悪の力が覚醒しました~この世界の悪者ですが英雄になれますか?〜

亜瑠真白

一章 能力が覚醒しました

第1話 無駄能力者が2人集まると今日は厄日になるらしい

「おめでとうございます! あなたが覚醒したのは『空間飛行』能力、Aランク能力者に認定いたします!」

 祝福する明るい声色。周囲からも「おおっ!」と歓声が沸く。

 この能力至上主義世界でSランクに次ぐ上位ランクAランクに認定されれば、この先の人生は保証されたようなものだ。


「ちょっと。聞いてますか?」

 その声に意識を戻すと、目の前に座る女認定官は眉間に皺を寄せていた。

「すいません、もう一回言ってもらえますか?」

 俺の言葉に、認定官はめんどくさそうにため息をついた。


「ですから、あなたに覚醒したのは『触れた液体を雨水に変える』能力。よって、能力はDランクだと言っているんです。分かります? ダメのDランク」

 そう言って、机の上に置かれた登録カードをトントンと指さす。


「ほら、このカードにDの文字が浮かび上がっているのが分かりますよね? リップ・ライラック、あなたの名前が記されています。能力についてもここに。とんだ雑魚能力ですが」


 薄い仕切りを隔てた近くの席はちょっとした人だかりが出来ていて、お祝いの言葉が聞こえてくる。

 そんな盛り上がりとは対照的に、目の前の認定官は冷え切った目で俺を見ていた。


「でも、もしかしたらこのカードの表示が間違いっていう可能性も……」

「ないです。Aランク能力者である認定官の仕事にケチをつけることは罪に問われると、もちろんご存じですよね。二度目はないです」

「あ、はい……」

「それでは残りの手続きですが、これがご案内できる職業一覧、こっちがDランク能力者用の職業……」


 ああ、終わったわ俺。Sランク能力が覚醒して、天空に浮かぶあの島にいる憧れの人との約束を果たせるんじゃないかな……なんて夢を見ていたけど、現実は遥かにハードモードだった。


 普通、平均、平凡であるCランクよりも下。居ても意味がないムダ能力者、雑魚の代名詞。それがこの世界におけるDランク能力者への認識だ。


 この先の人生で何かを成し遂げたり、誰かに期待されることはないんだろう。この日のためにずっと努力してきたことも、結局全ては女神様の気まぐれで無駄なことだったって訳だ。

 荷物を持って席を立とうとした、その時だった。


『おねがいじまずぅ! なんでもじまずがらぁぁ!!』


 仕切りを隔てたすぐ隣からそんな女の声が聞こえた。


『泣きつかれても困ります!』

 きっとこれはその女の認定官の声だろう。クソ、俺の認定官より当たりが優しい。

『わたじも困るんでずぅ! で、Dランクなんてぇ……』


 そうか、隣の女もDランクに認定されてしまったらしい。ああ、困るよな。俺もそうだよ。でもそんなこと言って喚いたって、上位ランク者の言うことは絶対なんだから。


 はぁっと深いため息が聞こえて目の前に視線を戻すと、俺の毒舌認定官と目が合った。


「一日に2人もDランク認定者が出るなんて、今日は厄日ですね。私はそっちのがあるので、さっさとお帰り下さい」


 そう言って席を立ち、隣に移ろうとする。その間にも聞こえてくる声は大きくなっていた。


『Sランクじゃないとダメなんでずよぉ! どうにがじでぐだざいぃ!』

『む、無理に決まってるじゃないですか! あまり言いたくはありませんが、これ以上業務の妨害をするのであれば……』


 バカ、このままじゃ本当に不敬罪で牢屋行きになるぞ。分かってんのか?


『空島にいぎだいんです……!』


 その言葉で体が勝手に動いて、隣に飛び込んだ。 


「うちの連れがすいません!」


 認定官と、目元を濡らした女がこっちを向く。このあたりじゃ珍しい漆黒の長い髪、すっと通った鼻筋、少しツリ目で澄んだ瞳。きっと普段なら美少女の部類なんだろう。今は涙なのか鼻水なのか分からない液体でそれどころではないけど。


