7話 ~ユーシアは〇〇に遭う~


 騎士団から釈放された僕は今、臨海都市オーロンの街中を彷徨っていた。

 といってもなにも迷子になっているわけではない。ひと悶着ありながらも無事お天道様の下で堂々とオーロンを歩けるようになったため、ひとまず本日の宿を探していた、のだが。


「どうしよう、宿が決まらない」

 騎士団から釈放されたあと、僕は臨海都市オーロンの街中を彷徨っていた。

 といってもなにも迷子になっているわけではない。ひと悶着ありながらも無事お天道様の下で堂々とオーロンを歩けるようになったため、ひとまず本日の宿を探しているのだ、が……。


「どうしよう、宿が決まらない」


 臨海都市オーロンの中央を通るメインストリート――聞いた話ではパフィック通りと言うらしい――を南下しながらも宿を探しているのだが、めぼしい宿が見つからない。僕は荒々しい人波から横に逸れて、疲れと憂鬱さが混じった息をつく。


「というかオカシクない? 見かけた六つの宿のうち、六つとも高級宿とかびっくりなんですけど。女神さまにいくらかもらってるからといってそんな余裕はないんですけど」


 そうつぶやきながら僕は貨幣袋から銀貨を一枚手に取った。

 街をまわりながらも金銭の価値について調査していた。その結果、以前の世界と多少の違いはあれど、算術ができれば問題ない程度の貨幣の仕組みだと判明した。

 お金の単位は《エマ》であり、青銅貨一枚が50エマ。銅貨は100エマ。銀貨一枚は1000エマ。金貨一枚は10000エマとのこと。

 もっと高価な貨幣や、紙幣もあるらしいが、一市民には関係が薄そうだったのでそれは聞き流した。必要になったら覚えればいいだろう。

 ちなみにそれぞれの金属貨幣は二枚に別れるようになっていて、割った状態のそれを半貨と呼び、価値は半分になる。

 まあそんな話は置いておいて、僕が今望んでいるのは、まあまあなお値段で、外装は最低限でもいいから食事はおいしいところ。そして、美人なお姉さんが働いているのなら、なおよしだ。


「もう横道逸れようかな。迷子になるかも~って日和ってる場合じゃないよね、これ」


 といっても初めて訪れる街であるため、勝手どころか道も知らない。

 そういうときは、そう。神さまに頼ってしまおう。よく言うじゃないか、困った時の神頼みってね。


「ついさっき串焼きの美味しそうな匂いに釣られたのも女神さまも采配だったわけだ」


 ひもじい姿に変貌した裸の串を手のひらに立て、指を離した。

 コテンと転がった串が手から落ちる前に掴み上げる。


「よし、ひだり……!」


 僕は女神さまの導きに従って不明瞭な横道へと潜っていくのだった。



 大通りから横に逸れると、細い道が枝分かれするように広がっていた。メインストリートで絶え間なく聞こえていた喧騒はなりを潜め、行き交う人々からは穏やかな談笑の声が聞こえてくる。

 道沿いに居を構える商店は色とりどりだ。それは日用品を扱う店だったり、派手さはないが確かな腕を感じさせる金物屋だったり。他には古本を扱った店や、小さいながらもアロマやアクセサリーなどの女性向けの雑貨が並ぶ小物店もある。

 表通りの店のような絢爛けんらんさはなくとも、この街のひとの生活に寄り添った品々を取り扱う店が並んでいる。

 そんな個人経営らしき店が立ち並ぶ道を歩いていると、ひとつの建物が僕の目に止まる。


「お、おお、ミドリ茶、ミドリ茶じゃないか……!」


 軒先にのれんが掛けられていなければ、物置小屋にしかみえなかっただろうボロ屋。それは珍しいことに茶葉の専門店のようだった。

 というのも、以前旅をしていたときにミドリ茶というものを飲んでからすっかりお気に入りになってしまった僕は、街中を歩きながら密かにミドリ茶が置いてある店がないか探していた。この世界にもあったようでひと安心である。

