35話・学園祭
ある晴れた日の昼食時。
珍しく教室内は騒がしく、生徒達は浮き足立っていた。
それぞれのグループに別れて楽しそうに話をする生徒達の話題は、隣街の女子高。
「屋台が沢山並ぶらしいよ」
女子生徒のはしゃぎ声に続いて
「いくら持ってく?」
財布を片手に中身を確認する男子生徒が問いかける。
「1000円だけ。あれもこれもと買って食べてたら太るからね」
只今ダイエット中。
女子生徒は、男子生徒の問いかけに対して素直な気持ちを口にする。
隣街の女子高に友人がいるんだと話をする女子生徒は、同じ高校の友人に隣街の女子高の友人を紹介する気満々。
嬉しそうに話をする。
ざわざわと騒がしい教室内に、一際大きな歓声が上がり、急いで教室の出入り口に視線を移す。
何事かと思っていれば、隣のクラスの理人が扉に右手を添えて佇んでいた。
「きっ……」
危うく悲鳴を上げそうになり、両手で口を覆い隠した女子生徒が冷や汗を流す。
「え、何で?」
隣のクラスの理人が自分達のクラスを訪ねるのは、初めてのこと。
理人の目的が、もしかしたら自分かもと淡い期待を抱く生徒達が目を輝かせる。
「声をかけに行こう」
女子生徒が数名、席を立ち理人の元に向かって足を進める。
一人では声をかける勇気はないけれど、複数人いれば怖くない。
「誰を探しているの?」
第一印象が良くなるように、笑顔を見せる女子生徒が理人に声をかける。
女子生徒と肩を並べる友人も、表情に満面の笑みを浮かべている。
「九条を探しているんだけど……」
教室の右前から右奥へ。少しずつ視線を左側へ移していく理人と目が合い、席に腰を掛ける女子生徒の肩が大きく揺れる。
「どうしよう。目があっちゃった」
嬉しそうに頬を綻ばせて笑顔を見せる女子生徒に向かって友人は
「いいなぁ」
素直な本音を口にする。
理人の登場と共にざわめき経つ教室内。
浮き足立つ生徒達の視線が理人に集まっているなかで、理人の口から思わぬ人物の名前が上がり、誰を探しているのか声をかけた女子生徒達の背筋が伸びる。
教室内を見渡す理人は大勢の生徒と目が合っただろう。
「見つけた」
教室の中を見渡す理人と目があった途端、ポツリと言葉を漏らした理人は室内に足を踏み入れた。
声をかけてくれた女子生徒達に、有り難うと言って頭を下げることを忘れない。
瞬く間に騒がしくなった教室内で、生徒達が理人の行く先を目で追う。
理人が目的とする人物に視線を移して、その表情を確認したのだろう。
眉間にシワを寄せる姿を見た生徒達の顔から瞬く間に血の気が引いた。
まさか、本当に九条に声をかけるつもりではないだろうなと、男子生徒が息を呑む。
九条は基本的に人とつるまないと、勝手に孤独なイメージがついてしまっている事は以前耳にしたことがある。
声をかけたって反応がないか、それとも突然殴りかかるか。俺に対してのクラスメートのイメージは最悪。
教室内に屯する生徒達の視線を一身に集める理人は、躊躇うことなく目の前にやってきて顔を覗き込む。
目があったことを確認してから、理人は真面目な顔をして口を開く。
「隣街の女子高生で明日学園祭が開かれるんだって。一緒に行こうよ」
随分と穏やかな口調だった。
普段と何らかわりのない日々が過ぎていくだろうと思っていれば、思わぬ誘いを受けて頭が働かない。
放心状態に陥っていれば
「声をかけちゃ駄目だった?」
不安を抱き、眉尻を下げた理人が首を傾げて問いかける。
鋭い眼差しで理人を見つめる九条は無表情。なぜ理人が九条に声をかけるのか、見るからに九条の機嫌が悪い。急に九条が理人に襲いかかったらどうしようと、不安を抱くクラスメート達により教室内が緊張感に包まれる。
九条は単に驚き反応が遅れてしまっただけ。
しかし、眉間にシワを寄せる九条の表情を見て、クラスメートは勝手に機嫌が悪いと判断する。
緊張感に包まれた教室内で、九条が小さく頷いた。
「まさか、誘って貰えるとは思わず、単に驚いただけ。他校の学園祭は初めてだな。行こうか」
普段は単独行動を好む九条の思わぬ返事を耳にして、教室内が瞬く間に騒がしくなる。
「てっきり断ると思った」
「意外と仲が良いのかな?」
女子生徒の視線は九条に釘付け。
九条は驚いただけと口にしたけれど、表情は相変わらず無表情。
「九条が誰かと話しているところを初めて見る」
「九条は気性が荒いと聞くけど、隣街の学園祭に一緒に行くなんて大丈夫なのか?」
九条の悪い噂は耳にするけれど、良い噂は聞かない。
共に行動をして大丈夫なのだろうかと疑問を抱いた男子生徒が理人を心配する。
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