8話 ~被害者ユーシアは、加害者と話し合う~
「お話をするなら、私が泊まってる宿とかどうですか? 近くにあるんです!」と、宛もなく歩き始めた僕ら三人の間の沈黙破ったのはオルテと呼ばれたエルフっぽい美女さんだった。
どうしてこの子は、まるで自分は関係ないかのように振る舞っているのだろうかと逆に困惑したものの、宿を探していた僕にとっては渡りに船である。僕が頷くと彼女は張り切ったように先頭を歩きだした。
そうして体感で五分と少し。気まずい、というかピリついた雰囲気のまま歩みを進めていると、看板がかけられた落ち着いた佇まいの建物にたどり着いた。どうやらここが目的地のようだ。
「あら、オルテンシアちゃんじゃない。働き口は見つかったの……って、後ろのおふたりは?」
「宿のお姉さんっ!! あの、ちょっとお話したいので席借りてもいいですか?」
「え、ええ、席は空いてるから構わないけれど……」
「ありがとうございます! あ、ちなみに男の子のほうは宿を探してる最中みたいですよ!」
「へー、やるじゃないオルテンシアちゃん」
「ふぇへへへっ。……あっ、おふたりとも~! 席を借りられましたよ~」
宿のひとと仲睦まじそうに会話をしていた美女さんが浮かれた表情で手を振ってくる。僕らは一階の食堂の端っこのテーブル席に腰をかけた。
「さてと、じゃあまずは確認から。君たちふたりは――」
――僕を騙してお金を巻き上げようとした、そうだよね?
と、手始めに事実の確認をしようとした僕の声に被せるように、
「自己紹介ですねっ!」
「え?」
「は?」
握りこぶしを作ってふんすと笑顔を浮かべる美女さん。
僕の戸惑いの声と、黒髪少女の威圧的な声が重なる。
「ひぃぇっ!? ち、違いましたか……? でもでも、私、ワカメちゃんはともかくこのひとの名前も知らないので……」
「はぁ……、いやまあ、確かに。僕もいい加減『美女さん』とか『黒髪少女』って心のなかで呼ぶのも疲れてきてたし」
「美女さんっ!? び、美女だなんて……そんなぁ……えへへ」
「オルテはともかくあたしのほうに『美』をつけ忘れてるわよ、間抜け面」
「妥当じゃないか」
「――なぁんですってぇ!?」
黒髪少女は声を張り上げながら机をバンッと叩く。
「わ、ワカメちゃん、こわれちゃう、壊れちゃいます!? 宿のお姉さんが怖い目で見てますからやめてーッ!」
「ふんッ……」
美女さんになだめられた黒髪少女は不本意ながらといった様子で席に座りなおす。
「はぁ……。自己紹介だっけ? 僕の名前はユーシア。決して間抜け面なんて呼ぶなよ、黒髪ひねくれ少女(微)」
「は?」
「あ?」
「わわわっ、おおおおちついてくださいっ! 次は私の番ですね! 私の名前はラ・オルテンシアです。ええと、見た目通り、エルフです! ラウマの森出身です!」
「エルフ……その耳でもしかとは思ってたけど、本当にエルフだったんだね」
「てか、ラウマの森ってなによ、あたし初めて聞く名前なんだけど」
「ええっ知らないんですか!?」
「ちなみに僕も知らない」
「ええっ!? この街の西にある森ですよ! ほ、本当に知らない……?」
「あー、西の森の……エルフがいるっていう。あそこってそんな名前だったのか?」
「……いえ、あたしの記憶が確かなら、西の森の正式な名称は『プロヴイオ大森林』だったはずよ」
「あ、あれぇ……?」
「って、そんなのはいいのよ。乗り気はしないけど次はあたしね。あたしの名前はワカメ。黒髪美少女でもワカメ様でも自由に呼んでもいいわよ、むっつり男」
「あ、じゃあ私のことは、オ、オルテって呼んでくれると、嬉しいかも、です……」
自己紹介を終えて、互いの名前を知った。
しかし今からおこなう話し合いは、決して友好を深め合うものではない。
「それじゃあ、オルテンシアさん……と、ワカメ。まずはどうしてあんなことをしたか動機を聴こうじゃないか」
まあ、なにか尋常ではない理由によって悪に手を染めてしまったのなら、許すこともやぶさかではない。そんな面持ちで言葉を待っていた僕は、
「は? なんであんたなんかに言わなきゃいけないわけ?」
「……あ?」
敵対心マシマシの態度に口端がひくついた。
ちなみにオルテンシアさんは「うぅ、あだ名ぁ」とかうめいているが無視だ無視。
「情状酌量の余地があるかもって思って言ってやってるんだよ! いいのかワカメとやら。僕がその気になればお前らのことを騎士団に通報することだってできるんだ。それに相方のエルフが泊まってる宿がここだってことはもうバレてる。逃げられると思うなよ」
「わたしは人質ですかっ!?」
はっはっは、残念だったな。
巻き上げようとした小銭はともかく、ひとを変質者に仕立てようとした犯人たちを、しかも反省の色も無いやつら許すわけがないよなぁ!?