 店に入ると、外観に違わず店内は狭かった。なにより商品棚が立ち並んでいるせいで店内の通路はひとりしか通れないほど窮屈だ。

 だが、茶葉の種類には目を見張るものがあった。店内には、アカ茶、ミドリ茶、アオ茶に、シロ茶に、コハク茶などと、分類ごとに多くの茶葉が並べられていた。なにより嬉しいのは、僕が好んでいるミドリ茶はぱっと見、十数種類も置いてあることだ。


「おや、お客さん、ミドリ茶が好きなのかい?」

「え、あーはい、そうなんです。にしても結構種類がありますね。アカ茶はともかくミドリ茶にもいろんな種類があるって初めて知りました」


 僕が店内の多様な茶の種類についてふれると、店主であろう人相の柔らかい初老の男性は嬉しそうに語りだす。


「はは、そうだろう、そうだろう。この大陸だと茶葉といえばアカ茶なんだが、オーロンは港街のうえに、エルフの森とも隣接してるからね。彼らは日常的に様々なお茶を飲用しているらしく色々と仕入れさせてもらってるんだよ」

「エ、エルフから?」

「意外だったかい? 私も昔は王都に住んでいてね、そのときはエルフっていうのは西の森に引きこもって人との関わりを断っている種族だと思っていたんだ。いやぁ、懐かしいな」


 「それが今では大太の取引相手なんだから分からないものだな」と、朗らかに笑いながら語る店主。

 エルフ――女神さまから西の森に住んでいると聞かされていたが、前の世界では出会ったことのない種族だった。というのも前の世界では絶滅していると言われていて書物以外では見聞きしたこともなかった。

 書き残された伝承いわく、エルフは常人の二倍ほどの長くて尖った耳を持っているだとか、または魔力に長け、弓の扱いにも長け、狩りだけではなく、森の賢者とも言われるほどに動植物の知識にも明るいだとか。他にも種族全員がミドリの髪をしているとか、全員美形だとか、人の十倍以上長生きするだとか。

 果てには、絶滅したと言われる現代でも、じつは隠れ里が存在し、そこでほそぼそと暮らしているだとかの真偽も怪しい記録ばかりが語られる種族――それが前の世界でのエルフというものだった。そもそも創作上の生き物である説が有力視されていたはずだ。それがこの世界では、こんなひっそりとやっている茶葉屋の取引相手だというのだから不思議な気持ちになる。


「えっと、この街とエルフって結構やり取りがある感じなんですか?」

「ん……まあ、それほど多くはないが、薬やそれの素材になる薬草、他には果実とかが有名かな」

「へー、なんだか思ったよりもちゃんと関わってるんですね」

「といってもやっぱり街で見かけることは少ないがね」

「ん、ざんねんです」


 軽い口調でそう零すと、店主は苦笑するように軽く笑う。

 そして、「ああ」と思い出したように、


「そういえば少し前から、エルフの女性を街中でみかけた、っていう噂を聞いたなぁ。なんでも長身の美人さんだとか。お客さんも気になるなら探してみてもいいかもね。とはいえ、私はエルフの方々に世話になってる身だ。迷惑だけはかけないように頼むよ」


 長身美人なエルフときいて、グッとくる。

 僕の直感が告げている、まだ見ぬそのエルフは凛とした佇まいの素敵お姉さんに違いないと。

 それに、前の世界の伝承のひとつに、森の狩人たるエルフは乳房が控えめだったという記載もあった。好みだけで言えば僕は大きいサイズが好きなのだが、“僕の抱えている問題”を考えれば大きすぎない方が良い。これもぜんぶルーシャンが悪い。クソがッ!


