第4話 雑魚能力者は己の置かれた状況を理解する
「んはっ!? 私ったら寝すぎてしまいました!」
やっとシャルが目を覚ました。
「えっと、これはどういう状況でしょうか……?」
シャルが困惑するのも無理はない。目が覚めたら、昨日知り合った男が自分を抱きかかえて猛ダッシュしているのだから。
「あっちから声が聞こえたぞ!」
追手の声がする。
「まずいな……」
これは奥の手を使って撒くしかない。
「シャル、振り落とされないようにちゃんと掴まっておけよ」
「え? あ、分かりました!」
シャルは言葉通り、ぎゅっと目をつむり俺の首にしがみついた。
追ってくる足音は段々と近づいてくる。
「おい! 止まれ!」
木々の間を抜けて行くと、急にあたりが開けた。目の前には崖。
俺はスピードを緩めずに飛び降りた。
「川に飛び込みやがったぞ!」
頭上からはそんな声が聞こえる。
俺は掴まっていた
「びっ……くりしましたぁ」
シャルはそう言って胸に手をあて、大きく深呼吸する。
「悪い、追手を撒くにはこれしかないと思って。連中は俺達が川に飛び込んで逃げたと思っているから、しばらくはここに隠れていよう」
小さい頃、この森はあの人に誘われてよく遊んでいた。崖から飛び降りて壁に空いた穴に着地するという危険な遊びもあの人に教わったものだ。まさか役に立つなんて思わなかったけど。
俺達は地べたに腰をつけた。視線を感じてシャルの方を向く。
「リップ君、ほっぺたから血が出ています」
逃げるのに必死で切ったことにも気づかなかった。まあ、その程度の傷とも言える。
「ちょっと失礼しますね」
そう言って、俺の頬に右手を添えた。そしてじっと俺を見つめる。
「えっと、シャルさん……?」
「ヒール」
「え?」
「はい、これで治りました」
そう言われて頬を触ると、傷らしきものは一つもなかった。
「本当にすごいな。昨日の夜も治してくれてありがとう」
「いえいえ。昨日はリップ君が動けなくしてくれたドラゴンの生命力をいただきましたが、このくらいの切り傷ならちょっとの葉っぱで十分ですね」
「ん?」
今、なんて言った?
「えっとですね、こうして右手で治したい箇所に触れて、左手で生き物に触れると、その生命力を利用して傷を治すことが出来るんです」
「つまり、ドレインヒールってことか!?」
なるほど。これは思った以上に状況が悪いらしい。
「ちょっと、登録カードを確認してくれないか?」
俺の言葉にシャルはカードを見せてくれた。そこには昨日言っていた通り、「能力なし」の文字が書かれていた。
「そのヒール、誰に教わった?」
シャルは困った顔をした。
「それが分からないんです。昨日の夜、倒れたリップ君を見て助けなきゃと思って、それからは体が勝手に動いていました。体が覚えているみたい、って言ったら変ですけど」
うん、とりあえず俺達が置かれている状況は大体分かった。あまり理解したくはないけれど。
「シャル、よく聞いてくれ。無能力に認定されたお前がヒールを使えることがバレたらそれは能力隠ぺい罪という罪になる。しかもドレインヒールなんて魔族が持つような闇属性能力だ。罪はかなり重い」
俺は自分の登録カードを見せた。
「さっき確認したらFランクに変わってたんだ。俺達を追っていたのはこのあたりの警備隊で、森を出ようとしていたところを運悪く見つかった」
どうやら毒沼を浄化した件の調査で警備が厳しくなっているみたいだ。
「捕まれば登録カードの提示をしないといけない。Fランクになった俺はバレたら即アウトだ」
シャルは俯いていて、言葉にもならない様子だ。怪我人を治療しただけなのにバレたら罪になるなんて、ショックを受けるのも無理はない。
「そういう訳で、俺達は悪者を捕まえて英雄になるどころか悪者そのものになったってことだ。残念だけど、これが事実だ」
シャルはパッと顔を上げた。
「じゃあ、空島に行けないってことですか!?」
こんなことになったって言うのに、真っ先に気にするのはそこかよ。
「そこに誰かいるのか!?」
上から声がした。
「す、すいません、私が大きな声を出したせいで……」
そう言って肩を落とす。
このままじゃ居場所がバレて、2人とも捕まってしまう。いや、シャルは大丈夫か。登録カードを見せてもDランクと書かれているだけで、ヒールさえバレなければ済む話だ。ただ俺は捕まったら終わりだ。Fランクの収容施設に入れられて、一生出られなくなる。シャルをここに置いて、俺一人だけでも逃げるべきか。
崖の上の方が騒がしくなってきた。警備隊が集まってきているらしい。ここに踏み込まれるのも時間の問題だ。
俺はこの先ずっとこんな場面を経験するんだろう。誰にも本当のことを話せず、この世界の闇に隠れて生きていかなければいけない。一生逃げ続けるなんてことが本当にできるだろうか?
