第2話 雑魚能力者に世間は厳しい

「世間は……もっとDランクに優しくするべきです……」

 そう言って彼女は肩を落とした。

 日も傾いてきたし、ひとまず腹ごしらえをしようということになったのだけど、店に入る時にランクカードの提示を求められた。


「まさか店にも入れないとはな。仕方ないから、どっかの露店で食料調達して外で食べようぜ」

「そうですね。そっちの方が冒険の始まりって感じがしてワクワクします!」

 彼女は両手で握りこぶしを作った。


 15歳の誕生日を迎えると、女神によって祝福された「能力」が覚醒する。能力は優秀な順に、S・A・B・C・Dとランクが付けられ、ランク確定後はそれに従って仕事やその後の生き方が決定する仕組みだ。

 また、その通常のランク付けとは一線を画した、Fランクと呼ばれる能力がある。この能力は凶悪すぎるため、認定されると国の収容施設に入れられて二度と自由に生きることは許されなくなる。ごくまれに収容施設から脱走することがあるが、そうなると国中で指名手配され、英雄志望者や報奨金狙いの標的になる。


 食事を買い、街から少し離れた森の中で焚火を用意する。この街はAランク能力者が多く住んでいるから差別意識が強いんだろう。人目を避けたほうが能力の話もしやすいから、まあ良しとする。

 いつの間にか日は落ち、焚火の明かりが俺達を照らす。


「英雄になるって、まずは何をしたらいいんですかね……はむっ」

 そう言いつつ、彼女はサンドイッチにかじりついた。

「まずは情報収集だな。Fランク指名手配能力者の基本情報は能力認定局みたいな公的機関に行けばすぐ見せてもらえる。まあ、あの場所には二度と行きたくないけど」

 昼間の毒舌認定官が「まさか英雄を目指しているんですか? その雑魚能力で?」と嘲笑う姿が浮かんで、ため息が出た。


「しょうなんでしゅねぇ」

 おかしな反応が返ってきて隣を向くと、彼女は残念なほどにだらしない顔でニコニコと笑っていた。


「って、酒臭っ!? そのサンドイッチに入ってるの、もしかして酒漬けのフルーツか?」

「えへへ、にゃんだか気分がいいんでしゅ」

 そう言いながらも頭はふらふらと揺れている。

「分かったから。ほら、とりあえず水飲めよ」

 俺が差し出したコップを手荒く掴むと、グイっと一気飲みした。そして彼女は右手を夜空に挙げる。


「はぁい! 私、『Dランク』で『むのうりょく』だけど、精一杯頑張りまぁす!」


 ん? 今、おかしい単語が聞こえた気がする。


 彼女は空に掲げていたその手を、俺の方へ勢いよく振り下ろした。俺の顔面スレスレを通って指先が停止する。


「私の名前はシャル。あなたは?」

「え、名前? 俺はリップ。いやそんなことより」

「リップ君ですね! 握手しましょー!」

 そう言って俺の手を掴み、ブンブンと上下に激しく振る。誰かと手を繋ぐのなんて何年振りか……じゃなくって、

「さっき、自分のこと無能力って言った?」

 俺の言葉に一瞬首を傾げた後、彼女はへらっと笑った。

「そーですよぉ? 私は無能力でーす!」

「はぁぁ!?」

 こいつ、無能力なのに「英雄になる」だなんて言ってたのか!


「リップ君の能力はなーんですかー?」

「触れた液体を……あ、雨水に変える……」

 改めて口に出すと、恥ずかしくて声がしぼんでいった。

「それ、何に使うんですか?」

「うっさい!! お前もDランクなんだから文句言うな!」

 俺のキレ方がツボに入ったみたいで、シャルはしばらくケラケラと笑っていた。

「あはは……もう、こんなに笑ったのなんて初めてかもしれないです。ずっと空島に行くことしか考えてこなかったので」

「なあ、どうして空島に……」


 その時、地面を震わせるような唸り声が聞こえた。


「今の音は何ですかね?」

「おい! 逃げるぞ!」

 状況を理解していないシャルの腕を掴んで立ち上がらせる。その間にも木々を薙ぎ倒す音がこちらへ近づいてきていた。


 この声と夜行性であることを考えると、ダークドラゴン系のなにかだろう。鋭い爪と牙を持ち、成体なら人間の身長の5倍以上にもなる。

 あたりを見回すが、月が雲に隠れていて遠くまではよく見えない。ひとまず音が聞こえた方と反対方向に走る。


「きゃあっ!?」

 後ろを振り返ると、シャルが木の根につまずいて転んでいた。

「背負っていくから俺につかまって……」

 その時、月が出たのかあたりが明るくなった。


「マジか……」

 目の前に現れた青黒い巨体は鋭い眼光で俺達を見下ろしていた。


 この色ってことは氷ブレスを吐くグラースドラゴン。しかもこの大きさなら成体の中でも大きい方だ。つまりAランク能力の勇者が討伐するようなレベルってことになる。それに対して俺達は、雑魚能力と無能力。


 ドラゴンが地鳴りのような唸り声をあげる。その迫力に悪寒が全身を巡った。

 助けを待つ余裕はない。生きるか、死ぬか。それだけだ。


「リップ君……」

 シャルが不安そうな瞳で俺を見上げる。


「大丈夫。こいつに勝てなかったら、英雄になんかなれないからな」

 強がりなのは分かってる。でもやるしかない。

 俺は懐からナイフを取り出す。

「はぁぁぁあ!」

 そしてドラゴン目がけて一直線に走り出した。

 



 

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