「いや、まあ、わざわざ探すほどでは」


 そこまで興味はないですよーとばかりに答えながら、心の中では街中を歩くときは目を光らせようと決心する僕。


「はは、そうかい。それでなにか買っていくかい?」

「そうですね、じゃあ、これとこれをお試し用に少しだけ」

「まいどさん、またきてくださいね」


 今は金銭に余裕がないため数回分の少量の茶葉を購入して店を出る。

 忘れそうになっていたが僕は今、宿屋を探している最中だ。

 さて、どの道を行こうかなと、行くべき道の指標も持たない僕が辺りを見渡した、そのときだった。


「す、すみませ~ん! どいてくださ~い!」


 街路にやや情けない間延びした声が響いた。

 道に沿るように視線を左に滑らせると、一瞬、僕の思考が凍ったように固まってしまう。


「そ、その身体で走るのは、もう、犯罪だろッ……!」


 僕はガッシリと歯を噛み締めて吐くように声を漏らした。

 女性の姿はまだ遠い。顔の造形ははっきりせず美人かどうかもわからない。

 しかし、その特徴的なシルエットは距離など関係なしに視線を惹きつける。


 思わず息を呑む。見るべきでないと理解しているのに目線を逸らせない。


 スラッとした手足が交互に前に出る。そのたびに肩の揺れに呼応し、ふたつの豊満な果実が上下左右に揺れていた。まるで道行くひとに自らのおっぱいの柔らかさをアピールしているかのように、無防備にぷるんぷるんと跳ね回っていた。


「どいてぇ~! どいてくださ~い!」


 そんなに声を上げずとも誰もが道を譲るだろう。それこそ魅力的な美体をもつ女性とわざと接触したいという不埒な人物でもない限り。

 当然、元勇者たる僕も、不埒な思いなど抱かず道を譲るひとりだ。

 女性は変わらず声を上げつつ、走る……というには遅い速度で近づいてくる。距離もそこそこで先ほどまではっきりとしなかった詳細な造形も目に入る。


「……っぐ、背が高くてお尻もふっくら……おっぱいも……! な、なんて人物だ、一日目にしてルーシャンと張り合えるほどの人物と巡り合うとは……ッッ」


 その光景を、ただ「眼福眼福」と眺めていられたらどれだけ良かったか。

 

 ふと、脳裏に浮かび上がる光景。

 ……ルーシャンに攫われる形で旅をすることになった当時の僕は十三歳。思春期真っ只中の少年だった。

 そんな年頃の男が、性格はともかくとして女性として完璧とも言える肉体をもつルーシャンと常日頃から関わっていた。うっかり裸を見てしまったり、ごく自然な成り行きでおっぱいが体に当たったり……まあそんなこんなで、僕は旅の最中で性に目覚めたのは当然の結果だったのかもしれない。

 ……そこまでいい。むしろ仕方ないと思う。問題はルーシャンとの旅が一年ほど経ち、僕が十四歳になろうかといった時に起きた。


 その夜の飯はキノコ鍋だった。

 あとで知ったことだが、強精作用のあるものが混じっていたとか。

 僕はすやすやと眠るルーシャンを見下ろしながら押さえられない衝動に襲われた。つまるところ襲った。いや、僕程度がいくら寝込みとはいえルーシャンをどうにかできるわけもなく簡単に返り討ちにあった。

 そして彼女は襲われかけたというのに、むしろ玩具を見つけたとばかりに醜悪な顔を浮かべて言ったのだ。


『我とまぐわいたいのなら、それなりの偉業を成してもらわなければな。ああ、それと、最近は戦闘中だというのに不躾なことを考えたりしているだろう? 今日の罰としてお前にはこの魔法をかける。なぁに、お前が欲情したのを知らせるだけのものだ』


 そしてそこから数年は、年頃というのもあったのだろうが、事あるごとで欲情し、事あるごとにルーシャンから仕置きを受けた。この場合の仕置きというのはエッチなものではなくマジモンの懲罰である。