それなら、ここで決断したほうがいいのかもしれない。
「空島、行きたいんだよな?」
「はい」
真っ直ぐな瞳。彼女にはまだ希望がある。
「そうか。それなら一つ方法がある」
「なんですか!?」
「俺を捕まえればいい」
いつか逃げきれなくなって、どこの馬の骨とも知れない英雄志望の得点稼ぎになるくらいだったら、命を助けてくれたシャルの未来のためになったほうがいい。
「馬鹿なこと言わないでください!」
シャルが大きな声を上げるから、ドクンと心臓が跳ねた。
「私はこの世界では悪者かもしれないですけど! 心まで罪を犯したいとは思いません! 今まで何度も助けてくれたリップ君を犠牲にして、自分だけ空島へ行けばいいなんてそんなこと、死んでも言わないでください!」
眉は吊り上がり、目には涙が溜まっていて今にも溢れ出しそうだ。怒っているのと悲しいのがごちゃ混ぜになったような表情に、胸が締め付けられた。
「ごめん。シャルのこと、少しも分かってなかった」
シャルは赤くなった目元を拭って微笑む。
「これから分かり合える時間はいくらでもありますよ」
ふぅっと息を吐く。覚悟は決めた。あとはやるだけだ。
「俺達はこの能力至上主義社会じゃ悪者だけど、本当の悪者をこの手で捕まえて、英雄になってやろうじゃないか」
「はい。空島へ行きましょう、一緒に」
この瞬間、俺達はやっと運命を共にする仲間になれたと、そう思った。
「また荒い方法になるけど大丈夫か?」
「もちろん。どんと来いです!」
そう言って胸を叩く。
俺は腰につけていた水筒に指を突っ込んで、中の水に触れた。そして色が暗く澱んだのを確認して、少し口に含む。
ドクン
昨日の夜と同じ。鼓動が速くなって、身体が熱い。どうやら能力のおかげで毒耐性がついただけでなく、毒を飲むと身体能力が強化されるらしい。
横穴の出口には俺たちが使った蔦が垂れていて、ふらふらと揺れ始めた。この蔦でここへ降りてきているみたいだ。
「シャルのヒールは植物への生命力の移動もできるのか?」
「おそらく出来ると思います。やったことはないですけど」
「それなら、俺からその蔦へ生命力を移してくれないか? 瞬間に、最大出力で」
「わかりました!」
シャルが俺と蔦に触れる。
「ヒール!」
その一瞬、不思議な脱力感があった。
「うわぁっ!?」
上からそんな声がしてこっそり見上げると、先鋒として降りようとしていた隊員が急成長した蔦に巻きつかれて身動きが取れなくなっていた。どうやらうまく行ったみたいだ。
「あの人、大丈夫ですかね?」
「所詮はただの蔦だから切ればいいだけだよ。少しの時間稼ぎにはなると思うけど。じゃあ悪い、触る」
一応前置きをして、シャルの背中と足に手をまわす。そして、ふっと力を入れて身体を抱き上げた。
「リップ君! 目が黄色く光ってて、邪悪でカッコいいですね!」
「それ褒めてるのか……?」
まあ確かに、毒使いとドレインヒーラーのコンビって、なかなかに邪悪な感じがする。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
俺は思いっきり助走をつけ、対岸へ向かって飛び出した。
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