「ほら、行くぞ」

 その細い腕を掴んで無理やり椅子を立たせる。

「どう、して……」

 女が小さく呟く。俺は女の耳元に声を潜めた。

「一生空島に行けなくなるぞ」

 俺の言葉に女はハッと息を飲み、口を閉ざした。

「それではお騒がせしました。これで失礼します」



 能力認定局の建物を出たところで、俺は掴んでいた腕を離した。

「お前は馬鹿なのか!?」

「ばっ、馬鹿とはなんですか! 初対面なのに!」

「認定官にあんなに噛みついて、危うく牢屋に入れられるところだったんだぞ!」

「どうしてあれだけのことで牢屋に入れられないといけないんですか!」

不敬罪ふけいざい知らないのかよ!」

「ふけい、ざい……?」


 女は首を傾げた。この様子じゃ本当に知らないらしい。


「上位能力者に逆らうことだよ。Aランクは投獄で済むけど、Sランクなら処刑だな」

「しょ、処刑……」

 顔がサッと青ざめる。さすがに脅しが過ぎたらしい。

「まあ気をつけろってことだよ。それにしても、これからどうすっかな……」


 孤児院の生まれで、「能力認定の儀」を終えたからにはもう帰る家はない。ずっと思い描いていた夢もさっき潰えてしまった。


「色んなことを知ってるんですね! カッコいいです!」

 嫌味のない、キラキラした目で見られて俺は顔を逸らした。

「別に、このくらい……」

 カッコいいなんて、初めて言われたかもしれない……

「それなら、Dランクでも空島に行く方法も知ってますか?」


 Sランク能力者のみが居住を許される、天空に浮かぶ都市「空島」。Sランクになれなかったこの世界の大半の人間は、地面からその姿を見上げることしかできない。ある一つの方法を除いて。


「知っていないこともない」

「本当ですか!? ぜひ教えてください!」

 迫ってくる彼女を焦らすように、一つ呼吸を置いた。


になることだ」


 俺の言葉に彼女は首を傾げた。まあ不敬罪のことも知らないのだから、無理もない。


「年に一度、女神様が大地を創造したとされる記念日に空島で盛大な式典が開催される。その式典で、世界平和のために活躍した人物や団体を『英雄』として表彰するんだ。その英雄に選ばれれば、ランクが何であっても空島に行ける」


 英雄に選ばれれば、その式典に参加できるだけでなく一年間の空島滞在許可が得られる。表彰で得られる莫大な富も、空島に住めるという名誉も同時に手に入る訳だ。


「分かりました! 私、英雄になります!」

「いや、話は最後まで聞け。英雄は年に一度の式典で表彰されるとは言っても、該当者がいなければ選出されない。まあ、言ってしまえば国害能力に指定されているFランク能力者を数人捕まえたり、魔王を倒さないといけないってことだ」


 結局のところ、俺達みたいにDランクのザコ能力しかない奴には到底無理な話だ。  


「これで分かっただろ? 俺だって空島に行きたかったけど、Dランクになった時点で諦めるしかないんだ」

「でも、それが出来ればいいんですよね?」

 彼女は臆する様子もなく言った。その無知な反応が荒だった神経を逆撫でする。


「話聞いてたのか!? Fランク能力者っていうのは国を亡ぼすような凶悪能力を持つヤバい奴なんだ! それに魔王は国一番の騎士団を送り込んだのに一人も帰ってこなかったって話があるくらいだし! アンタはよく知らないかもしれないけど、Dランクじゃ相手にならないんだって!」


 自分の言葉が自分に刺さる。俺だって本気で空島へ行きたかった。ずっとずっと憧れ続けて、でもDランクだと宣告されてすべてを諦めた。そう心に言い聞かせないと、悔しくて苦しくてどうにかなってしまいそうだったから。

 俺とは対照的に彼女は穏やかに微笑んだ。


「教えてくれてありがとうございます。それでも私は、残された方法が一つしかないのなら英雄を目指します。たくさんの人の生活を守ることが自分の目的に繋がるなんて、頑張りがいがあるじゃないですか」


 俺たちには無理だってどうして分からない。ここまで言ってるのにどうして英雄になるだなんて言える。


「先ほどは助けてくれてありがとうございました。これで失礼します」


 彼女はお辞儀をすると、俺に背を向けて歩き出した。俺よりも小柄で細い体。おまけにDランク能力者。こんなの、死にに行くようなものだ。


 初めて俺にカッコいいなんて言ってくれたのに、ここで見捨てたら俺は一生カッコ悪いじゃないか。


「クソ……っ!」


 俺は駆け出して、彼女の腕を掴んだ。振り向いた彼女は驚いた顔をしていた。

「俺も行く」

 その言葉に彼女はふふっと笑った。

「お人よしですね」

 


 この時の俺達はまだ知らなかった。「金眼の毒使い」と「漆黒のドレインヒーラー」と呼ばれ、この能力至上主義社会を敵に回すということに。

 

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