9話 ~ユーシアは黒髪少女に詰問する~
「ふーん、それで? 悪い人たちにお金を取られて一文無しだから、食事代を巻き上げようとしたと」
「そうよ」
「そうよじゃねぇんだよ! 僕からすればお前らが悪人だからな!?」
まず最初にワカメが語ったのは、どうして自分達が昼の食事代にも困窮しているかについてだった。
オルテンシアさんは男性に仕事を紹介すると言われてついていったらどうやらエッチな仕事だったらしい。なんとか逃げ出すことはできたが、その男性に財布をすられてしまったようだ。一方でワカメは、チンピラ集団に売りつけた道具がすぐに壊れたことで、弁償という名目で有り金を奪われたとのこと。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ、ああ゛っ!? ワカメちゃんと悪いことしたのバレちゃって宿のお姉さんがすごい顔でこっちみてるぅ……!? ち、ちがうんです、私なんにも知らなかったんです!」
「ちょっとオルテ、なーに自分だけ関係ないみたいな顔してるのよッ! あんたもバッチリ協力してたじゃない! ていうか、あんたが余計なこと言ったせいでバレたんだから責任取りなさいよ!」
「うぇええ゛っ!?」
正直に言えば、ふたりの事情だけ聞けば「可哀想に」と思ってもおかしくない話だった。だが今度は加害者側になっているのだから微妙に同情しきれない。
とはいえ、食うに困ってのおこないという点と、金を騙し取ろうにも食事代だけにしていたところを加味して、僕は彼女達の詐欺行為を一応は許すことにした。正直ルーシャンと旅をしていた僕からすれば、この程度の犯罪はかわいいものだと感じなくもないからだ。……改めて考えても毒されすぎでしょ僕。
「まあ、事情はわかったよ。そんで、僕とオルテンシアさんがぶつかった件についても種明かししてくれる?」
「はあ? なんでそんなことをあんたに教えなきゃ――」
「わ、ワカメちゃん、もうここまできたら隠し事はやめときましょうよっ。それに、わたしも気になりますッ!」
「ん……? オルテンシアさんも知らないの?」
「はい! わたしはワカメちゃんに適当に声をあげながらあの道を走って欲しいって言われて、そのとおりにしてただけですから!」
なんとなくそうではないかと思っていたが、オルテンシアさんは詐欺行為に利用されていただけのようだ。まあ、見るからに嘘とか絡め手とかも苦手そうではあるし納得だ。あほっぽいとも言う。
「な、なによ、ふたりしてあたしを見て……わ、わかったわよ、言えばいいんでしょ言えばッ! その代わり、触れ回ったりしたら許さないわよ!」
「わかってるよ。なりふり構わず報復とかされるのも怖いし誰にも言わないって」
「わ、わたしも、ちゃんと秘密にします……!」
「でも、お酒飲んじゃったときと、寝言は許してください!」と、悪気もなく言ったオルテンシアさんの頭をワカメが勢いよく叩いた。
ワカメはため息を吐きながら椅子に座り直し、「ギフトよ」と、短く口にした。
「まあ、特殊な魔法かギフトのどっちかだとは思ってたよ」
「……まあ、そうでしょうね」
「それで、どんなギフトなんだ?」
まず思いつくのは、ひとを転移させるようなギフト。他には、認識を狂わせる類だろうか。
街のひとがワカメの主張に同調したことも考えれば、己の言葉を他人に信じさせる能力という線も……いや、その場合だと、突然オルテンシアさんが横からぶつかってきたことの説明にならない。
「……くッ……」
「……く?」
詐欺行為を見逃してもらうためとはいえ、やはり自分の能力を会ったばかりの人間に教えるのは抵抗があるのだろう。とはいえこちらも食い下がれない。
成り行きを見守っていると、なにかに耐えるように強張っていたワカメの顔面から、しだいに諦めに似た脱力が広がった。そしてワカメはまたしても短く、
「ギフトは【屈折】よ……」
「……くっせつ?」
「なんですかそれ……?」
覚悟を決めて口にしたのだろうそれに対して、あまりに間の抜けた僕らの返答に、ワカメは「はぁ~」と額に手を当てて首をふった。
