31話・姉と弟
「奇遇だねって、自分達の教室の前で奇遇だねは可笑しいだろ。偶然を装うにしても無理がある……痛い」
突然の妙子の登場に、思わず思ったことをそのままオブラートに包むことなく口にすれば、思い切り足を踏みつけられた。
「ちょっとは気を遣いなさいよ」
本当に小さな声で言葉を続けた妙子は九条の耳元で文句を口にする。あえて一条や理人の耳に入らないように、九条の耳に顔を寄せて呟いた妙子の表情からは必死さが伝わってくる。
「あぁ、えっと彼女は成績優秀、スポーツ万能な俺の友人」
パッチリとした目をこれでもかと見開いて高速で瞬きを繰り返す妙子は、可愛さを通り越して理人や一条に恐怖心を抱かせる。同時にさりげなく九条の横腹を肘でつつくことを忘れない。
「容姿端麗。容姿端麗」
大事なことを言い忘れている九条に小さな声で二度言葉を繰り返す。理人や一条の耳には入らないようにするために、敢えて小声で呟いた言葉は、周囲がシーンと静寂に包まれたタイミングと見事に重なって、しっかりと理人や一条の耳に入ってしまっていた。
妙子から目を背けて見ないようにした。目蓋を伏せて、何とか込み上げてくる笑いを堪えようと試みた。
「ごめん。笑ってはいけないって事は分かってるんだけどさ」
小刻みに肩を揺らす一条は、妙子の顔を視界に入れると吹き出してしまうことを分かっているためそっぽを向いたまま。
「九条が僕達以外の生徒と話しているのを初めてみたけど、まさか振り回されている所を見ることが出来るなんてね随分と面白いお友達だね」
にこやかな表情を崩すことなく言葉を続けた理人の考えは相変わらず、表情からは読むことは出来ないけれど、妙子に対して興味を持って貰うことは出来たのだろうか。
せっかく一条や理人に興味を持って貰ったと言うのに、話の話題が思い浮かばない。焦る妙子が小声で九条に声をかける。
「何か話の話題はないの?」
九条は決して口数が多い方ではない。自ら話を振るタイプでも無いため首を左右にふる。
「咄嗟に思い浮かばない」
ポツリと呟くと、妙子は必死に話の話題を考えた。
数秒間の沈黙後、必死に話題を考えていた妙子がパンッと両手を合わせて軽快な音を立てる。
どうやら話題が見つかったようだ。
「あのね、数日前に初めて見る男子生徒と下校の時にすれ違ったんだけどね、こう神秘的な雰囲気を醸し出すこの世の者とは思えない、綺麗な顔立ちの生徒だったんだけど知らない? ネクタイは私達の学年指定の色だったから同じ学年の生徒なんだと思うけど」
九条にではなく、あえて一条や理人に問い掛ける。九条が知る良しもないと判断してのことなんだろうけど。
「この世の者とは思えないって表現するくらいだから、実際にこの世の者では無いのでは?」
妙子が自分と同じく見る力があることを知る九条は素直に思ったことを問い掛ける。
「学校指定の制服を身に付けていたから幽霊ではないと思うんだけど。一条君や理人君なら知ってるかなと思って。九条と同じ髪色なんだけど、毛先の跳ねたくせっ毛。首に少しかかるくらいの髪の長さだったかな。前髪は眉を隠すほどの長さで切り揃えられていて、瞳の色も九条と同じ色なんだけど、こう触れたら消えてしまいそうなイメージを人に与える男子生徒だったのよ」
やけに具体的ではあるものの、触れたら消えてしまいそうなイメージと言ったらやっぱり霊的な何かを見たのだろう。
「ごめんね。そのような生徒は見たことがないね」
理人は首を左右にふる。思い当たる生徒はいないようで、しかし妙子の言う神秘的な雰囲気を醸し出すこの世の者とは思えない生徒に対して興味を持った様子。
「ちなみに出会った場所は?」
理人が食い入りぎみに問い掛ける。
「学校正面玄関を抜けて、正門まで歩いて向かっている最中にすれ違ったんだけど。何故かその生徒は帰宅時間に鞄も持たずに校内に入っていったんだよね」
また会えるかなと言葉を続けた妙子に理人が、ふと疑問を抱いたのだろう。
「もしかして、君も幽霊を見ることの出来る人?」
生徒達が下校する時間帯に鞄を持つこともなく校内に足を踏み入れる男子生徒を、理人は幽霊であると勝手に結論付けた。
九条の友人である妙子も霊を見る力があるのかと思い問い掛けると案の定、妙子は首を縦にふる。
「そうなの。私も九条と同じ、この世のものではないものが見えるの。私は九条とは違って怖がりだし、か弱いから万が一危険な目にあいそうになったら守ってね」
妙子は控えめで物腰柔らかな女子生徒を演じたいのだろうけど、九条の脳裏に霊を見て、がに股を気にすることなく全速力で走り去る妙子の姿がよぎる。瞬く間に九条の視界から消えた妙子の姿を思い出して首をかしげて問い掛けた。
「怖がりなのは肯定することが出来るけど、か弱いか……もしかして今のは笑うべき所だったか?」
妙子が一条や理人に向けて発した言葉を耳にして、九条は真面目な顔をして首をかしげる素振りを見せる。
「真面目な話よ」
九条の横腹に肘をグリグリと押し付けて、真面目な顔をして呟いた妙子は、ぷくっと頬を膨らませる。
「随分と面白いお友達だね」
理人が笑顔で言葉を続けると、理人に向かってニコッとお上品な笑みを見せた妙子が、ゆっくりと九条に視線を移す。
「あれ? 何故か面白い子ってイメージがついちゃった」
どうやら、妙子の思い描いていた自己紹介とはかけはなれた結果になったようで、首をかしげる素振りを見せた妙子は本当に小さな声で呟いた。
「まぁ、第一印象なんて顔を何度か合わせているうちに変わってしまうものだから、一条と理人にどう思われるかなんて今後の妙子次第だと思うけど」
妙子の場合は、面白い性格の女子生徒から覆える事はないと思うけど、敢えて素直な気持ちは言葉に出さずに声をかけてみる。
「第一印象が全てではないもんね」
満面の笑みを浮かべた妙子が大きく頷いた。
どうやら、納得をしてくれたようだ。
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