4話 ~騎士フルプルと、釈放ユーシア~


「どうしてこのようなことをした、フルプル……! お前が私の姿で勝手をしたのは他の騎士も気づいてしまっている! これでは庇いようがないぞ!」

「えーえっと、これには魔海域よりふか~いわけが……」


 部屋に入ってきたグルシャさんが、僕の目の前で顔をあらぬ方向に向けているグルシャさんを叱りつけている。

 なにがなんだか分からない……そのような顔でふたりの顔を交互に見ていると。


「あ、ああ、すまない……! キミが門番に賄賂を渡して拘束された者だな。あー、なんと言えばいいか、そこにいる私は……私ではなく、本当はフルプルという私の幼馴染で、騎士団の一員で……ううむ……」

「まあ本人が来ちゃったら誤魔化しようがないよね、うん、ごめんね、ユーシアくん。わたし――」


 グルシャさん……いや、偽物の彼女の声が凛としたものから軽薄さを感じられるものになった。そして、だんだんと彼女の小さな体格の輪郭がおぼろげになる。

 数秒もしないうちに、小さくも自信に満ちた副団長は、薄紫色の髮をした、今の僕と同程度の背丈の女性に変わっていた。


「じつは偽物なのでしたー! わたしの本当の名前はフルプル。ギフト【変身】を持っているだけのごく普通の女の子さ」


 変態ロリ痴女グルシャ改め、フルプルと名乗った彼女は、得意げな笑みでウインク飛ばしてくる。口調もすっかり変わっており、先ほどまではグルシャ本人を真似ていただけなのだと理解させられた。


「ふむ……どうしてこのひとがグルシャさんの姿で僕に会いに来たのかとか、どうしてあんないやらしい手つきで僕を撫で回したとか、それはまず置いておいて」


 「えっ」と信じられないという顔でフルプルを見つめる本物のグルシャさんも置いておいて。


「24歳で女の子っていうのは――ひぃ!?」


 肩に手を置かれた。

 ニコニコと非常に良い笑顔を浮かべながら、フルプルは僕の耳元で囁いた。


「女の子だよ」

「えっ」

「知らぬうちに街中を全裸で徘徊していた不審者になりたくないなら分かるよね?」

「あっ、はい、オンナノコデス」

「よし!」


 僕の返答に納得したのか、フルプルが顔を離した。ゆっくり離れていく彼女の顔は少し赤らんでいるようにも見えた。恥ずかしいならそんなこと言わなきゃいいのに。


「まずはそうだね。わたしの見立てでは大丈夫そうだけど、グルシャのギフトでユーシアくんの容疑をスパッと晴らしてあげなよ」

「――ま、まて、フルプル! さっき彼が言っていた、か、身体を撫でまわした、とか、あれは一体どういう……!!」

「まあまあ、まあまあまあ……」

「まあまあ――ではない! そんなのでごまかされるか! 言えフルプル! いったいなにを、私の身体でいったいなにをしたんだ!?」


 グルシャさんはフルプルに相手にされないとみると、僕の方に視線を向けてきた。

 ……そっと目をそらす。


「本当になにをしたんだッ! フルプルぅぅ!?」


 言わせるな恥ずかしい。



「彼……ユーシアくんに関して、ギフトによる判定結果が出た」

「お、どうだった? わたしの曇りなき眼で見た感じ、結構いい子に思うんだけど」

「そうですね、権力を傘に僕を襲おうとしたグルシャさんよりは真っ白だと思いますね」

「そ、それをやったのはフルプルだと言っただろう!?」

「そうだね、グルシャのお気に入りのえっちな小説を参考にしたわたしの犯行だよ」

「フ、フルプルっ!?」


 思わずじとっとした視線をグルシャさんに向ける。

 つまるところ先ほどの行為は、グルシャさんの性的嗜好をインプットしたフルプルによる成りきり演技だったようだ。

 被害者の僕からすれば、行動に移したフルプルが悪いのか、そもそもあんな欲求を抱いているグルシャさんが悪いのか判断しづらい。なまじ副団長という立場にいて欲望を実行できる立場なのだからなおさらだ。


「って、その話はもういいですって。それで僕の判定はどんな感じでした? あー、やっぱり? 純真無垢な真っ白白すけだった感じかなぁー? まったくこの街の騎士の誤認逮捕も困ったものですなぁー?」


