3話 ~牢屋が似合う元勇者と、騎士団副団長~
どうも元勇者です。
元々住んでいた世界で、邪神軍の侵略から大陸を救い、いくつもの大国と、結果的にその世界まで救った偉人です。
そんな僕は女神さまのお願い(強制)によって、女神さまが管理するもうひとつの世界【ヒューズ】に招待もとい厄介払いされ、臨海都市オーロンという海に面した大きな都市にやってきたところです。
そして、僕が今居るのは、そんな繁栄した街の地下の……暗くてジメジメした鉄格子の中でした。いや、おかしいだろ。
「あのぉ……そろそろ釈放してもらえません? あのぉーあのぉー?」
「静かにしろ……! 副団長がくるまでそのままだと、何度言ったらわかるんだ!」
前の世界では色々とやらかしてしまった僕だったが、こちらでは人の手本になれるような誠実な生き方を目指そうとしていた。だというのにこの世界に来て一刻も経たずに牢屋行きとは、どうしてこうなったのか。
「いやいやいや、ほんと、いやほんと! 怪しいものじゃないんですって!」
「言い訳がすでに怪しいわ!」
二十半ばほどにみえる刈り上げ頭の男性は、つばが飛ぶような剣幕で僕を怒鳴り散らす。
といっても囚えられた理由さえわからないのだから抗議の声くらいあげさせてほしい。そもそも僕はこの世界にきたばかりの真っ白な経歴の持ち主。なにかの間違いで拘束されていることは確実だ。
「不当な拘束だ! 僕は神様に誓って清く正しい人生を送ってきた真っ当な人間だぞ!」
なぜだか女神さまの怪訝な顔が脳裏に浮かんだが、この世界に送ったのは他でもない女神さまだ。僕の無実は神さまが証明してくれている。
「不当、不当だと? お前の住んでいた場所では身分証の代わりに賄賂をちらつかせるのは当たり前のことだとでも言うつもりかッ!!」
「ぇあ? 賄賂……? いやだって身分証明できるものなかったんでそういうときは門番に小金包んで見逃してもらうのは当然じゃ……?」
「どんな街に住んでいたんだお前は! 賄賂を渡すなど脛に傷があると言っているようなものだろうに!」
「ええっ!? 僕は穏便に街に入れてもらうとしただけなのに!」
「そもそも身分証がなくとも滞在費を払えば街に入れるわ! そんでもってギルドで身分証を作れば問題ないだろうが!」
「そ、そんな……僕がやったことが裏目に出ただなんて……!」
前の世界で通用していたごく当たり前の処世術だというのに。その経験が生きないどころか裏目にでてしまうとは。恐るべき新世界に戦々恐々としてしまう。
思わずおよよと崩れおちる。牢屋の床がひどく冷たい。
「ふん! そのような方法で街に入ろうとするからには指名手配者かと思って調べてみたものの、該当はなし! だからこそ拘束などというまどろっこしいことになっているのだ。まあ、じきに副団長どのがやってくる。あの方のギフトでお前の処遇もはっきりするだろう。それまではせいぜい震えて待っていることだ」
男性騎士はそう言い放つとこれ以上の会話はしないとでも言うようにそっぽを向いてしまった。とはいえ、そんな態度で諦める僕ではない。あと純粋に暇だった。
「ギフト……? その副団長さんとやらの信託的な神様パワーで僕の無実が証明されるってことですか?」
耳馴染みのある【ギフト】という言葉。
前の世界と同じ意味合いのものかは分からないが、明らかに「特殊な能力」といった言い回しであったし、なにより同じ女神さまが管理する世界でもある。共通する概念や存在があっても不思議じゃないどころか得心する。
「し、神託と一緒にするでない! さすがに恐れ多いぞ!」
前の世界で知り合った聖女さんが、神様の声が聞けるのは【神託】というギフトを持ってるからだよーって言ってたんだけど。
……あ、そういえばこれ、聖女さんにオフレコって言われてたっけ。
「まあまあ、えっとつまるところ、副団長さんって方が僕の無実を証明してくれるギフトを持っているってことでいいんですか?」
「あ、ああ、副団長どのは対象の相手がその人生でどれほどの善行、または悪行を成したかを判別することのできる【正悪判別】というギフトを持っておられる。お前は罪状こそ判明していないが、賄賂などを渡すような輩だ。そこで一定以上の罪人判定が下れば、お前は晴れて正式に牢獄生活だ」
「へ、へぇ~……」
まるで自分のことかのように、自慢気に副団長さんについての情報を漏らす男性騎士。
だがそれを聞いて僕は冷や汗をかいた。
僕は今でこそ勾留されているが、罪人ではなく、あくまで要注意人物。そもそもこの世界にきたばかりでなんの罪も犯しようもないのだからいずれ釈放されると高を括っていた。
……だというのに、副団長さんが持っているというギフトの内容がまずかった。
もし、もし、そのギフトとやらが前の世界での行為も判定に含むとするのなら、僕は結構やばい状況に陥っているのではないだろうか。敵とはいえ非戦闘員を人質に取って敵幹部をなぶり殺しにこともあるんだぞ!?