「簡単に言えば鏡のような……いえ、蜃気楼みたいなものかしら」
「しんきろう……ですか~?」
「あー、オルテンシアさん、蜃気楼っていうのは……えっと、この場合、なんて説明すればいいんだ……?」
ぽけーっとした態度でオウム返しをするオルテンシアさんに反射的に蜃気楼について説明しようとするが、正直僕も現象自体は知っていても、それが起きる原因や仕組みに関しては詳しくない。すると、言葉に詰まった僕の代わりにワカメが喋りだす。
「いい、オルテ。蜃気楼ってのはね、空気中の暖気と冷気の間を……」
「……??」
「はあ、簡単に言えば、とある理由によって生じた光の屈折のせいで、近くにあるものが見えなくなったり……逆に本来見えないはずの遠くの光景が近くにあるように見えたり、引き伸ばされたり歪んだり、逆さまになった状態で見える現象のことよ」
「へー、詳しいな」
「さすがワカメちゃんですッ!」
説明されてもなにも分かってなさそうなオルテンシアさんはともかくとして、ワカメの知識に僕は普通に感嘆してしまう。ただの性根ねじれ少女ではなかったらしい。
「うっさいわね、勉強したのよ!」
「……あー、まあそうだよな。自分のギフトのことだもんなぁ」
「話を続けるわよ? 私のギフト【屈折】は光の屈折を操ることができる、といっても限度はあるけどね。……そうね、じっと固まってる人間なら三人まで、動いてる人間ならひとりまで。効果は、まわりから見えなくさせることができたり、離れた位置にいるように見せることができるわ。たとえば、こんなふうに、ね?」
ワカメはやや自慢げにそう言うと、パチンッと指を鳴らした。
同時に僕は目を見開くことになる。
「えっ!?」
「えっと、どうしたんですかユーシアさん、そんなに驚いた顔でこっち見て……」
そりゃ驚くに決まっている。
ワカメが指を鳴らした瞬間、オルテンシアさんの姿が唐突に消えてしまった。
だが、声は変わらず聞こえているうえに、相手からはこちらが見えているようだ。
つまるところ見えないけれど、オルテンシアさんはちゃんとそこにいる。なるほど、これが【屈折】のチカラ――ワカメのギフトというわけか。
「ふんっ、なにをその間抜けヅラ。さて、次はこっちね」
そう言いつつもどこか満更でもない様子のワカメ。
すると彼女は手を払うような動作のあと、再び先ほどと同じように指を鳴らした。
その瞬間、僕の視界にオルテンシアさんの姿が戻ってきた、と同時に――。
「あ、あれぇ~~っ!? ゆ、ユーシアさんっ? ユーシアさんが消えちゃいました! どどどどどうしましょう! お話が終わったらご飯を奢ってもらうつもりだったのにっ!?」
おい。……おい。
「……あ、あんたねぇ……? てか、全部聞こえるわよ。ほら、この通り……」
そして、またしてもなにかを払う動作。
「あ、あれぇっ!? ユーシアさんがいきなり現われました! ああッ、どうしましょう! しれっとご飯食べて、しれっと奢ってもらおうとしてたのバレちゃいましたよ、ワカメちゃんッ!!」
「知らないわよ。あと、まるで私が立案したみたいに言うのやめなさい」
「ま、まあまあ、その話は置いておいてさ。【屈折】かぁ……なるほど、これをつかって、端から見れば僕からオルテンシアさんに自らぶつかりに行ったように見せたってことか。本当はむしろ道を譲るように動いていたのに」
「まあそういうことよ。ちなみにオルテは道を譲るどころか急に前に出てきたあんたをとっさに避けようとしたけど、そのせいでかえって本物のあんたとぶつかってしまったってわけね。元々の作戦はオルテが転びでもしたら慰謝料とでも言ってお金を要求するつもりだったのよ」
「はあ……なるほどな」
このワカメという少女、ただキレやすい悪人ってだけじゃなくて、ちゃんと知識もあるし、頭も回るタイプだ。それにギフトだって十分強力なものを持っている。
……だというのに、
「なあ、ワカメ、なんで詐欺師みたいなことやってんの?」