 つまるところ僕からすると、豊満のお尻とおっぱいをもち、腰がくびれ、僕よりもひとまわり以上も背が高い女性は、性の目覚めの要因である以上に恐怖の象徴でもあるのだ。

 そして、トラウマスイッチの条件は、そのような恐ろしく優れたスタイルの女性相手に興奮を覚えること。ただ見ているだけなら問題ないが、身体をくねらせるなどの扇情的な光景をみるとわずかに恐怖がぶりかえす。それは興奮の度合いに比例していく。それこそ抱き合うように身体を重ねてしまったら……。


 ――ひっ


 思い出すだけでも背筋が寒くなる。

 このトラウマのせいで僕は、一番癖に刺さる女性と関係を深めることができない。僕がロリコンなどであれば大した障害ではなかっただろうが、あいにく普通にボンキュッボンのお姉さんが好きなのだ。


「……クッ、僕はトラウマなんかに負けたりしない……!」


 僕は湧き上がる恐怖に負けず、段々と近づいてくる女性の姿を目に焼き付ける。だってみたいから。とんでもなくエッチだから。

 ルーシャンは鍛えられた肉体を思わせる美であるとすれば、視線の先の女性は、ふんわりと柔らかそうな身体つきだ。顔つきも鋭い目つきのルーシャンとは異なり、どこかほんわりとした優しそうな――いや、少し天然ぽさを感じられるタイプの美人さんである。あと、なんだか耳がとんがっている。


「まるでエルフみたい……ん? ――って、ぶべらぁ!?」


 美人さんの容姿を目を見開いて観察していると、突然彼女は慌てた表情とともに、なにかを避けるような動きをみせた。

 直後、ドンッ……と、僕の身体が衝撃に見舞われる。同時に、「きゃあゃっ!?」という可愛らしい声。

 不意を突かれたこともあってか、ほぼ真横からの衝撃に抗えなかった僕は地面に倒れてしまう。そんな僕を次に襲ったのは、むにゅっとした柔らかくてぬっくい感触。それとずっしりとした重量感だった。

 重い、重い。これはなんだ? 重くて苦しいはずなのに、心はどこか安堵していく。


「……お、お、お、おぱっぱぱぱぱっ」


 状況把握のため瞼をひらけば、つい先ほど目の前を通り過ぎようとしていたエルフっぽい美人さんの女体と顔。


「……う、うぅ……いったいなにが……?」


 僕の声に反応してか、僕に覆いかぶさるように倒れていた女性が顔をあげた。

 ぱさりと淡緑の髪束が垂れ下がり、目が合う。

 輝きを放つ青緑色は、まるでティース魂石――前の世界で鉱石としても宝石としても価値があった色石――を彷彿させるものだ。

 女性の可愛らしいタレ目が、何ごとかとパチパチと幾度も瞬く。


「――きゃっ、きゃぁああ『ギャァアアアアアアアアアアアアア!?!?』」


 美人さんの可愛らしい悲鳴をかき消して、僕の絶叫が響きわたり。

 胸中からあふれる恐怖に耐えられず、意識が……パッタリと……消え……。

 僕が最後に聞いたのは、タカタカと誰かが走ってくる音と、耳がキンとするような女の子の声だった。


「ちょっとあんた、見てたわよ! 今この子にわざとぶつかって……えっ? なんでこいつ泡吹いて気絶してんのッ!?」



 胸のうちに大きな恐怖の残滓を感じつつ、ふっと意識が灯った。

 え、なんか凄くほっぺたがじんじんするんですけど?


