30・姉と弟
目を背けたくなるような悲惨な事故現場を目の当たりにして、何の役にも立てなかった。
「学校まで送ってくれるって」
草木が生い茂る森の入口付近で呆然と佇んでいる九条に理人が声をかける。
自分の父親を指差して、父さんに着いていこうと言葉を続けた理人から視線を外して理人の父親に向けると、既にパトカーの運転席に腰かけて準備万端の状態。
一条は運転席側の後部座席に腰かけて携帯電話を操作している。
おいでおいでと手招きをする理人の父親や、パトカーの扉を開き九条を待つ理人。
ふと、携帯電話から視線を上げて九条を見た一条は
「こっちこっち! 後ろの席な」
自分の隣の座席をトントンと叩き九条に向かって手を振った。
理人と出会ってから、何だか人と話すことが増えた気がする。
今まで学校生活の中で人と話すことが殆んど無かったから、急いでパトカーに向かう。
「有り難う」
出会って間もない俺の言葉を信じてくれて。状況も分からないまま混乱しただろうに目的地まで着いてきてくれて。
感謝の気持ちを全て口にすることは出来なかったけれど、理人や一条が着いてきてくれて心強かったのは事実。
霊が見えると言った俺の言葉を信じるよと、すんなりと受け入れてくれた理人の父親の言葉も嬉しかった。
「どういたしまして」
理人は相変わらず、作っているような違和感を感じるような気味の悪い笑みを浮かべているけど、もともと人に自分の感情を見せるような奴ではないようだし、洋館で誘拐犯に襲われた時でさえも冷静に対処していたなと、過去の出来事を思い起こして理人の性格を勝手に予想する。
きっと、戸惑うことや混乱することが無いんだと思う。
顔見知りであるはずの男性教師が草むらに倒れているのを見つけた時でさえ、冷静さを保ったままだったから。
一条に手招きをされるがまま、後部座席に腰を下ろせば理人は父親の隣、助手席に腰を下ろす。
「俺らの担任。どうやら昼休憩中に、この先のうどん屋で昼食をとろうとしていたらしい。校長との電話中にいきなり通話が切れたから心配していたんだってさ」
一条がスマートフォンを九条に向かって、そっと差し出した。
差出人は父親のようで、子供相手に敬語。
堅苦しい文章が書き連ねてある。
文章を読み手短に言葉を続けた一条に対して
「ん? あの男性教師、隣のクラスの担任だったのか」
新たな事実を知る事になる。
思わず本音がポツリと漏れてしまえば
「え……」
唖然とする一条が間の抜けた声を漏らす。
のどが渇いたのか、ペットボトルのキャップを開き飲み物を口に含もうとしていた理人が吹き出した。
「不意打ちはやめてくれない?」
少し時間がずれていれば飲み物を口に含んでいた。
もしも飲み物を口に含んでいれば、パトカー内は悲惨なことになっていただろう。
「隣のクラスの担任ぐらい覚えておこうぜ。特にあいつは人に好かれる性格をしているのか、女子生徒だけではなく男子生徒にも人気のある教師なんだから」
隣のクラスの担任とはいえ関わりがなかったため、学校の先生という認識でしか無かった。
「先生は霊を見る力のある九条に対して興味を抱いていると言うのに、九条は僕達の担任の先生に対して全く興味無かったって流石に先生が可哀想すぎるよ」
激しく咳き込む理人は何だか息苦しそう。
目に涙をためて、肩を振るわせる理人は笑いの沸点が低いのか?