 なんて調子に乗って煽ったのがまずかったのか……。


「逮捕しても問題ないほどには黒く映った」

「え」

「え」


 正悪判別というギフトは、その人物の今までの行為や生き様が、白~黒までの色がイメージとして流れ込んでくる……といったものらしい。


「……でもそっかー、ちょっと意外だね。ユーシアくんってそんな顔して結構あくどいことやってるんだぁ?」

「うっ」


 していない……とは言えず、言葉に詰まる。


「あれ、でもおかしくない? そんな判定が出たっていうのに、グルシャはどうして悠長にしてるの? 今すぐこの子捕まえたほうが良くない?」

「ええっ!? ちょ、待ってくださいって、ほんとになんもしてないですって!」

「いや、それがな……黒いといえば黒いのだが、同時に清いほどに白くもあるのだ。普通は溶け合ったように色が混じっていて、大体の人間は灰色に近い色合いなるのだが……」

「へぇー……つまりどういうこと? めっちゃいい所もあるけど、えげつないような外道な一面もあるとかで、善悪の部分がはっきり別れてるとかそんな感じ?」

「ああ、確かに言葉にしてみればそのような感覚なのかもしれない」


 当の本人を放置してギフトの判別結果にあれこれ考察を重ねるグルシャとフルプル。

 つまるところあれだろうか。

 たくさんの国や命を救ったよね、いい人!

 作戦とか人道外れてない? 邪神軍相手だとしてもそれって道徳感天元突破してるよね。悪い人!

 ……みたいなノリなのだろうか。他に考えられるは【模倣】を仕様したさいの“例のデメリット”によるものか。ううん、妙に納得してしまう。


「あ、ちなみに白い部分と黒い部分はどっちのほうが多かったの? もうそれで決めちゃっていいんじゃない?」

「それは一応……わずかに白の面積のほうが多かった、気がする……」

「なら大丈夫でしょ。逆にそこまで悩んでるのか不思議なんだけど。グルシャっぽくなくない?」

「あ、ああ、いや、私の中でも同じ結論だ。このようなイメージが見えたのは初めてだったので少し考え込んでしまっていた。すまない、不安にさせたな。キミは釈放だ。此度は不当な拘束をしてしまい申し訳ない」

「まあ、手配書もないのに牢屋に入れちゃうのはちょっとやりすぎだよね~。でも勘弁ね、最近変な連中が街に入ってきてるみたいでピリピリしてるのさ」

「フルプル、部外者にそういったことは」

「はいはい、わかってるってば。グルシャもさっさとそれをユーシアくんに渡してあげなよ」

「あ、ああ、そうだな。……ユーシアと言ったか、改めて今回はすまなかった」


 グルシャさんは頭を下げながらそう言うと、どこからか一枚の紙を取り出してささっとペンを走らせる。おそらく釈放の許可証のようなものだろう。書き終えたそれを差し出される。


「これを見せれば上の騎士たちも通してくれる。……本当なら見送るべきなのだろうが、すまない。この馬鹿な幼馴染の阿呆なおこないについて聞き出さないといけないのでな、ここでお別れだ」

「じゃあねユーシアくん。グルシャに襲われると思って慌ててるキミの姿は結構おもしろかったよ。……って痛い痛い、引っ張らないでよ、グルシャ! ごめん、ごめんって、グルシャのしたいことを私がしたからってそんなに嫉妬しないでよ! え、違うの? わ、わかったから、今日のことちゃんとちゃんと話すから! イテテテ、この、ちっこいくせに馬鹿力なんだから!」

「……じゃあ、失礼しまーす」


 すっかりふたりの世界に入り込んでしまった彼女らを跡目に、僕は辛気臭い牢屋部屋から抜け出した。扉を開けて階段をのぼっていくと騎士が控えていたが、グルシャさんに渡された書類を見せると途端に態度が軟化する。

 そのまま出口に向かって歩いていると、今度はバルターくんとすれ違った。僕がここにいることで釈放されたのだと理解したのだろう。彼は苦い顔でこちらを見てきたので僕は煽るような笑みで挨拶してあげた。

 詰め所から出ると、いまだ変わらず眩しい陽光に顔を照らされた。

 なんだか一晩ここにいたかのような気分だ。それほど気疲れしてしまったらしい。

 さて、太陽の位置からして時刻は昼すぎだろう。まずは昼食を食べて、その後に宿を探しながらこの街の情報収集でもしておこう。

 確か女神さまはオーロンから東側には資源が豊富な開拓地があると言っていた。同時に荒事関係の仕事にも困らないとも。それならばそうした仕事を管理、管轄している組織もあるに違いない。

 そういえば偽グルシャさんもとい、フルプルはギルドがなんたらとか言っていたなと思い出す。こちらの世界にも冒険者ギルドなどがあるのかもしれない。どちらにせよまずは人の多い場所で情報収集が必要不可欠だろう。


「……はあ、なーんか考えるだけで疲れてきたよ」


 さっそく新生活の出鼻を挫かれた僕はため息混じりに呟いた。

 色々と考えてみたものの、もう今日のところはさっと宿をとって休もうかなと、明日から頑張ればいいじゃないかと、僕は沸き立つ怠惰な思考と真剣に対談を始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る