第3話 雑魚能力者に戦闘なんて分不相応だ
ドラゴンは口を開いてブレスのモーションを取った。空気中の水が凝結し、鋭い氷の塊を作り出す。
放たれた氷の塊は俺の頭を目がけて飛んできた。ナイフに当てて弾くと、近くの幹が裂ける音が聞こえた。こんなのが当たったらひとたまりもない。
連続で繰り出されるブレスに何とかナイフを当てていく。俺の延長線上にはシャルがいる。彼女を守りながらこいつを倒さなければいけない。
ドラゴンの心臓や頭は遥か上だ。まず届かない。それなら足を狙って動きを制限するしかない。
ブレスを回避するとともに近くの幹を蹴って、大きく飛び上がる。そしてドラゴンの右足首を目がけて体ごとナイフを振り下ろす。
「行け……!」
狙い通り、右足首にナイフの先端が当たったが、表皮を覆う頑丈すぎる鱗に刃が突き刺さることはなかった。その時、視界の端に鞭のようにしなる尾が映り、衝撃とともに空へ吹っ飛ばされた。
大きく浮き上がる体。景色がやけにゆっくり見える。
やっぱり俺には無理だったんだ。これから落下するであろう真下には紫色の毒沼。触れただけで普通に終わる。やっぱり分不相応なことはするべきじゃない。そう言いたいんだろう? 分かってるよ。
打ち上げられた体は最高到達点に達し、落下へ転じる。俺は真下へ必死に手を伸ばした。
でも俺がこのまま死んだらシャルはどうなる? 俺がこの森へ連れてこなければドラゴンに遭遇することもなかった。俺があの時、声を掛けなければ……!
俺が覚醒したのは「触れた液体を雨水に変える能力」。この毒を水に変えることさえできれば、即死は免れるかもしれない。そうなったら、みっともなくてもダサくても、シャルが街へ逃げる時間くらい稼いでみせる。
水面まであと少し。指先を伸ばす。人差し指の先端が水面に触れた。その一点は透明になり、その円が段々と広がっていく。
これは、いける……!
そう思った瞬間、バランスを崩してまだ浄化されていない毒の中へ体が沈んでいった。
息が出来なくて苦しい。それに毒が回っているのだろうか、体が熱い。落ちた時に少し飲み込んだみたいだ。口の中が少し苦くて独特な味がする。というか、あれ、俺まだ生きてる?
手足に力を入れると自由に動かせる。勢いをつけて周りの液体を大きく押しのけると、頭が水面から出た。
「っぷは!」
あたりを見ると俺を中心にして透明な水が毒沼を侵食していっている。よく分からないけど、どうやら助かったらしい。
正面を見上げると、ドラゴンがこちらを睨んでいる。今は全身に力がみなぎっていて、不思議と怖くなかった。
俺が沼からあがると、ドラゴンは少し後ずさりをした。
「さあ、続けようか」
ドラゴンから放たれる無数の氷の塊を避けながら距離を詰めていく。体が軽くてよく動くみたいだ。地面には氷が溶けたことで水たまりが出来ていて、走るたびにしぶきが上がる。
ブレスは諦めたのか、ドラゴンは俺の胴体を目がけて尾を大きくしならせた。俺は体勢を低くし、スライディングで回避する。そしてドラゴンの背面に回ると、右手でナイフを振りかぶった。
『グぎゃあア』
ドラゴンが甲高い叫び声を上げる。まだナイフを刺してもいないのに。
その時、ドラゴンの背中を押さえた左手が紫色の液体で濡れていることに気づいた。もしかして毒か?
見ると、さっき走ってきた道の水たまりが一部紫色に染まっていた。恐らくスライディングした時に通ったところだ。毒が鱗についただけなのに、ダメージを受けたということか。
これは、使える。
しゃがみ込み、足元の水たまりに触れると紫色に染まった。ドラゴンの尾や腕を足場にしながら体を掛け上がっていく。そして顔の正面に飛び出すと、驚いた様子のドラゴンと目が合った。
突然目の前に現れた敵に対して、ドラゴンは口を開けてブレスのモーションを取った。こんな至近距離じゃ避けようもない。ブレスを吐けたなら。
「そうくると思ってたよ」
俺は大きく開いた口に毒のついた左手を押し込んだ。ドラゴンは腕を噛みくだこうとしたが、途中でうめき声を上げながら俺を投げ飛ばした。
受け身も取れず、俺はそのまま地面に倒れこんだ。さっきまでの力は尽きてしまったのか、もう指先一つも動かせない。ぼんやりとしてきた視界では、大きな巨体が地面に吸い寄せられていくのが見えた。
やったんだ、俺……
遠のいていく意識の中、俺は達成感で心が満たされていた。
「……ル! ……ル!」
何か騒がしい声がする。薄眼を開けると、青い空と誰かが俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
目を開けると、ぼろぼろと涙をこぼしながらシャルが俺の胸を押さえていた。
「シャ、ル……?」
「よかった!」
そう言って思いきり抱きついてきた。
「ちょっと、苦しい……」
俺の言葉に慌てて体を離した。
「ああ、すいません! もしも目を覚まさなかったらと思っていたので」
「俺も正直ダメだと思ってた」
力を込めて体を起こす。全体的にだるさはあるけど、痛むところはなかった。骨は完全にいかれていると思ったのに。
「もしかして、シャルが治してくれたのか?」
「初めてだったんですけど、成功してよかったです」
そう言って嬉しそうに笑う。そして、パタンと地面に倒れこんだ。
「えへへ、安心したら気が抜けちゃいました。少しだけ眠りま……す……」
そのままスヤスヤと穏やかな寝息を立てる。目の下はクマが出来ていて、夜のあいだ、ずっと俺を治療してくれていたんだろう。目が覚めたら、ちゃんとお礼をしないとな。
なあ、シャル。お前は知らないだろうけど、無能力者に認定されたお前がヒールを使えることは罪なんだよ。
具体的に言えば能力隠ぺい罪。元々使えたのを隠していたのか、偶然使えるようになったのかは分からないけど、能力認定局で「無能力」と認定された者が実際は能力保持者だとバレたらそれは罪になる。能力至上主義のこの社会では全ての能力・能力者を管理下に置くことが原則とされ、そこから外れれば刑罰の対象になる。
そして色々マズいのは俺も同じだ。触れた液体を雨水に変える能力だったはずが、戦闘の最後には水を毒に変えることが出来ていた。認定された能力が向上したり低下するのは罪にならない。そして時折ランクも変動することがある。AランクやBランクになったのならいいが……何だろう、嫌な予感がする。
懐に入れた登録カードを恐る恐る取り出した。
『リップ・ライラック 能力:毒沼 Fランク』
その時、少し離れたところから話し声が聞こえた。
「お前聞いたか? 特級モンスター討伐用に用意されていた毒の沼地が浄化されていたらしいぞ」
「ああ、今朝からその話で持ちきりだからな。何でも騎士団が1年かけて準備した計画がパーになったとか」
「どういうつもりでそんなことをしたのか知らないが、犯人が見つかったら投獄じゃすまないな」
あ、終わったわ。俺。
爆睡しているシャルを抱え、全力でその場を逃げ出した。
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