「ふん、どうした顔色が変わったぞ? どうせ犯罪の証拠もないのだからと余裕ぶっていたのだろうな」
「い、いやぁ~そんなわけないじゃないですかぁ~いやだなぁ~僕を犯罪者扱いとかぁ……あっはは。……あの、持ってるお金の半分あげるので脱獄さえてもらえません?」
「させるわけないだろうが……!」
男性騎士が眉間にいっそう深いシワを刻んで叫ぶ。
――その直後、入り口の方から物音が聞こえた。
「バルター、彼はまだ犯罪者と決まったわけではない。あまり怒鳴り散らして威圧するのはどうかと思うぞ」
濁りのない清水を感じせる澄んだ女性の声。
落ち着いた低めの音色は無意識に人を威圧し、男性騎士だけではなく僕の背筋さえ伸ばさせる。その一方で冷たい印象を受けないのは、どこかたしなめるような優しげな声色が混じっていたからだろう。
「副団長どの! お待ちしておりました!」
つい先程まで怒鳴っていた男性騎士は今や騎士の見本とも思える態度で一礼している。
コツン、コツン、足音が近づいてくる。
副団長が女性であることには驚いたが、男性騎士の態度からして侮られる人物ではないことがわかる。僕の脳内で凛々しい女騎士の姿が形成されていく。期待感が高まる。
「お前が門番に賄賂を渡して街に入ろうとした不審者か」
「……えっ」
鉄格子の前に立ち、僕を品定めするように見つめる副団長さん。
水というより氷を思わせる蒼髪。体の揺れと連動する揺れるポニーテール。
陰影がはっきりした整然とした耳介と、頭髪と同様の色彩に星をちりばめたような強気な形をした瞳。僕からみてもカッコよくて美しいなりをした彼女は……。
「うわちゃっちぃ」
「――お、お前、副団長どのになんてことを……!」
思わず言葉に出てしまう。
凛々しい態度とは裏腹に、副団長と呼ばれた女性の背丈は140cmあるかどうか。胸元の膨らみも未成熟な子供のそれにしか見えないほどに慎ましい。
副団長という役職についているため鍛えられているのか、腰回りこそややしっかりしていたが、それもあくまでも他の部位に比べたら……という程度でしかない。十代半ばの……いやそれ以下の子供。少なくとも見た目からはそんな印象を感じてしまった。
ただ、失言というべき僕の呟きに反応を示したのは後ろに立つ男性騎士だけで、当の本人は言われ慣れているような態度で、僕に対して静かな視線を送り続けている。
とはいえ、内心は怒り狂ってるボーカーフェイスさんという可能性も捨てきれないわけで。
「あ、すみません。おもわず」
とりあえず謝ったら怒らないでくれるかなーとか考えながら僕は小さく頭を下げた。すると彼女は理性の灯った瞳で、朗らかな様子で片手をあげる。
「構わないよ。そうした反応は見慣れている」
「副団長、しかし……!」
「後ろにいるこいつ――バルターも初めは似たような反応だったからな。いや、もっとひどかった記憶があるな?」
「副団長どの……!?」
「クク、事実だろう?」
「うわぁ、ひとのこと言えないじゃん」
「……ぐぅっ」
思わず男性騎士に冷めた視線を送ると、彼は副団長の手前なにも言えずに押し黙った。そんなやり取りを見てか、彼女はクツクツと容姿に似合わない笑みをこぼす。
「さて、まずはその暗くて狭い牢獄から彼を出してあげよう。バルター、鍵を」
「し、しかし、こいつは……!」
「彼は罪人かもしれないね。でも守るべき善良な民であるかもしれない。それなら性急な扱いはどうかと思うのだがね? それに彼は拘束の際も牢屋に入れる際も抵抗はしなかったと聞いている。ひとまず問題はないと思うが?」
「うっ……わ、わかりました……っ」
どうみても正義感に暴走しがちな若い騎士とそれをたしなめる老成した上官のやり取りだ。見た目こそ少女な副団長だが、子供が騎士に、しかも副団長になれるはずもない。見た目どおりの年齢ではないのだろう。