「みたいなって、あんたね……まあいいわ。それにあたしだって戦闘向けのギフトを持っていたら今頃凄腕冒険者として活躍してたわよ」
「いやまあ、ギフト自体に破壊力があるものではないけど、例えば魔法とか、それこそ剣術とか……そういう他に戦う術があれば、【屈折】は戦闘でも強力な武器になるだろってことさ。武器とか魔法とかを敵から見えなくすることもできるじゃん」
「そうですよ、ワカメちゃん! 武器や魔法を隠しちゃうなんて凄いですよ!?」
「それだけじゃないよオルテンシアさん。なんなら手にしてる武器ごと自分の姿も隠せばいい。嗅覚に優れた魔物には効果は薄いかもしれないけど、案外視覚に頼ってる魔物も多いんだ。それに対人戦に至っては達人相手でもなければ無敵といってもいいくらいだよ」
「お、おおぉ゛! さいきょーですよ、ワカメちゃん! ぜひ、ぜひ、す~ぱ~冒険者になって、わたしを養ってください!!」
「え?」
「え?」
本人を置いて、僕らが勝手に盛り上がっていると、唐突にオルテンシアさんがおかしなことを口にした。
思わず怪訝な顔でオルテンシアさんを見つめてしまう。きっとワカメも同じような顔で彼女を見ているに違いない。……何度見てもオルテンシアさんは、きれいな顔をしていた。しかし、悲しいことにアホズラだった。
「てか、ひとのギフトの話で勝手に盛り上がるのはやめてくれないかしら?」
――それに……と、ワカメは今日初めてみる赤面で呟くように言った。
「魔法とか、武器とか……ダメだったのよ。いえ、それだけじゃないわ! 魔法もあらゆる属性を試してみた……でもダメ! 武器も剣だけじゃなくて、槍に短剣……果てには体術だって勉強したのに、ダメだった! それだけじゃないわよ! 武器ごと姿を隠したとしても、まともに振れないどころか今度は自分の得物で怪我する始末! ふざけるんじゃないわよ、運動音痴にも程があるでしょ!?」
「ど、どうどうどう……」
ついには獣のような顔つきで自分自身にキレ始めたワカメ。
そんな彼女を落ち着くようになだめていると、
「……うう、ワカメちゃんにそんな秘密があったんですね。ぐすん、せっかくギフトを活かそうと努力したのにこれっぽっちも才能がないダメな子だったなんて。わかります、わかりますよ、私も故郷ではダメな子扱いばかりでしたから。……ワカメちゃん、ダメな子同士これからも仲良くやっていきましょう……!」
「こ、この、ぽんこつエルフ……ッ! 何回あたしのことダメな子っていうのよ! なーに仲間を見つけた~みたいな嬉しそうな顔してるのよ! あんたと、一緒に、すんな、この、へっぽこ駄エルフがッ!」
「い、いたいですぅっ、あ、あたま、頭叩かないでぇ~っ」
ベシベシベシ、とオルテンシアさんの頭部を繰り返し平手打ちをするワカメ。正直、無意識だろうがあんだけ煽られたらキレて当然だ。今だけはオルテンシアさんを助ける気にはなれなかった。
「まあ、とりあえず色々とすっきりしたよ。オルテンシアさんにも宿を紹介してもらえたし。……うん、さっきのことは水に流すよ」
事情も聞いたし、種明かしもしてもらった。良さげな宿も見つけることができた。
ついでエルフという存在が意外とへっぽこだと知れた。いやオルテンシアさんだけがおかしい可能性も……?
まあいいだろう。ここらへんが潮時だ。
「ふーんそう。まあここまで話させておいて騎士団に言いつけるとか言ってたらぶっとばしてたけどね?」
「お前じつはこれっぽっちも反省してないだろ」
「あら、してるわよ。このしょーもないエルフを仲間にしたことを魔海域よりも深くね」
「ええっ、ワカメちゃん、ひどいです……!」
「……まあいいや。じゃあ僕はこの宿に泊まるためのあれこれをしてくるから。ワカメはともかくオルテンシアさんとはまた会うことがあるかもね。んじゃあ」
「あ、はい! ……ああっ、ごはん、ごはんがいっちゃいますぅ……」
僕の名前はユーシアだ。ごはんではない。
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