄口叩く余裕があるんだな。なら、これでも飲むといい」
水面に指先をつけると、透明な水は紫色に染まっていく。薬屋の顔が一気に強張った。
「もう一度だけ聞く。解毒薬はどこだ」
薬屋が吐いた解毒剤のありかをシャルに探してもらうと、大量の薬が見つかった。俺が薬を飲み、身をもって解毒剤の効果を証明した。そして、薬屋が逃げないように体を柱に縛り付ける。
俺はフロムさんの方へ顔を向けた。
「警備隊に身柄を引き渡しましょう。幸い、向こうの森に見回りがきているでしょうから、鐘を鳴らせばすぐ来てくれると思いますよ」
警備隊が常駐していない小さな村には鐘が設置されていて、それを鳴らすことで周囲を見回りに来ている警備を呼ぶことができる。見回りが通らないと悪人の身柄引き渡しに時間がかかってしまう場合もあるが、今日はそんなこともないだろう。どうして警備が近くにいるかということを考えると、今朝の逃亡劇を思い出して頭が痛くなってくるが。
開け放たれた扉から、騒ぎを聞きつけた村の人たちが覗き込んでいる。あまり注目を集めるのも都合が悪い。
「シャル、俺達は警備が来る前に村を出よう。行けるか?」
「もちろんです」
「あの! お2人には是非ともお礼をさせてください! 村のみんながあの毒に苦しんでいたんです。本当に、この気持ちをどう言葉にしたらいいか……」
「お礼だなんていいですよ。薬屋の持っていた解毒剤、効果は確かなので村のみんなに配ってください。ああ、それともう一つ。おじいさんに最初は疑ってしまって申し訳なかったと伝えてください」
「そんなこと気にされる必要はないですよ! むしろおじいちゃんからもお礼が言いたいくらいだと思います」
俺達にはあまり時間が無い。鐘を鳴らして警備がやってくる前に、できるだけ遠くに離れたほうがいい。
俺達は荷物を持って歩き出す。
「せめてお名前だけでも!」
その声に足を止めて振り向く。
「名前は言えません。俺達、悪者なので」
「何ですか、あの去り際の台詞! とってもカッコいいじゃないですか!」
駆け足で村から遠ざかりながら、シャルが目を輝かせて言った。
「いやぁ……改めて取り上げられると恥ずかしいんだけど」
名前を言わなかったのは、自分達の身を守るためでもあるし、村の人達が悪人である俺達を匿ったなんて疑いをかけられないようにするためでもある。
「颯爽と現れて村を救う、でも名前は明かさない。だって強大な能力のせいで世間では悪者になってしまったから! 哀愁のある後ろ姿……しびれます!」
「やめてくれっ!?」
これ以上は羞恥で悶えてしまう。
「それにしても、本当の悪者を捕まえることが出来てよかったです。結局、ドレインヒール使っちゃいましたけど」
「フレムさんは気づいてないみたいだったし、今回は大丈夫だろ。俺もつい頭にきて能力使ったしな……」
おじいさんを始めとする村の人たちの優しさが利用されていたなんて、フロムさんには聞かせたくなかった。薬屋の目の前に叩きつけたグラスは、フロムさんから死角になっていると分かっていた。
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
その声に後ろを振り返ると、そこには小さな男の子が俺達を追いかけてきていた。
シャルが男の子の前にしゃがみ込む。
「どうしたの? 迷子かな?」
「違うよ! お姉ちゃん達の後を追いかけてきたんだ!」
そう言うと、男の子は興奮したように両手を広げた。
「黒髪のお姉ちゃんがぐわーって悪者から力を吸い取っちゃうのも、金色の目のお兄ちゃんがお水を一瞬で毒色に変えちゃうのもすごかった! ワクワクした!」
ぶわっと汗が噴き出てくる。
「どうして、それを……!?」
俺の言葉に少年は首を傾げる。
「どうしてって……歩いていたら、急に薬屋さんの入口が開いて、どうしたんだろーって中を見てみたんだよ。やっぱりあのおじちゃん、悪者さんだったんだね」
慌てて俺は少年の前にしゃがみ込む。
「その話、誰かに話した?」
「ううん、まだ」
「じゃあここだけの秘密にしておいてくれるかな?」
「ええー、せっかくこれから村のみんなに話して回ろうと思ってたのにぃ」
そう言って口を尖らせる。
「えっと、その……実は、俺達は世界の平和を守る秘密組織の一員なんだ。俺達のことがみんなに知られると、悪者を倒しにくくなってしまうだろ? だから、今日見たことはみんなに内緒にしてくれないか」
俺の言葉に少年は頷いた。
「分かった。僕の宝物にするよ!」
「うん、ありがとう」
少年が村へ戻っていく後ろ姿を見送って、ハァっとため息をついた。
「まあ、これでどうにかなるといいけど……」
「世界の平和を守る秘密組織……私達だと表向きは『悪の』秘密組織でしょうか?」
「はいそこ、掘り下げないように」
シャルの感性が変なところで引っ掛かるのは気になるところだ。
「それで、今はどこへ向かっているんですか?」
「ここから1番近い中核都市、レオンバートだ」
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