第6話 毒使いは謎を探る
「ええっ!?」
シャルは大きく目を見開いた。
拍動が大きくなり、体が熱くなっているのを感じる。
「シャルは飲んでないよな?」
俺の言葉にコクコクと頷く。
偶然、毒耐性をもつ俺が先に飲んで気づいたからよかっただけの話だ。シャルに親切なふりをして毒を渡した奴がいる。丁重にお礼をしてやらないと流石に収まらない。
俺は立ち上がった。
「この水を渡してきた奴のところに案内してくれ」
「体は大丈夫なんですか!?」
「ちょうど温まってきたところだ」
村の門を抜けると、平屋が点々とし、その間からは黄金色の麦畑が見える。
その時、家の前で作業をしている1人の老人と目が合った。
「ああ、さっきの嬢ちゃん。隣にいるのが言っていた連れかな?」
シャルが俺の袖口を引き、声を潜めた。
「あの人です」
ふぅん、あれが?
俺は老人に近づいた。
「あんた、親切なふりして毒を渡すなんて、いい度胸してるな」
「ど、毒!? 一体何の話か……」
その時、家の扉が勢いよく開いた。
「おじいちゃん!?」
そう言って出てきたのは若い男だった。シャルの方を見て、首を傾げる。
「あれ、あなたはさっき食料をお渡しした……?」
なんだろうこの違和感は。そもそも、毒を渡した相手に自分から声をかけるか? この二人からは悪意や敵意なんてものが少しも感じられない。もしかすると、俺は何か勘違いをしているのかもしれない。
「立ち話もなんですから、うちへあがってお茶でもいかがですか」
その提案にシャルの方を振り向くと、俺と同じようにこの状況を不思議がっている様子だった。シャルが怖がっていないのなら、もう少し情報を集めてみたい。
俺達は男の後に続いて家に中へ入った。
ダイニングテーブルに老人と向かい合うように座る。
「すいません、これくらいしか出せるものがないのですが」
そう言って、若い男は人数分のお茶を運んできた。そして俺の前に置こうとした時、手が震えてコップを倒した。
「すいません、お怪我はありませんか!? すぐに拭くものをお持ちします!」
男は残りのお茶をテーブルに置くと、急いでキッチンへ駆けていく。その隙に、俺は手近なコップを掴んだ。
2つのコップのお茶を飲んだ後、老人が口をつけたコップを手に取る。
「君、一体何を……!?」
俺は老人に顔を向けた。
「どうして自分から毒を飲んでいるんですか?」
「え、毒?」
キッチンから戻ってきた男は驚いたように言った。この反応が演技には見えないし、何より老人が自分から毒入りのお茶を口にするのは不自然だ。
「このお茶はどうやって作ったんですか?」
「どうやって、と言われましても……井戸水と村で採れた茶葉を煮だして作るだけですよ」
俺は老人の方に顔を向けた。
「さっき彼女に渡した水はどこから?」
「井戸からです」
そうなってくると、井戸水が毒に汚染されている可能性が高い。
「その井戸に案内してくれませんか」
「分かりました。僕が案内します」
そう言うと、男は老人の方を向いた。
「おじいちゃんは家で待っていてね。またこの前みたいに外で倒れたら危ないんだから。ついでにロム先生のところでお薬貰ってくるよ」
「わしの分はいい。お前の具合だって悪くなっているんだから、そっちを優先しなさい」
「分かった、その話はまた夜にしよう。では行きましょう」
そう言って俺達に顔を向けると、玄関の扉を開いた。
男の背中に続いて、家々に面した砂利道を歩く。
「自己紹介がまだでしたね。僕はフレムと言います」
「フレムさんは具合が悪いのですか?」
シャルが心配そうに言った。
「ああ、心配をおかけしてしまってすみません。具合が悪いなんて言うと大げさなんですが、ここ一か月前くらいから手先が痺れるようになったんですよ。最近は畑仕事で使う鎌を握るのも難しくなってきて、困ってしまいますね」
そう言って苦笑いを浮かべた。
俺はフレムさんから少し距離を取り、シャルの耳元に顔を近づけた。
「まだ毒の原因がはっきりしてないし、あまり信用しすぎないようにな。俺達の能力はバレたらマズいんだから、同情してもドレインヒールは使わないように」