「あ、どうもどうも副団長さん。いやぁ、ずっと冷たい床に座りっぱなしっていうのも辛かったんで助かりました」
そう言って感謝を告げると、バルターくんが僕を睨んできた。そんな彼に僕が困った顔をしたのを副団長さんが見たのだろう。彼女はバルターくんに向けて無慈悲に言い放つ。
「バルター。ここは私に任せて上の入り口で警備を頼む。君と彼はずいぶんと相性が悪そうだからな」
「し、しかし、副団長どの! それは危険では……!?」
「大丈夫だ。先ほども言ったが危険は少ないと思っている。それに私がたやすく遅れを取ると思うのか? そもそも私を倒せるほどの猛者かつ悪人だとしたら大人しく連行されるはずもないだろう。理解したのなら、ほら、行きたまえ」
「それは、たしかに……わ、わかりました!」
手のひらでコロコロされて追い出されたバルターくんの背中を見送る。
そうしてちらりと副団長の少女に向き直すと……。
「さてと、まずはそこに座りたまえ。見ての通りの私は背が低いのでね。ずっと首をあげているのも大変なんだよ」
「あ、はい」
手で促された先は、つい先ほどまでバルターくんが座っていた見張りの騎士用の座椅子。僕は言われるがままに腰をかける。
「おや、門番に賄賂を渡したとは思えないほど素直な子だ」
「え、はぁ? まあ僕も昔は地元じゃ負け知らずの純朴少年でしたからね。汚い大人の世界を知ってもなお、名残が残っている感じのそれですはい」
「はっはっはっは、そうかそうか。言われてみれば君ほど純情そうな男は初めてみたかもしれないな」
「あっはっは! 副団長さんは見る目がありますね! 僕ほど無害な男もそうはいませんよ。あのだから釈放してくれません? どうしてさっきから僕の首をちょっと妖しい仕草で撫でてくるんですかねえ?」
男性騎士のバルターくんがいなくなってすぐ、副団長さんは僕を後ろから抱きしめるようにしながら顎や首元やらを撫で回していた。
あの、正直悪い気はしないんですけど、なんならちょっとくすぐったいのが気持ちよかったりもするんですけど。ただ、副団長さんの容姿だと、さすがに幼すぎて犯罪者の気分になるのでやめていただけると――。
「あ、あの、副団長さん……?」
「おや、抵抗しようとしてもだめだぞ。今ギフトを使って君を調べているんだ。なに壁面の石の模様でも見ていればすぐに終わるさ。あ、そうだ。君はなんていう名前なんだい? この街は初めて? 仕事なにしてる?」
「え、あ、どうも、この街は初めてで、仕事はこれか探すところで、えっとそれと名前は、うん……」
名前――僕はここ数年はあらゆる人から「勇者」と呼ばれていた。外道とかクズとかの枕詞がつくことも多かったが。
勇者、ゆうしゃ……そうだ、安易ではあるが、この世界での名前はこれにしよう。
「適当にユーシアとでもぉおおお!? ちょちょちょちょっとぉ! なんで胸元に手入れてくるですかねっ!?」
「ふむ、ふむ、ユーシアくんか。ちなみに私はグルシャだ」
「どうもご丁寧にグルシャさん! だ、だからなんで身体を撫で回すんですかぁ!? セクハラ! セクハラァ! 助けてぇー! グルシャさんに犯されるぅぅぅー!」
僕の身体を怪しい手付きで撫でまわすグルシャさん。その魔の手から逃れようと椅子から立ち上がろうと……したときにはすでに遅かった。
グルシャさんは抱きつくように僕を椅子のうえから抑えつけて拘束してくる。そんな状態で彼女は滑らかな手付きで僕の肌を撫でる。
胸骨や脇腹、さらには焦らすようにへそ周りをくるくると指先でイタズラする。思わず助けを求めて声をあげる――が、誰もこない。いくら扉で隔たられているからといってもこれだけの声をあげれば上にいる騎士が気がついてもおかしくないというのになぜか誰も来てくれない。