「ほら、起きなさいよ。はあ……ビンタしすぎてあたしの手のほうが痛くなってきたんだけど」

「あ、あのー、そのひとほっぺた凄いことになってますけどぉ……」

「ハッ……いったい、なにが……?」

「ああ、起きたのね。まったく驚かせるんじゃないわよ。あんた急に悲鳴をあげて倒れたの、変なところでも打った? 問題なく立てるかしら?」


 目をあけると、そこには黒髪を片側で結んだ赤褐色の瞳の少女がこちらを覗き込んでいた。そんな彼女からうかがうような質問を受けて、僕はどうしてそんなことになったかを思い出せた。そうだ、僕はドスケベボディのエルフっぽい美人さんと衝突して、恐怖のあまり気をやってしまったのだ。なんていう失態……うう、穴があったら入りたい気持ちだ。


「あ、うん、大丈夫。さっきのは気にしないで。その、持病みたいなもんだから」

「じ、持病って……? それはそれで大丈夫じゃなさそうなんだけど……? ま、まあ、大丈夫っていうならそれでいいわ」

「ああ、うん、心配してくれてありが『じゃあ仕切り直すわね』……え?」


 黒髪の少女はどこかぶっきらぼうな様子ではあるものの、こちらを心配してくれていたらしい。恥ずかしいところを見られてしまったなと思いつつその気遣いに感謝を告げると、彼女は妙なことを口走った。空気が変わる。


「ん、んん……! ちょっとあんた、見てたわよ! 今この子にわざとぶつかったでしょ!」


 黒髪の少女はスッと立ち上がり、腰をおろしたままの僕を指差す。そして、耳がキンとするような声で非難すると、責め立てるように睨みつけてきた。


「――って、僕に言ってるの!?」

「当たり前じゃない! あんたの他に誰がいるのよ!」


 なおのこと意味が分からない。この少女の豹変した態度もそうだし、僕がわざとこの美女さんにぶつかったという主張についてもだ。

 いや、ないないない。間違いなく僕は「どいて~」と声をあげながらこちらに走ってきていた女性に道を譲るように動いていたはず。むしろぶつかってきたのは、今まさに僕に覆いかぶさっているこの美人さんのほうではないだろうか。


「ほら、オルテ、大丈夫?」

「あ、あぅ……わ、ワカメちゃん、なにが……あぅ、あと耳がキンキンしますぅ」


 黒髪の少女にオルテと呼ばれたエルフっぽい美人さんは、くるくると目を回している。もしかしたら少し記憶が飛んでいるのかもしれない、彼女はなにが起きたのか分からないといった様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。


「覚えてないの? そこのスケベそうな男が急に目の前に現われてぶつかったのよ」

「……あ、そういえば確かそうでした……!」

「ちょぉっ……!?」


 てっきり黒髪少女の妄言だと思っていたことを控えめながらも肯定する美人さん。

 たまらず僕は訴えるように声をあげる。だが、返ってきたのは無情な反応で。


「そう、そうです……! このひとが急に目の前にあら、われて……? そ、そうです! このひとが急に森のドラゴンさんみたいな咆哮をあげたんです!」

「い、いや、ちがっ!」


 後半に関しては違うとは言えないけど、ちょっと待って。それだと本当に僕からぶつかったかのようじゃないか。

 だが、抗議のために伸ばした手を、黒髪少女に遮られ、はたき落とされる。


「本性を現したわね! それにとぼけたって無駄よ。あんたがこの子と“わざと”ぶつかったのは、ここにいる人たち皆が見てるんだから! ねえ、そこのひと、そうでしょ!?」


 道端で立ち止まりこちらを見ていた男性に、黒髪少女が指さして問いかけた。

 美人さんと黒髪少女は知り合いのようだが、周辺で立ち止まっている人たちはそうではないはず。どうせ僕の無実を証言する言葉が出てくるに決まっている。僕は内心で黒髪少女を小馬鹿にしながら、問いかけられた男性を得意げにみやった……が、


「そ、そう言われると確かに、急にスッと動いて自分からぶつかりに行ったようにも……見えなくはなかったかも。でもなんで叫び声を……?」

「え゛っ!?」

「お、おれも見てたぞ! そいつは確かに、そのエロい身体の姉ちゃんに自分から当たりにいってた! 間違いねぇ……! だがあの絶叫はいったい……?」

「うぇえええっ? なんでどうしてっ!?」


 それを皮切りに黒髪少女に問いかけられてもいない街の人々も、口々に「確かに」「私にもそう見えた」などと、黒髪少女の言葉を肯定し始めた。

 なにが起きているのか分からない。しかし、どうやらこの場に僕の味方はいないことは確かなようだった。

 ……叫び声に関して、恐怖のあまり絶叫してしまったと告白すればセクハラ野郎の汚名は逃れることができるかもしれないが……いや無理無理、恥ずかしい恥ずかしい!


