6話【別視点】~わ、あぁ! それってあだ名ってやつですね!~
「うぐぅ……ひぐぅ……」
私はなんとかあの人間さんのもとから逃げ出すことができました。
しかし、その代償はとても大きかったです。
「どうしようっ、どうしようっ……大事なお金落としちゃったっ……あれがないとお姉さんの宿にも泊まれないよぉ……!」
お金を落としてしまったことに気がついたのは、命からがらいつもの宿の近くまで戻ってきたあとでした。人間さんから逃げるために必死に走ったため喉が乾いていた私は、近くにあった出店で果実のジュースを頼もうとしたのですが、腰に結んであったはずの財布袋がどこかに消え去ってしまっていたのです。
当然、ジュースは買えませんでした。それどころか大事な大事なお金を失ってしまったことで、次々と涙が溢れ出てしまい、余計に喉がカラカラになっていく始末です。もしかしてこのまま私は干からびていくのでしょうか。そんな悲痛な思いに苛まれながら膝を抱えて座り込んでいるときのことでした。
「ふっざけやがってッ! なによ、騙されたほうが悪いんじゃない! それを力にうったえて金を巻き上げてくるなんて、あいつら絶対に許さないわ……!」
それはもうすごい勢いで、床をガシガシと蹴りつける女の子の姿を見つけました。
空腹にいらつく獣のような形相で歯ぎしりしている怖い女の子です。普段の私ならまっさきに逃げ出すような相手でしたが、なんだか今はその女の子に同情心のようなものを抱いてしまったのです。
「あの子も私みたいに大変な目にあったのでしょうか……」
そんなことを思いながらも壁から覗き込むように女の子を観察していると、騒ぎ立てる彼女を煙たがるようにひとの目が集まってきました。
しかし女の子は静かになるどころか、自分を見てくる人たちに今にも襲いかからんとばかりの威嚇をし始めます。
……なんだか観察すればするほどに同情心が薄れていきます。その代わりに関わり合いになりたくないという気持ちが膨れ上がってきました。
……ですが、ほんのちょっと遅かったようです。
「あわ、あわわ、こ、こっちに来てる、怖い顔でズンズン足音を立てながらこっちきてるぅ!」
慌てて顔を引っ込めましたが、地面を叩く暴力的な足音は近くなるばかりです。
私は身を守るように頭を抱えました。すると、段々と近づいてきていた足音が目前で鳴り止みます。
前にいる。きっと目の前にいます。
……そ、それはわかっているのですが、相手からのリアクションもなければ、声さえもかけられません。そうなるとエルフとは不思議なもので、今度は辺りの状況が気になってしまうものです。私は腕の隙間からゆっくりと視線をのぞかせると、
「なぁに見てるのよ」
悪魔のようなニタァとした笑み。
赤褐色の強気な瞳が、逃さないとばかりに私を射抜いたのです。
「ぴやぁぁああああああああああああ――ッ!!」
◆
「はあ、それで街を彷徨っていたら仕事を紹介してくれるって言ういかにもなチンピラにホイホイついていった挙げ句、エッチな仕事だったから必死になって逃げ出したと、その際に全財産の入ったお金を落としたと……もしかして貴方って馬鹿なの? あたしの中の神聖で美しいエルフ像を壊すのやめてくれないかしら?」
「そ、そんなこと言われたって……! うぇぇーん、もう宿に帰りたいよぉ……でももう宿に泊まるお金もないよぉぉ……! わたし、わたし、どうしたらぁ……っ」
なんていうことでしょうか。気がついたら私は、今日起きた事柄を目の前の女の子に赤裸々に語っていました。
でも全然やさしくありません。返ってくるのは辛辣な言葉ばかりで悲しみが落ち着くどころかぶり返してきます。
それでも私は幼子のように女の子に泣きついていました。立っていると私よりもひとまわり以上も小さな子ですが、膝をついて抱きつくとちょうどいい高さです。不安に押しつぶされそうな今、この子の温もりだけが私を癒やしてくれるのです。
「はあ、仕方ないわね。ねえ、あんた……えっと」
「わた、わたし、オ、オルテンシアです……! もしかして助けてくれるんですかっ」
「名前だけは立派ね。ならオルテンシア……長いしオルテって呼ぶわ。それで――」
「わ、あぁ! それってあだ名ってやつですね!」
「嬉しそうにするんじゃないわよ! ああ、話が進まない!! あといい加減に離れなさいよ!」
女の子は抱きついている私のことを引き剥がします。
そうして私との距離が離れると彼女は背中のマントをはためかします。
「あたしの名前はオネ――ワカメよ……! 詐欺――ごほごほ、何でも屋のワカメよ!」
小柄な女の子あらためワカメちゃんは、片手を腰に置いて、もう片手で私のことを指さし、高らかに宣言するように名前を言い放ちます。
自信にあふれた顔つき、ビシッと決まったポージング……。
「か、カッコィィ……!!」
思わず賛美の声が漏れてしまいました。
するとワカメちゃんはまんざらでもないようにフッと笑みをこぼします。カッコよくてかわいいです!