どうやら、気味の悪い笑みを作っている余裕もないようで大きく深呼吸をすると
「はぁ……しんどい」
普段滅多に笑う機会がないのか一人で大爆笑をして、そして一人で疲れきっている理人に対して、理人の父親が珍しいものを見ているような視線を向ける。
「ついたぞ」
見た目は物腰柔らかそうな中性的な顔立ちの理人の父親に声をかけられて、視線を上げると学校の大きな正門が視界に入る。
学校の前は横断歩道になっているため、少し離れた位置に車を止めた理人の父親は手を振って見送ってくれた。
教室の前で理人と一条と別れると、一体何時から背後にいたのか。
理人と一条が教室に足を踏み入れて扉がしまったことを確認してから声をかけてきたのは、同じクラスの女子生徒。
学校指定の制服を自分流に改造し、ぱっちりとした大きな目、長い睫毛が印象的な女子生徒がニヤニヤと締まらない表情を浮かべて問い掛けてきた。
「あんた、いつからキングとクイーン。二人と仲良くなったのよ」
好奇心旺盛な妙子は今年から同じクラスになった女子生徒。
最初見た時は、一人だけ違う学校の生徒が紛れ込んでいるのではないのか?と疑問に思ってしまう程、学校指定の制服にじゃらじゃらと付属品を縫い付けている。短いスカートに胸元の大きく開いた制服。
呑気に妙子の胸元を見ていれば、ふと疑問を抱く。
「聞き間違えか? クイーンと聞こえた気がしたんだけど」
もしも聞き間違えでなければ、キングは一条。必然的にクイーンが理人と言うことになる。
「そうよ。理人君は病弱でしょう」
妙子の言葉に続き脳裏に、誘拐犯に向かって殴りかかる理人の姿が浮かぶ。
「か弱くて守ってあげなきゃいけないねって友達と話していたのよ」
さらに言葉を続けた妙子の言葉に続き、誘拐犯の顔面に拳を決めた理人の姿を思い浮かべて
「あぁ……」
ポツリと声を漏らした九条は何とも複雑な表情をする。
「ん……クイーンか。まぁ、そうだな。うん」
最終的に眉間にシワを寄せて考える素振りを見せた九条は複雑な感情を抱いたまま一人で納得して頷いた。
「仲良くなったのなら私を紹介してよ! 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能な私を俺の友達だって」
ね?と首をかしげる妙子の成績は良くなかったと思う。確かにスポーツに関しては霊から逃げるため、がに股を気にすることなく立派な男走りを見せた妙子の姿を思い浮かべて納得する。
「ごめん。笑うべき所で笑い損ねた。今からでも笑っておくか?」
真面目な顔をして妙子に問い掛けてみれば、急に真面目な顔をした妙子に
「真面目な話し。紹介して」
懐に入られて詰め寄られる。
「正直な話し、あいつらとは玄関先でたまたま出会って教室まで一緒に来ただけであって、気軽に声をかけることの出来る仲でもないんだけど」
気軽に声をかけることの出来る仲ではないのは本当の事。理人があの時声をかけてくれなければ、俺は間違いなく彼らを素通りして井原の道トンネル上市側に走って向かっていた。
素直に彼らとはそれほど親しい仲では無い事を伝えると妙子は明らかにがっかりと落ち込んだ表情を見せる。
「淡い期待が打ち砕かれた。一度でいいから一条君や理人君と話してみたい。視線を向けてくれるだけでもいい。私の事を認知して貰うだけでもいい」
両手の指を高速で動かして、思っていること希望や願望を全て口に出してしまった妙子から、そっと距離をとる。ゆっくりと教室の扉を開き室内へ足を踏み入れると、今までざわざわと騒がしかった教室内が瞬く間にシーンと静まり返る。
九条と視線を合わさないようにうつ向くクラスメート達に極力視線を向けないようにと気を遣い、自分の席へ腰を掛けた所で、顔を真っ赤にした妙子が女性教師と共に教室内へ足を踏み入れた。
夕暮れ時、授業を終え教室から足を踏み出した九条の元へ男性教師が意識を取り戻したという知らせが入る。
携帯電話を片手に、一条と共に歩み寄ってきた理人に見舞いに行こうと声をかけられた。
「すぐには退院する事の出来る状態ではないようだよ。面会は出来るようだし、取りあえず顔だけでも見に行こう」
穏やかな口調で、学校前に佇む総合病院を指差した理人が九条に向かって手招きをする。
ほのぼのとした雰囲気の中、理人や一条と共に肩を並べて歩く九条に声をかける生徒がいた。
「や……やぁ、九条君。こここ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
普段の慌ただしい話し方は一体どこへやら。自然を装って、盛大に言葉を噛み散らかした妙子が九条と肩を並べて歩きだす。
「この子は?」
妙子の思惑通り、突然九条に声をかけた女子生徒に対して興味を抱いた理人が首を傾げて問い掛けた。
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