29・姉と弟
崖を下りてから周囲をぐるりと一周して、何かを探す素振りをしていた女性の霊が目的のものを探し出すことに成功したようで
いた! 警察官を呼んで!
ある一点を何度も指差す女性は、早く早くと言って九条を急かす。
女性の指差す先は徐々に木々が増えていく森への入り口。
地面から生える雑草の数も多くなり、足元の小石も少しずつ量を増す。
歩きづらい小石の上を通り、徐々に大きくなっていく草を手でかき分けながら、まっすぐ進めばやがて女性が懸命に探していた目的の者が姿を現す。
雑草に囲まれるようにしてひっそりと横たわる人の遺体?
遠目に見た限りでは、生きているのかそれとも既に事切れているのか判断をすることは出来ない。
女性の指差した先、事故現場から少し離れた位置に横たわる人の生死を確認するために足場の悪い道無き道を突き進むと、やがて横たわっている人の全身が視界に入り込み、その見覚えのある顔に驚き息をのむ。
「え……」
ポツリと漏れ出た声と共に、素早く状況を理解しかけたものの、全裸の女性を視界に入れて再び混乱することになる。
「どういう事だ?」
てっきり自分の肉体を見つけ出して欲しいと訴えているんだと思っていた。
しかし、女性の探していた人物は九条の予想とはかけ離れており戸惑うばかり。
「何であんたは全裸なんだ?」
ピシッと女性を指差して、疑問に思っていた事を問いかけてみる。
探している者が見つかり、やっと冷静さを取り戻したのだろう。
え……。
間の抜けた声を出すと共に、目を大きく見開いた女性は自分の姿を確認する。
ゆっくりと視線がおり、自らの身体を確認した女性は間髪を入れること無く、甲高い悲鳴を上げ力の限り九条の頬に平手打ちを決める。
霊相手に油断していたこともあり、平手打ちを受け九条は小石だらけの地面に盛大に倒れこんだ。
「暴力反対……」
力無く横たわる九条はうつ伏せに倒れこんだまま項垂れる。
時と場合、状況によっては人に対して暴力を振るうことのある九条が口にしても全く説得力のない言葉ではあるけれど何の前触れもなく、まして殺気を放つこともなくいきなり顔を叩かれれば避けることも出来ない。
「見たことは謝る。ごめん。でも全裸で俺の前に姿を現したのは、あんたじゃんか……」
か細い声で言葉を続ける九条に対して、女性は涙目になっている。
「確かに全裸で貴方の前に現れたのは私ね。ごめんなさい。けど、恥ずかしいものは恥ずかしいの! 記憶から抹消して欲しいの!」
女性の顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっている。
相当恥ずかしかったのだろう。
記憶から抹消して欲しいと、軽い口調で女性は言葉を続けるけど勘弁して欲しい。
「あんたの弟さんの霊が、俺のすぐ側に佇んでいるんだけど放っておいてもいいのか?」
うつ伏せのまま身動きをとることの出来ない状況はしんどくて、女性の弟の霊がすぐ側にいることを伝えてみる。
もしかしたら、女性の意識が別のとこに向くかもしれないと思っての発言だった。
「え、近くにいるの? 全然見えないんだけど」
九条の拘束を解き周囲をキョロキョロと見渡す女性は、弟の霊を一目見ようとする。
しかし、女性の視界に弟の姿が映ることはなく、痺れをきらした女性が地面に伏せている九条の腕を掴むと力任せに引き寄せた。
「どこら辺?」
つい数秒前の恥じらいのある女性像はどこへやら、結構大雑把な性格をしているのだろうか。
今日が初対面である彼女の性格が分からない。
「俺のすぐ隣にいるんだけど見えないか。先生もお姉さんも互いに互いの姿を認識することが出来ていかなったのか。ってか、先生が魂だけの存在であることに、気づかなかったし。で、何で貴女は全裸なんだ? 事件性はあるのか?」
先生を指差してみるけど、女性は首をかしげるばかり。
あぁ、見えていないんだなと思い、先生に向けた視線を女性に移す。
なぜ全裸なのか、問いかけに対しての返事がなかなか無いため再度問いかける。
もしも、彼女が事件に巻き込まれているのであれば現場に向かわなければならないんだろうけど、反応を見る限り全裸であることに気づいていなかったようだし、事件性は無さそうだけど。
女性の視線が自分の方に向いていることを確認した九条はすぐに視線を外す。
入浴中だったのよと言葉を続けた女性曰く、入浴中急に映像として弟の姿が脳裏に浮かび、迫り来る乗用車とコミュニティバスから逃れようと身を引いた弟が乗用車と接触。
空中へ弟の身体が浮き上がり、ガードレールを超えて崖下へ落ちていく一部始終を見たらしい。
慌てて現場に向かうために浴槽から抜け出した女性は足を滑らせ盛大にずっこける。
右頬と右肩と右太ももを強打して。衝撃と共に魂が身体から抜け出した。
幽体離脱は彼女の能力の一つ。
しかし、普段ならすんなりと肉体に戻ることが出来るのに、今回は弟が崖から落ちる様子が脳裏に浮かんだため激しく動揺していた。
そのため肉体に戻ることが出来ずに右往左往していたとの事。
以前弟が勤務する学校に、霊を見ることの出来る男子生徒がいると話していたことを思い出して助けを求めたわけだけど、全裸であることを失念する。
「大丈夫か?」
普段は口数が少なく、クールな印象を人に与える九条の普段とは違った一面を見て心配になったのだろう。
一条が気配を消して近づき、恐る恐る問いかける。
「多分大丈夫だと思うよ。九条の事だからきっと霊的な何かに、ちょっかいをかけられているのだと思う」
突然の問いかけに対して、周囲の状況を全く理解していなかった九条が呆気にとられる。
放心状態に陥った九条の変わりに理人が憶測で物を言う。
まぁ……合ってるんだけど。
「そう言うこと。気にかけてくれて有り難う」
見た目はチャラそうな爽やか系イケメン。
しかし、実際にこうして話をして見ると一条が面倒見のいいお兄さんのような性格をしている事を知る。
理人の性格はよく分からないけれど、きっと理人は仲間思いなんだろう。
困っている人を放っておけないのだと思う。
理人と一条の性格を呑気に考えていれば
「で、姉貴は何で全裸だったんだ?」
放ったらかしにされて、状況を理解出来ずに戸惑っている男性教師に問いかけられた。
問いかけに対して九条は女性から聞いた話を説明する。
「どうやら、風呂場ですっころんで魂が抜けたらしい。弟が崖から落ちる様子が脳裏に浮かび激しく動揺していたため、肉体に戻ることが出来なかったって聞いたけど……なぜ肉体についていかなかったんだ?」
男性教師の肉体は救急車に乗り既に病院に向かっていた。
なぜ男性教師は肉体を追って救急車に乗り込まなかったのか疑問を抱いて問い掛ける。
姉貴の事が心配だったからと、ポツリと言葉を続けた男性教師とお姉さんは仲が良いのだろう。
姉貴が無事なら良かった。
安心したと言葉を続ける男性教師は既に走ったり空を自由に飛び回ったり、自由自在に魂を操っている。
くるんと空中で一回転をして見せた男性教師は九条に向かって、またな!と手を振り、急いで救急車を追う。
呆然と男性教師の霊を見送っていたいた九条は、その姿が見えなくなると「またな」とポツリと一言。風の音にかき消されてしまうほどの小さな声で呟いた。
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