二章 気になる村がありました
第5話 毒使いは始まりを思い出す
森を抜けたところで、俺は足を止めた。というか、膝から崩れ落ちた。
「はぁっ……はぁっ……」
「大丈夫ですか!?」
俺の腕から離れたシャルが心配そうに俺を覗き込む。
毒の効力が切れたのか、さっきまで体中にみなぎっていた活力がなくなり、今はただ全身が泥の中に沈んでいくように重い。ただ、全力で走ったおかげで追手を撒くことは出来たみたいだ。
「だ、だいじょうぶ……少し休んだらよくなるから」
「私、元気が出るもの買ってきますね!」
そう言って、向こうに見える農村へと走っていった。
「はぁ……」
体の重さに任せて地面に倒れ込む。草の匂いと、視界一面に晴れ渡った青空。思い返すと、昨日から怒涛の展開だった。
でも今は不思議と清々しい心地がする。きっと俺1人だったら、空島へ行けないとは思いつつも諦めきれずにくすぶっていただろう。でも、絶対に諦めないシャルがいたから俺はまだ夢を追いかけることができる。色々と吹っ切れたのはシャルのおかげだ。
これからどんな困難があっても、必ず会いに行ってみせるから。空島にいるであろう、あの人の子供っぽく笑う顔が頭に浮かんだ。
*****
7歳の頃まで俺は周りに上手く馴染めず、孤児院の中でも浮いた存在だった。一人ぼっちだった俺の目の前に、その人は現れた。
確か、孤児院への寄付のための視察とかだったと思う。Sランク能力者はその財産や能力を慈善活動に使う場合も多い。うちの孤児院にも何度か視察が来たことはあったけど、もれなく上品な老人だった。だから、軽装で現れた爽やかな青年に一瞬で釘付けになった。
孤児院の子供たちも兄のような歳の彼に親近感が湧いたのか、わらわらと群がっていく。そんな子供たちに対して彼は笑顔で対応していた。話してみたい心とは反対に、体は石みたいに動かない。手元の本に視線を落とし、楽しそうに話す声を聞かないようにしていた。
「ねえ、その本面白い?」
上から声が降ってきて顔を上げると、その人が俺を覗き込んでいた。さっきまで群がっていた子どもはもう飽きたのか、またいつものように遊び始めている。
「別に。普通だよ」
急に声を掛けられたから、思わずそんなことを言ってしまった。
「そう。じゃあ、僕と普通じゃない楽しいことをしようよ」
そう言って手を差し出す。吸引力でもあるみたいに、俺は自然とその手を取っていた。
それから彼は定期的に孤児院へこっそり顔を出して、俺を外へ連れ出すようになった。
彼の言う「楽しいこと」は大体がとんでもないことで、崖から飛び降りたり、モンスターの寝ぐらを
「リップはさ、もっとワガママになってもいいと思うよ」
俺の腕に傷薬を塗りながら言った。
「そっちがワガママすぎるんじゃないの」
「だって一度きりしかない人生なんだ。好きなことをやらないともったいないだろ?」
そう言ってニッと笑う。
「一つやると決めたら、そのためには人も金も力もみんな利用してやるんだ」
「利用って」
「まあ、それくらいの気持ちってことさ」
そして俺の頭をぐしゃっと撫でまわす。今日はこれで帰るという合図だ。
俺達は荷物をまとめて立ち上がった。
「ああ、そうだ。孤児院へ来るのはこれが最後になる」
彼はそう言った。
「え?」
突然の言葉に頭が真っ白になる。
「元の仕事に戻るんだ。これは僕の個人的な用事だったからね。そろそろ働かないと色々言われて面倒だから」
孤児院にいる俺は自分から誰かに会いに行くことは出来ない。
「だからさ」
そう言って、彼は上を指差した。
「空島で待ってる」
それ以上の言葉はないし、俺もそれ以上聞かなかった。その言葉がどれだけ価値のあるものか分かっていたからだ。
Sランクである彼が俺なら空島へ行けると言っている。もちろん努力すればSランクになれるという訳ではない。能力は本人の素質や知識によって決まると信じられているが、結局は女神様の気まぐれだ。それでも、その言葉を聞いた瞬間、俺の人生の柱となる目標が決まった。
******
「お待たせしました!」
シャルの声がして、ハッと意識が引き戻された。
「親切な方がパンとお水をくれたんです! 外から来た人には優しくするのが信条なんだって、素敵ですよね」
「へぇ、そんな人もいるんだな」
この辺りはCランクが多く住んでいると聞く。ランクによる就職の制限があるから、ランクが高いほど豊かに、低いほど貧しくなる。自分の生活も苦労しているだろうに、他人にまで温情をかけれるなんてすごい人がいるものだ。
随分と走ってきたから喉が渇いていた。まずは水を口に含む。
「シャル……この水、毒だわ」
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