「犯される、助けて、か。良い命乞いだ。年の割にずいぶんと擦れた様子だったが、もしかしてこっちの経験は少ないのかな」
「ないぃ! ないですけどぉ! 諸事情でないですけどぉ! ごめんなさい、歳の差がぁ! 歳の差があるとおもうんですよぉ!」
「なーに大丈夫だ。私は二十四歳。ユーシアくんは見たところ十五かそこらだろう? なにぜんぜん大丈夫だ。むしろ君みたいな若い子は私好みだ。子供から大人に変化している最中の少年を私色に染められると思うと……嗚呼、めっちゃソソる!」
そういえば女神さまに若返るとかなんとか言われていたのを思い出す。
だがそれ以上に目の前の女性――どうみてもロリっ子なグルシャさんの実年齢に驚いた。歳だけ聞けば好みではあるんだけど……。
「ぃぃ゛や゛あぁぁ~~~! ロリ痴女に性癖塗り替えられるぅー!」
だが、こんな状況で身を委ねるしかできないのであれば、勇者として邪神軍を撃退することも当然できない。
落ち着いて。いつものように。ルファーシャの力を模倣して魔法を――。
って、そういえば僕ってこの世界でひとりじゃん。仲間だれひとりいないじゃん。
……模倣のギフトとかこれっぽっちも役に立たないじゃん。
「勇者なめんなぁぁぁああ!?」
とはいえ、ギフトの力にあぐらをかいでいた僕でもそれだけでやってきたわけではない。むしろルファーシャに頼らなければなにもできない自分の無力感にさいなまれることもしばしばあった。そんな僕が必死になって身につけた技術――それは鍵開けから気配消しに敵感知――利便性の高い隠密系の技法は、今ではすっかり僕の血肉の一部だった。そして今、この窮地を乗り越える手段はそれしかなかった。
「うぉおおおお!? 紐抜けの技術っぽいなにかぁぁあ……!」
「おおぉ、やるじゃないか少年……!」
上から力で抑えつけられているとはいえ、押し付けられている重みを横にずらして隙間から液体のようにぬるりと抜け出すのは難しいことではなかった。
そうして改めて向かい合って相対する僕ら。だが、グルシャさんは逃げ出した僕を見て残念そうな顔どころか嬉々とした獰猛な笑みを浮かべていた。
「こ、この、変態騎士……ッ! 僕の無実が証明されたら絶対訴えてやる!」
「おや、それは困るな。ああそういえば先ほどギフトを使ったのだったな。さて、結果はどうだったか。ひどいことを言われたショックでキミを罪人にしてしまうかもしれないなぁ?」
とんでもないセリフをこぼしながら、グルシャさんは子供の作り方さえ知らなそうな愛らしい顔をニタリと陰湿な笑みで歪めてこちらを見てくる。
「あんたそれでも騎士かよぉ! 副団長かこれとかこの街終わってるだろぉ!?」
「なーに権力の正当な行使だ」
「不当な行使だよ!」
「性欲からくる純粋な好意ゆえだ」
「それは不純な好意だろ!」
グルシャのふざけた態度に牙を剝きながら言い返す。
そのとき、部屋の入り口の鉄扉が開いた。その音に惹き寄せられるように、僕とグルシャさんの視線が唐突な乱入者に注がれる。
だがそれはあまりに予想外な人物……いや、予想を遥かに超えた人物の襲来だった。
「――やはりお前か――フルプル」
それはあまりに聞き覚えのある声。そして、見覚えしかない顔立ちと容貌。
僕の頭と目がおかしくなっていないのであれば、その人物は……。
「え……え……?」
グルシャさんだった。
姿も声も同じ人物が、部屋の入り口でこちらに渋い顔を向けていた。
僕の視線は目の前のグルシャさんと、今しがた部屋に入ってきたグルシャさんのようななにかの間を幾度も往復する。
「……えっと、ふたご?」
僕からすればそれくらいの解答しか思い浮かばなかった。
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