27・姉と弟

 走る九条の後に男性教師が続く。

 少し遅れて、理人と一条。

 二人の後に続くようにして最後尾を理人の父親が走る。


 慌ただしく階段を駆け下りて崖下へ移動した頃には、皆の服には土や枝葉がくっつつきぼろぼろの状態になっていた。

 ガードレールを突き破って転落した車は二台。

 一つは市内を走っているコミュニティバスと、もう一台は白色の乗用車だった。

 既にコミュニティバスと白色の乗用車は警察官が取り囲んでおり、中に取り残されている人を救出している。

 

 白色の乗用車から助け出された人物には見覚えがあった。

 学校前の総合病院出入り口ですれ違った時に、確か首のない霊を引き連れて歩いていた青年だったと思う。

 

 事故の衝撃は大きく、青年は全身血だらけ。

 右足は車体に押し潰され切断したのか、切断面から大量の血が流れ出る。

 痛みで気が狂いそうな青年は、事故でぼろぼろの状態になりながらも意識を失うことが出来ずにいた。

 警察官に身体を抱えられるような形で窓から引きずり出された、白い乗用車の持ち主である青年は虚ろな目である一点を見つめている。


 コミュニティバスから警察官に肩をかりる形で痛む右足を庇い、姿を現した男子高校生は恐怖心から身体を小刻みに震わせていた。

 九条と同じ学校に通う、先日父親を亡くした高校生である。

 その男子高校生の背後に佇む男性の姿は警察官の目には映っていない。


 先日井原の道トンネル内で事故に遭い命を落としてしまっている男性は白い乗用車を運転していた青年に対する憎しみや、奥さんや子供達に対する自責の念に苛まれていた。

 後ろの車にばかり気を取られて、トンネル内に入ってすぐの場所に事故を起こしたばかりのトラックが止まっていることに気づくことの出来なかった過去の自分を責める。

 



 高校生の息子や中学生の娘が成長していく姿を見たかった。

 どんな相手と結婚して、どのような人生を歩んでいくのか見届けたかった。

 子供達が結婚して家を出て行った後も、妻と共に生涯を全うすることが出来ると、そう信じて疑わなかった。



 悔いが残るなぁ……。



 ポツリと一言言葉を漏らした男性の複雑な感情が入り乱れて、白色の乗用車を運転していた青年に襲いかかる。

 

「俺が死んだら弟は見逃してくれるか?」

 吐き出すようにして言葉を絞り出す。

 事故に遭う直前、車のハンドル操作が全く出来なかった。

 まるで自分以外の何者かがハンドルを握っているような感覚に陥りなす術もないままコミュニティバスと正面衝突をしてしまった。


 コミュニティバスから警察官に身体を支えられるようにして脱出した男子高校生は白色の乗用車を運転していた青年の弟であり、なぜ高校で授業を受けているはずの弟がコミュニティバスに乗っていたのか。

 もしかしたら、弟に取り憑いて男性の霊は意識を操ったのかもしれない。


 問いかけに対して思わぬ返事があった。


 死してなお、顔を見たくはない。

 そうポツリと呟いて、悔しそうに唇を噛み締めた男性の霊は、青年をはっきりと拒絶した。

 

「俺の弟を連れていくのか?」

 切断された足からの出血が酷い。

 頭をハンマーで殴られているような痛みと共に心臓を強く鷲掴みにされているのでは無いのかと思うほど息が苦しく、気を抜けば大声で泣き叫んでしまいそうな状況の中、男性の霊の機嫌をこれ以上損ねないようにと思いひたすら叫びたいのを我慢する。

 我慢をすれば襲ってくるのは激しい吐き気と目眩。

 何とか声を絞り出して、男性の霊の目的を問いかけてみるけれど返事はない。


「崖から落ちたときに頭でも打ったのか? まだ若いのに……」

 警察官には男性の霊が見えていないため、独り言を繰り返す青年に対して同情する。

 救急隊員により救急車で運ばれていく青年は意識が朦朧としているようで虚ろな表情をする。

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