「な、なによ、そんな脅しになんか屈しないんだからっ。それに、そうよ、そんなことをしたら逆にあたしらがあんたにひどいことされたって言ってやるんだから! こっちはふたりで、片方はエルフよ? ふふ、騎士のやつらはどっちを信用するかしらねぇ?」
「は、はあっ! お、おまっ、それはずるだろ!」
「え、えぇーっ、そ、それはまずいですよワカメちゃん!」
なんてことを言う奴だ。
茶葉屋のおじさんの様子から、エルフは身近ながらも一目置かれた種族なのは間違いない。そんなエルフの証言を騎士は無視するとは……。
幸い、オルテンシアさんは嘘の証言をすることに抵抗があるようだ。
「しょうがないわね。今度一緒にお買いものに行ってあげる。それでどう?」
「あ、え、うぇ? お、お友達と、お買い物デート……ってやつですか!?」
「おまけにオルテに似合いそうな服も見繕ってあげる。どうよ?」
「頑張りますッッッ!!」
「うぉーーーーーーーーーーーい!!」
人を犯罪者に仕立てる対価が、お買い物デートとかふざけているのか。
なんかダメそうな雰囲気あるなーと思っていたが、やっぱダメだこのエルフ!
「なによ、急に大声だしてうるさいわよ」
「いや、お前らさぁっ!? ……って、ちょっと待てよ。なあワカメ、お前どうせ今回みたいなことして捕まったこともあるんじゃないのか?」
ふと思い出したのは衝突した際のやり取り。
あの感じからして、一度や二度、臭い飯でも食べてそうだ。
「はぁ? 苦し紛れにあたしのことを貶めようとしたって無駄よ。あたしがそんなことをするような人間にみえるか――」
ダメか、さすがにこんなに簡単にボロを出すはずが……そう思ったとき、援護は思わぬところからやってきた。
「ワ、ワカメちゃん……ここは正直に言ったほうが……」
「うっさいわねッ! あたしは、 か・ん・ち・が・い・で……すこぉーし拘束されたことがあるだけよ! ……あっ」
ポロッと出た。感情とともにこぼれ落ちた。
そんなワカメを見て、僕はおもわず口にした。
「……そんなやつの言葉が簡単に信用されるはずないだろ」
「はあっ!? なに勝手言ってくれてるんのよ! またしてもひとを前科者扱いだなんて、あーやだやだぁ~っ」
「いや、誤魔化すにしたってもう無理じゃないかな」
「ワカメちゃん……」
「クッ……!!」
状況の不利を悟ったワカメは、食いつかんばかりの獰猛な眼光を輝かせ、ギリギリと歯を噛み締め八重歯を表に出していた。
「はぁ~……ここにグルシャさんがいれば一発でどっちが悪人かわかるっていうのに」
喧嘩っ早いうえに金をだまし取ろうとするやつだ。グルシャさんに【正悪判別】を使ってもらえばはっきりするに違いない。
すると思わず漏れた言葉にワカメが妙な反応を示した。
「は? グルシャってなによ。てか、適当なこと言ってるんじゃないわよ」
「……あれ?」
「な、なによ、その反応……」
もしやこいつ、グルシャさんのギフトについて知らないのだろうか。
あのひとはこの街の駐屯騎士団の一員であるようだし、犯罪防止にも繋がりそうなギフトでもあるから、おおっぴらにしているかと思ったが、そうでもないのか?
だが、これはつかえる。相手の知らない情報っていうのは大事な手札になるものだ。
「知らないのか? グルシャさんっていうのはこの街の騎士団の副団長をやってる女騎士のことだよ」
「ん……? ああ、もしかしてたまに見かける偉そうにしてるちびっこ騎士のことかしら? そいつがなんだっていうのよ」
「あのひとはな、【正悪判別】っていうギフトを持ってるんだ。簡単にいうと、“悪人がわかる”っていう犯罪者泣かせのギフトだ。ちなみそれ次第で捕まえる権利ももってるらしい」
「……はあっ!? なによそれ、やばすぎじゃない!? ……って、だ、騙されないわよ、あんたのでまかせっていう可能性も……」
「うそじゃないぞ」
「――ッ!?」
ウソはひとつも言っていない。
正悪判別のギフトはおこなった犯罪自体や犯罪者がわかるものではなく、その人生でどの程度の悪行をおこなっているかしか分からないものらしいが、“悪人がわかる”っていう言葉は事実。それをワカメが勝手に解釈してびびっているだけだ。
そして、人の嘘っていうのは見分けるのは難しいものだが、“嘘を言っていない”ということは、伝えようと思えば意外と伝わってしまうものだ。ワカメはなまじ敏いゆえに、僕の言葉が嘘であって欲しいと願いながらも、僕の態度から嘘ではないだろうことを悟ってしまい追い込まれているはずだ。
「ちなみにグルシャさんとはちょっとした仲でね。呼べばいつでも……ってわけじゃないけど、詰め所に尋ねれば会うことくらいはできるはずだ」
「そ、それも、ウソじゃないっての……? う、嘘でしょ……」
グルシャさんに化けたフルプルに悪戯をされているし、そのあと、少しではあるが会話もしてる。事実“ちょっとした”仲である。
それに詰め所に行けばタイミングさえ良ければ会ってくれるというのも十分に考えられる可能性だ。なにしろ僕は誤認で拘束されたうえに、グルシャさんの友人のフルプルに迷惑をかけられた被害者……ということに、グルシャさんの中ではなっているはず。去り際は申し訳無さそうにしていたことだし、十分ありえる話だろう。
「じゃあ、いい加減に観念して色々話してもらおうかな」
「……わ、わかったわよ。っち……」
〆るかのようにそう問いかけると、ワカメは幾分か語気の弱まった悪態とともに渋々と頷いた。
先手こそ取られたが、どうやら二度目の騙し合いは僕の勝利に終わったようだ。
「あ、難しいお話終わりました? ならご飯頼んでもいいですかっ?」
「めちゃんこマイペース……はいはい、食べるにしても話が終わってからねオルテンシアさん」
「のんきなものね、言っておくけどオルテも共犯なんだからね、そこのところわかってるの?」
「ぴぇー……」
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