32話・姉と弟

「ねぇ、私も先生のお見舞いについて行ってもいい?」

 九条ではなく、妙子は一条や理人に視線を向けて問い掛ける。さりげなく九条の制服の裾を握りしめているため、内心は憧れの一条や理人を目の前にして緊張しているのだろう。


「うん。皆で行こう」

 妙子の緊張を、表情や態度から見抜いた一条が間髪を入れずに返事をした。

 爽やかな笑顔を浮かべると、妙子に向かって手招きをする。

「九条と理人も、ほら行くぞ」

 のんびりとした足取りで歩きだした一条の後に理人が続く。

 九条と妙子が後を追いかけるようにして、のんびりとした足取りで歩きだした。

 



 学校正面玄関を抜けると道路を挟んだ向こう側に巨大な病院が姿を見せる。

 正門を抜けて横断歩道を渡り、病院の敷地内に足を踏み入れる。

 総合受付で男性教師の名前を伝えて、病室の場所を聞き2階つきあたりの個室に足を踏み入れると、ベッドの上に仰向けで横たわっている男性教師の姿が視界に入り込む。


「外傷が無かったから、あんたが魂だけの存在で助けを求めて来てくれたってことに全く気づかなかった。悪かったな」

 崖から落ちたさい、腰を強く打ち付けている男性教師は身動きを取ることが出来ないようで

「俺の方こそ悪かった。九条は霊が見えるのだろうとは思っていたけど確証はなかったし、事故に遭って助けを求めて九条のもとを訪れて声をかけてみたものの九条は呆然としたまま反応がなかったから、姉貴の事もあって先に混乱してしまって事情を説明する事もなく現場に向かったから」 

 視線だけを九条に移す。男性教師の言葉を耳にして、九条は首を左右にふった。


「そう言えば、お姉さんは無事だったのか?」

 井原の道トンネル上市側で気づけば男性教師のお姉さんの姿は消えていた。

 その後無事に身体に戻ることが出来たのか、知るよしもない九条の問い掛けに対して、男性教師は小さく頷く。


「10分ほど前に電話があった。どうやら無事に体に戻れたっぽい。心配をかけたな」

 仰向けのまま身動きを取ることが出来ないとはいえ、車と接触して崖下へ落ちたにもかかわらず軽傷ですんだ男性教師は強運の持ち主なのかもしれない。


「それにしても、常日頃から一人行動をしているところしか見かけたことが無くて心配していたんだが、九条にも友人がいたんだな。それも、キングとクイーンと呼ばれるほど女子生徒からの人気が高い生徒とは」

 本人がいる前で生徒達が決めた一条と理人の呼び名を口に出してしまった男性教師に悪気はない。

 

「ん? その呼び名は本人達を目の前にして言っていいものなのか?」

 一条と理人は自分達が生徒達から、どのように呼ばれているのか知っているのだろうか。ふと、疑問を抱いた九条が首を傾げて問い掛ける。


 男性教師の言葉を耳にした途端、妙子がアタフタとしだすから一条や理人は自分達が生徒達からどのように呼ばれているのか、知らないのでは無いのだろうか。


 九条からの問いかけを耳にした男性教師は素早く両手を口元に押し当てて、まずい事を言ってしまったと焦る気持ちを表情に表した。


 男性教師の視線の先で理人が首をかしげて問い掛ける。


「キングは一条の事ですよね。と言うことは、必然的に僕がクイーンと言うことになるのですが」


 理人が疑問に思うのも無理はない。一条は爽やかな印象を人に与えるため爽やか系キングと呼ばれていても不思議はない。しかし、何故自分の呼び名は女性であるはずのクイーンなのだろうか。

 見た目は中性的と言われることはあっても、今まで女性に間違われたことは一度もない。


 他の男子生徒達と比べれば筋肉はある方だと思うし、なよなよした体つきをしている訳でもない。

 確かに、筋肉は制服に隠れてしまって人目に触れる事はないため力は無さそうだと思われても仕方がないのかも知れないけれど、やはりパッと見た感じでは男に見えるわけで、何故クイーンなのでしょうかと疑問を口にする理人は納得することが出来ずにいる。

 

「そう言うことになるよな。虚弱体質の儚げなクイーンと呼ばれているようだけど」

 理人の言葉に対して即答をしたのは九条だった。妙子から聞いた情報を包み隠すことなく理人に伝えると、今まで大人しく話を聞いていた一条が吹き出した。


「虚弱体質の儚げなクイーン」

 九条の言葉を繰り返すようにしてポツリと言葉を口にした一条の脳裏に、顔面に向かって勢い良く飛んできたボールを表情をピクリとも変えることなく、片手で受け止める理人の姿が過る。


「体育の授業を見学することが殆どだから、体が弱くか弱い生徒と思われているみたいだぞ」

 九条の言葉に続くようにして男性教師が言葉を続けると、一条の脳裏に他校の男子生徒に変な絡まれ方をして、複数人相手に圧勝した理人の姿が過る。

 

「女子生徒達の持つイメージを崩さないように学園生活を送らなければなりませんね」

 にこやかな笑みを浮かべて言葉を続けた理人は小刻みに肩を揺らして笑っている一条の背中をバシバシと加減することなく叩く。人よりも力の強い理人に背中を叩かれて衝撃を受けると共に一歩、二歩と足を進めた一条が激しく咳き込んだ。

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