「わ、分かってますよぅ」
そう言って口を尖らせる。この反応はヒールで毒を治してあげようとしてたな。まあ気持ちは分かる。俺もこの人たちがわざとシャルに毒を渡したなんて思えなくなっていた。
しばらく歩いていくと、古びた井戸の前についた。
「村に井戸はここだけです」
井戸に取り付けられた桶で水を汲み出してみる。そして手で掬い、口に含む。
「やっぱり、これが毒の原因みたいですね」
「どうして井戸水に毒なんて……」
フレムさんが首を捻る。
「この井戸の中に入る方法はありますか?」
「手入れをするとき用の縄はしごがあります」
俺は用意してもらったはしごで水面まで降り、また地上へ戻ってきた。
「毒に汚染された原因は分かりませんが、井戸内の水から毒を取り除きました。ひとまずはこれで大丈夫だと思いますが、一度周辺の環境を確認してみてください。街の開発や毒性モンスターによって汚染されている可能性がありますから」
誰かが毒を入れた可能性も考えられるが、むやみに不安にさせるのも悪いので言わないでおいた。
「毒を取り除くって……そんなことが出来るんですか?」
「俺の能力なんです。触れた液体を雨水に変えるっていう」
何の役にも立たない無駄能力だと言われていたけど、少しは役に立てたみたいだ。
フレムさんは俺の手を取り、熱いまなざしを向けてきた。
「村のみんなも喜びます! ぜひ村を上げてお礼をさせてください!」
「い、いやぁ……それ程の事でもないですから。あ、そうだ! 飲み水にするなら綺麗にしてからの方がいいですよ。所詮、雨水なんで」
警備隊から逃げてきた身としては、あんまり目立つことはしたくない。俺は話を逸らした。
「なるほど……村のみんなに伝えておきますね!」
ともかく、これで一件落着した訳だ。
「すいません、薬屋に寄ってもいいですか?」
「おじいさんと話していましたよね。確か、ロム先生でしたっけ」
シャルの言葉に、フレムさんの顔が明るくなった。
「そうなんです! ひと月ほど前にやってきた方なんですけど、とっても優しいんですよ。私達は収入が少ないので、薬を売ってくれない先生もいらっしゃるんです。それに、うちの村のおじい達は村を訪れる人を見かけては食料やら水やらをすぐ分け与えるので、さらに貧しくて。ただでさえ最近は麦の収穫が減って自分達の生活も手一杯だっていうのに……」
「そうだったんですね。私が先ほどいただいた分はきちんとお支払いします」
「いいえ! そんなつもりじゃなかったんです。うちのおじいちゃんが勝手にやったことですし、お2人のおかげで毒のことも解決しましたから。話が逸れてしまいましたね。とにかく、私達に薬を売ってくれるロム先生にはとても助かっているんです」
そんな話をしていると、「薬屋」の看板を掲げた建物の前についた。フロムさんが入り口の扉を開ける。
「こんにちは、ロム先生」
中にいたのは、ふくよかな中年の男だった。
「いらっしゃい。おや、今日はお連れさんがいるんだね」
「はい、村に来ていたところをうちのおじいちゃんが声をかけたんです。それで、いただきたいお薬なんですが……」
「分かった。少し待っていなさい」
そう言って一度裏へ入って行くと、水の入ったコップと紙にのせた白い粉を持って戻ってきた。そして、俺の方に顔を向ける。
「君、この薬を飲みなさい。具合が良くなるから」
「あの、先生すみません。今日お薬をいただきたいのはうちのおじいちゃんの分なのですが……」
フロムさんがおずおずと切り出す。
「あ、ああ! そうだったのかい。そこの彼の顔色が悪そうに見えたから、つい先走ってしまったよ。いま用意するね」
どうして何も話していないのに俺に薬を用意した? 顔色が悪そうなだけで迷いなく薬を決められるのか。それとも体の不調が分かる能力だろうか。
コップと紙にのせた薬を手に取り、まずは水を口に含む。その時、疑惑が確信に変わった。
ごくん、と水を飲みこむ。
「井戸に毒を入れたのはあなたですね。ロム先生」
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