「さて、まずはオルテに言っておくことがあるわ。あなたが落としたと思っているお金だけど、それって本当にそうかしらね?」
「で、でも、それ以外に考えられないですよ……?」
唐突にそんなことを言ってくるワカメちゃんに私は意味を理解できずに首をかしげます。逃げ出す際にあれだけ必死に走ったのです。しっかり腰にくくりつけていたとはいえ、落としていても不思議ではありません。
ですがワカメちゃんはそんな私の考えをあっさりと否定するのです。
「いえ、もうひとつの可能性があるわ。あんたと一緒にいた男が隙をみて掠めとった、そうとは考えられないかしら」
「え、ええっ!?」
「なにを驚いてるの? その男はあんたを騙してエッチなお仕事をさせようとした悪人よ。しかもあんたは警戒心ゼロでついていったおマヌケエルフ。よそ見した時にちょいっと財布を拝借するなんてあたしでもできるわよ」
た、確かにワカメちゃんの言う通り、ありえないとは言い切れません。
でも、そんなことって。エッチなお仕事をさせようとするばかりか、私のお金も盗んでいたなんて……。
「きっとそいつはあんたが仕事を断ったらこう言ったはずよ。でもエルフ姉ちゃん、あんた仕事に困ってたようだが金はあるのか? ってね、そこであんたは反射的に腰の財布を確認するかもしれない。するとなにが起こるかしら?」
「あ、ああ!? お金がないことに気づきます!」
「そうね、大事なお金を失ったあんたに男は再度語りかけるわ。『どうやらその様子だと財布でも落としたみたいだな。なら、なおさらこの話を断っていいのか? なに、まずは一回だけのお試しで働けばいい。ちなみに数時間でこれだけ稼げるんだけどなぁ……?』と、具体的な数字を告げてきて……」
「わ、私、そんなことされたら、もしかしたら……!」
初めてのちゅーは結婚するひとと。
常々そう考えている私ですが、それほど追い込まれた状況ではそんな信念もポッキリと折れてしまっていたかもしれません。
そう考えるとひどく恐ろしく感じます。今になって冷たい感覚が全身を巡り、身震いが起きます。そして、同時にグツグツとした煮えるような気持ちも湧き上がってきました。
これは怒りです。私は、私をそんな目に合わせようとしたあのひとに怒っているのです。
「そう、許せないわよね」
そう言ってワカメちゃんが語ったのは、紹介した商品がすぐ壊れたと難癖をつけられて、お金を巻き上げられたという話でした。
ワカメちゃんが言うには商品自体はごく真っ当なものでしたが、相手は物を丁重に扱う頭もない乱暴者だったようで、そのせいで商品がすぐにダメになったのだろうとのことです。
ワカメちゃんが怒るのも当然です。私も同じ気持ちです。商品がダメになったのは可哀想ですが、自業自得だというのにワカメちゃんに当たるとはひどい人たちです。
私が同調するようにそう言うと、ワカメちゃんは「ありがとう」と言いながら目元を拭います。
「そして、そんなわるーいやつらに、私は検討がついてるわ」
「そうなんですか!?」
「グループの名前はダスト団。詳しくはわからないけれど、他の街でなにかやらかしたらしくて構成員の一部がこの街に逃げこんできたみたいね」
「わ、わわ、聞くからにやばそうです……!」
「そうね、でもそんな連中にひと泡吹かせられるかもしれないって言ったらどうかしら?」
そう言ってワカメちゃんは私の肩に手を置きました。
言いたいことは分かります。きっと彼女は仲間になれと誘ってくれているのです。
ですが、それはあまりに危険で……。
「で、ですけど、その、怖いですし……」
「ねえ、お願いオルテ。あんたみたいなチョロそうな駒……じゃない。頼りになりそうで信頼できるひとって他にいないのよ」
「う、ううっ、うう……っ」
最初の方はなんて言ったか声が小さくて聞き取れませんでしたが、確かに聞こえました、頼りになって信頼できると。
そんな言葉、この街に来て初めてどころか、産まれて初めて言われて気がします。
できることなら、ワカメちゃんのお願いを聞いてあげたい。でも、やっぱり勇気がでません。
「オルテ……あたしたち、友達でしょ?」
私の肩を掴むワカメちゃんの手に力が入ります。
ですがそれどころではありません。今の私はワカメちゃんの放った言葉に魂を鷲掴みにされていました。
「――任せてください、ワカメちゃんは私が守ります!!」
安心してください、大事な友だちのためなら、私は命もかける所存ですよ!
なんだか呆れたような顔で見られていますが、きっと気のせいでしょう。
「……ちょっろ」
「なにか言いましたか、ワカメちゃん?」
「や、なんでもないわ。ありがとうっていったの」
「いえいえ、友達のためですから!」
「んんっ、まあ、いいわ。まずはそうね、さっそく情報収集……」
「は、はい!」
「――の前に、腹ごしらえよ!」
「ええっ!?」
気合が空振りして思わずずっこけそうになります。
ご飯なんて……と思いましたが、身体は正直です。むしろワカメちゃんの言葉で、私のお腹は空腹を思い出したのか、くぅ~と情けない鳴き声を漏らします。
確かにワカメちゃんの言う通り、まずはご飯にしたほうが良さそうです。
ただ、すぐに思い出します。今の私には食事のために必要なものがありません……。
「で、でも、私、お金がなくて……!」
お財布ごと取られてしまったので小銭ひとつ持ち合わせていないのです。
だけどワカメちゃんは、私の暗いな不安を吹き飛ばすように力強く言い放ちます。
「安心しなさい!」
ニヤリと笑みを浮かべるワカメちゃん。とっても頼りになります。
も、もしかして私にご飯を奢ってくれるのでしょうか?
これはもういっそワカメちゃんに養ってもらうというのもありかもしれません。
あれ、でもワカメちゃんもお金を取られたと言っていたような……。
「あたしにかかれば食事代を稼ぐなんて簡単だわ! あんたに私流のお金の稼ぎかたを教えてあげる!!」
自信たっぷりのワカメちゃん、とっても可愛いです。
この子、私の友達なんですよ、えへへ。
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