「さあて、これであんたも自分が立場が分かったでしょ? あたしたち次第で、あんたを豚箱にぶちこむこともできるかもねえ? どうする? あんな暗くてじめじめしてて、騎士の奴らが見下すような目で見てくる狭い鉄格子の中には行きたくないわよね?」

「あの、ワカメちゃん、ワカメちゃん、なんか詳しくないですか?」

「……ッ、う、うっさいわね!? それでどうするのかしら? おとなしく捕まりたいって言うならそれでもいいんだけど?」


 嫌味なニヤケ顔で脅してくる黒髪少女。そこには僕を心配していたときの気遣いは感じられない。

 絶対絶命だ。本当に無実だと言うのに旗色が悪すぎる。だが、だからこそ、こんな脅しには屈したりはしない。


「ック……! あんな、申し訳程度の小窓しかなくて空気が濁ってて床が冷たいだけじゃなくてバルターとかいう男の騎士に馬鹿にされるうえに、立場の弱い容疑者にエロいことをしようと企む副団長がいる牢屋になんかに送られてたまるか! 僕は無実だ! 冤罪だ……!」

「なんかこのひともすごい詳しい……!?」

「オルテ、こいつの顔を見なさい。……わかるでしょ、きっと常連なのよ」

「――誰が常連だ!? それを言うならキミだってそうだろ!」

「は、はぁっ!? わ、わたしを前科者扱いとか、ふざけにゅんじゃないわよ!」

「あわわ、あわわ、あわわわわっ」


 にらみ合う僕と黒髪少女。美女さんは文字通りあわあわと困り果てている。


「ふん、まあいいわ。捕まるのがいやなら、銀貨一枚1000エマよこしなさいよ。それで今日のところは勘弁しておいてあげるわ」

「は、はぁっ!?」

「なによ、嫌なの? 別にあたしは大事にしたって構わないんだけどぉ?」


 これで支払ったら相手の言い分を認めるようなものだ。だが、周りの人たちの証言もあるこの状況だ。正直、徹底抗戦をするには分が悪い。


「い、いや、わかったよ。銀貨一枚だろ。一、二食ぶんの食費で面倒ごとを避けられるならそれでいいよもう」


 お金に余裕があるわけではないため、正直なところ無駄遣いはしたくなかったのだが、こうなってしまったらやむを得ない。騎士団に関しては先ほどの件もある。またしても騎士団に厄介になれば僕としても面白いことにはならないのは明白だ。

 屈辱感と理不尽さに苛まれながらも、僕はしぶしぶと硬貨袋に手をのばし半銀貨をふたつ指で掴みあげる。それを黒髪少女に向けて差し出して……。


「――す、すごいです、ワカメちゃん! ワカメちゃんの言っていた、あたし流のお金の稼ぎかたってこういうことだったんですね!! 声をあげながら道を走れって言われたときは意味がわからなくて困惑しましたが、さすがワカメちゃんです……!」


 え……?


「あ、こら、オルテ……!」


 シー、シー、とばかりに口元に指を添える黒髪少女。

 もしかしてこれは……。そう疑念が生まれてしまえば疑心が広がるのも当然だった。そもそも不可解すぎる事故――いや、この相手の反応……まさかすべて仕組まれていた……?


「――すぅーっ……ねえねえ、おふたりさん。詳しく、今の話、詳しく。大丈夫だよー、正直に話してくれたら騎士団には言わないであげるから、ね?」

「ああ、もう……! オルテのせいで台無しじゃない……!」

「ええっ、わ、わたしのせいですかっ!?」

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