33話・姉と弟
「生徒達の持つイメージを崩してみるのも面白いんじゃないか? 体育の授業をサボることなくバスケやサッカーの授業に参加をすれば生徒達の考えなんてすぐに覆るだろ」
理人が虚弱体質だと女子生徒達に勘違いされている理由はバスケやサッカー等、体を激しく動かす授業の参加を理人が拒否しているため。一条が考えを口にすると真っ先に反応を示したのは男性教師だった。
「あ? 今サボってると言ったか?」
視線を理人に移して問い掛ける。
男性教師は理人の担任でもあり、体調が悪く体育の授業を休んでいると思っていたため、何の口出しもしていなかった。
しかし、一条の口にしたサボっているという言葉を耳にして、理人に対して不信感を抱く。
「え、体調が悪かったのは本当ですよ。食べすぎて胃もたれと腹痛に悩まされていました」
腹を撫でる素振りを見せた理人が表情に笑みを作ったまま呟くと男性教師は唖然とする。
「今、クイーンに対する虚弱体質で儚げなイメージが頭の中で音を立てて崩れ去った」
理人の予想外の言葉を耳にして衝撃を受けた男性教師は素直に、理人に対するイメージ像が崩れたことを口にすると妙子が同意するようにしてウンウンと何度も頷いた。
「単なる食い過ぎかよ」
九条が考えを口にする。
「休み時間の度に間食をして、屋上で居眠りをしていたら、胃もたれもするよな」
一条が普段の理人の学校生活を暴露することにより、生徒達の間で憧れの存在となりつつあった理人の印象がガラリと変わってしまい妙子が肩を落とす。
「体が弱いと思っていた。今まさに私の中の理人君の思い描いていた虚弱体質で、か弱いイメージが崩れ去ったわよ」
顔を両手で覆い隠して体をくねくねと動かす妙子はおしとやかな性格を演じることを、すっかりと忘れてしまっている。
「食い過ぎも程ほどにな。適度に運動もしろよ」
男性教師は理人が意外と喧嘩っ早い性格をしていることを知らないのだろう。適度に運動をするように声をかけるけれども、一条と九条は口よりも先に手が出てしまう理人の性格を知っているため、そっと視線をそらして男性教師の言葉を聞かなかったことにする。
「分かりました。少しは体育の授業にも参加することにします」
きっと理人の運動神経は人よりも良い方だと思う。もしも、運動神経が良く、暴力的な一面もある事が生徒達に伝われば虚弱体質で、か弱い王女と呼ばれることはなくなるだろう。
「そう言えば、九条が生徒達から孤高の一匹狼と呼ばれてるのを聞いたことがある」
男性教師が、ふと思い出したように言葉を続けると、妙子がケタケタと声を上げて笑い出した。
「九条の場合は他人には興味があるけど声をかけることが出来ないだけだよね。興味が無いことに関しては全く干渉することがない所はあるけど、孤高の一匹狼と言うよりは単にシャイなだけじゃないかな」
一人で笑って、一人で疲れきってハァーと大きなため息を吐き出す。妙子の視線が九条に移ると
「孤高の一匹狼……知らなかった。大層立派な呼び名を付けられたもんだな」
呆然とする九条がポツリと本音を漏らす。
「九条は九条先生の弟って呼ばれることも増えてきたんじゃないか? 以前、九条先生が屋上から転落したときに九条が数日間学校を休んだその理由を全校生徒が知ることになったから」
「確かに、直接声をかけられることはないけど、遠くで俺を指差して九条先生の弟なんだってと生徒達が話すのを耳にしたことがあるな」
一条の言葉に続くようにして、九条は大きく頷いた。
病室内はほのぼのとした雰囲気に包まれて、穏やかな時が過ぎる。
気を抜いているのか、すっかりとおしとやかな性格を演じることを忘れてしまっている妙子は、九条の背中を手加減することなくバシバシと叩く。
「私も最初は九条先生の弟だって気づかなかったわよ。儚げな美人である九条先生に全く似てないんだから」
容赦の無い妙子からの思わぬ攻撃を受けて一歩二歩と足を進めた九条が、妙子に文句を言おうと背後を振り向いた直後の出来事だった。
バンッと音を立て勢い良く開かれた扉に、室内にいた人の視線が向けられる。
激しく呼吸を乱している女性は疲労感から、床に視線を向けたまま顔を上げることが出来ずにいた。
足を肩幅に開いたまま、扉を支えに佇む女性は汗だく。
汗が頬を伝い床にポタポタと落ちる。疲れきった様子の女性の顔には見覚えがあった。
長い黒髪と銀縁眼鏡が印象的な知的美人。男性教師のお姉さんである。
「電話越しに声を聞いたけど、やっぱり実際に目で見て確認しなきゃ不安で、家にいてもそわそわしちゃって、身体中痛くてしんどいのは分かるんだけど、心配で来ちゃった」
息も絶え絶えに、自分の素直な感情を口にした女性が大きく深呼吸をすると、俯かせていた顔を上げる。
ここに来て、やっと病室の中に大勢の生徒がいることに気付いた女性は大きく目を見開いた。
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